12.気付く
日記を手に取る。
その瞬間、ハッと、先ほどの違和感に気が付く。
僕は、さっきテーブルの上に置いてあった日記をどかした。
でも、僕は今朝、日記を見てない。
その前の日に、義也が急に来たからと、ベッドの下に隠したんだ。
なのに、日記はテーブルの上にあった。
「ぅわっ!」
僕は手に持つ春夏の日記が途端に不気味なものに思えて、思わず手を離してしまった。
日記がバサッと音を立ててテーブルに広がる。
「……えっ?」
開かれたページは9月16日。
前回まで読んでいた日記の、次のページだ。
まるで、日記が僕に早く読めと急かしているようだった。
恐ろしかったけど、僕は導かれるように、おそるおそる日記を覗き込んだ。
そこに書かれた春夏の字に、少しだけほっとする。
『9月16日 晴れ
教授に相談した。
いろいろ話をしてくれた。
とても参考になった。
いろんな対処法があるんだな。
兼次さんがたまたま聞いてたのには驚いたなあ。
でも、兼次さんも親身に話を聞いてくれた。
思ったより良い人なのかも』
兼次?
また新しい人が出てきたな。
『明日は久しぶりに秋冬とデートだ!
めいっぱいおしゃれして楽しも!
秋冬には、不安な顔なんて見せてやらないんだから!』
「……春夏」
覚えてるよ。
メールの返事が少し遅くなってきて、忙しいのかなって心配してたけど、その日の春夏は特別綺麗だった。
めったにはかないスカートなんかはいて、まるで旅行の時みたいに可愛くて、僕はすっかり舞い上がった。
お昼は食べ歩きして、映画見て、観覧車の見える芝生に2人で寝転んだりして。
で、そこの遊園地で遊んで、最後は時計のついた名物観覧車に乗ったんだ。
春夏は、まるでデートみたいだね、なんてはしゃいでたっけ。
その観覧車のてっぺんで交わした約束覚えてる?
また来年も来ようねって、そう言ってたよね。
僕は、毎年来よう!なんて、顔を赤くしながら言ってたっけね。
あのあと、初めてだったよね。
春夏からキスをしてくれたのは。
うん!そうしよう!
なんて、おんなじように真っ赤な顔してて。
……嬉しかったなぁ。
「約束、まもれなかったな……」
日記のページを、春夏に触れるように優しく撫でる。
ただの紙の感触に悲しく笑うことしかできなかった。
「よっし!」
僕は悲しみに打ちひしがれるのは終わりにして、日記に再び目を落とす。
この日の日記で気になったのは、兼次さんなる人。
でも、この人のことはよく分からない。
とりあえずは置いておこう。
あ、佐々木さんに連絡先を聞いておけば良かった。
また今度、大学に行ってみようかな。
「とりあえず、次のページを見てみるか」
ページをめくると、けっこうな量の文章が書かれていた。
これは期待できるかもしれない。
『9月17日 雨
昨日は秋冬とのデート楽しかった!!
いやー、やらかしたわ笑
恥ずかしすぎて、あのあと駆け足で帰っちゃったもんね。
秋冬は慌ててついてきたけど、正直ついてこなくて良かったかも、なんて』
こっちは怒らせたかもって、ひやひやしてたよ。
『あと、教授に言われたように、お母さんにも相談してみた。
お母さんには心配かけたくなかったけど、お母さんは私が元気がないことに気付いてるみたいだし、何より、秋冬とのことを認めてくれたお母さんには、隠し事をしたくなかったんだ。
お母さんはすぐにいろいろ調べてくれた。
お父さんにはバレないように、お母さんの知り合いの、口の固い人にも手伝ってもらって。
とりあえずは、ウチにはカメラやら盗聴機やらはないことが分かって一安心。
大学への送り迎えもするって言われたけど、さすがにそれは断った。
でも、帰りが遅くなる時には迎えに来てもらえることになった。
それだけで、なんだかとっても安心した』
春夏のお母さんか。
何となく、春夏のお葬式から気まずくて会えてないけど、やっぱり話を聞くべきなんだろうな。
春夏のお母さんは本当に優しい人だ。
きっと、春夏からそんな相談をされた時、身をさかれる思いだったはずだ。
そんな人なら、きっと何か分かるはず。
『あ、そうそう。
今度、高校にも行かなくちゃ。
なんか、担任だった佐久間先生が用があるって言ってたな。
なんだろう』
佐久間先生が?
なんかあったっけ?
たしかに、春夏は学級委員だったから、佐久間先生が何かを頼むなら春夏なんだろうけど。
その日の日記はそこまでだった。
佐々木さんの連絡先、兼次さんのこと。
春夏のお母さんに、高校の佐久間先生。
「また、いろいろ動いてみなきゃな」
僕はやることの多さに少しだけ気だるげになったが、なんだか使命感にもかられていた。
次々に増えていく謎を解明していくことに執着しているのかもしれない。
そうして春夏を追っていれば、いつか春夏に会えるような気がして……
「……もう寝よう」
バカなことを考える頭をぶんぶんと振り、日記を閉じると立ち上がった。
「…………」
そして、少し考えると、日記を勉強机の一番上の引き出しに入れた。
ここなら鍵がかけられる。
やはり、ベッドの下に置いたはずの春夏の日記がテーブルの上にあった気味悪さが気になる。
僕はその引き出しに入れておいた鍵を取って引き出しを閉め、鍵をかける。
それを枕の下に置くと、そのまま自分の身もベッドに投げ出した。
出掛ける時は持ち歩こう。
そうすれば、この引き出しを開けられる人はいない。
そうすることで、今日の出来事は僕の気のせいだったんだと思いたかった。
きっと、朝にテーブルの上に、自分で置いたんだろうって。
それを肯定する自分と、そんなわけないだろうと主張する自分を戦わせているうちに、僕はゆっくりと眠りに入っていった。




