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11.思考整理

 教授の研究室を出た僕は、再びエレベーターに向かって歩きだした。

 もう日が沈んでいるんだろう。

 さっきまでの暑さは鳴りをひそめ、コンクリートの地面からじわじわと冷たさが這い寄ってきていた。

 無機質な廊下が、その寒さをよりいっそう演出しているようだった。


 失敗した。

 遅くなることは分かってたんだから、もう少し厚めの上着を持ってくれば良かった。

 この季節は本当に服の調節が難しい。

 日中は長袖なんて着ていられないと思うほど暑いのに、太陽が隠れた途端、急に肌寒くなる。

 明日からはちゃんと上着を持っていこう。


 腕をさすりながら歩くと、ようやくエレベーターに着いた。

 下向きの三角のボタンを押して、エレベーターが来るのを待つ。

 3階だから階段を使ってもいいんだけど、この建物は外付けの非常階段しかないみたいだ。

 室内でさえ肌寒いのに、そんな吹きっさらしの階段を降りるなんてごめんだ。

 チンという音をたてて、エレベーターのドアが開く。


「おっと!」


「あ、すいません」


 乗り込もうとしたら、中からメガネをかけた太めの体型の男性が降りてきて、あやうくぶつかりそうになった。

 同い年ぐらいだし、学生だろう。

 そのまま会釈だけしてすれ違い、僕が1階のボタンを押すと、ドアが閉まる。


「うわっ!」


 が、先ほどの男性が閉まりかけのドアに手を入れてきて、ドアが再び開いた。

 男性は僕のことをじいと見つめている。


「な、なにか?」


 僕は平静を装ってみせたが、声が裏返ってしまった。

 心臓がバクバク言ってる。


「……おまえ、この大学のヤツじゃないな?

高梨教授を尋ねてきたのか?」


 男性は首を少しだけ傾けて、ぼそぼそと話してきた。


「え?あ、そ、そうですけど……」


「……そうか。

やはり来たか」


「え?」


 男性はそれだけ呟くと、ドアにかけていた手を離した。

 遮るものを失ったドアが、本来の役割を思い出したように片割れと再会を果たす。

 男性はドアが閉まりきる最後まで、こちらをじいと見つめていた。


「……なんだったんだ」


 エレベーターが1階に到着するまで、僕は呆然としてその場に立ち尽くしていた。








 気付いたら汗だくになっていた僕は、冷えた体に震えながら帰途についた。


「ん?なんだあれ?」


 家のドアに袋がかかっていた。

 中を見ると、おでんの容器が入っていた。

 フタの上に紙が置いてある。

 ルーズリーフを手でちぎったみたいで、端がギザギザしていた。


『いなかったから置いとく。

チンして食え』


「……義也か」


 名前が書いてなかったが、この汚い字は義也しかいない。

 僕は義也らしさにクスリとしながらも、ありがたくもらうことにした。


「あとでメールしとかなきゃな」


 そんなことを呟きながら、鍵をあけて家に入る。

 鍵をしめて床に腰をおろすと、ようやく一息ついた気分になった。


「さむさむっ」


 住人のいなかった冷えた室内が、すっかり冷めた体を容赦なく責め立てる。

 僕はたまらずベッドから毛布を引っ張り出して、頭からかぶった。

 一人暮らしの貧乏学生に暖房なんて高価なものはない。

 寒い時はいつもこたつのないテーブルに布団をかけて過ごし、寝るときにはその布団をかけて寝るという、自分の体温頼みの生活を送っていた。


「おでん食うか」


 僕は毛布をかぶったまま立ち上がり、義也に差し入れしてもらったおでんをレンジで温めた。


「あれ?」


 温まるのを待ってる間、何気なく部屋を見渡すと、ふと違和感を感じた。


 なんだろう。

 何か、朝に家を出た時と、何かが違う気がする。

 でも、なんだか分からないな。


 ただの勘違いかと首をひねっていると、レンジが静まる。

 扉をあけると、湯気をたてたあつあつのおでんのおでましだ。

 僕の心はさっきまで感じていた違和感なんてどこ吹く風で、目の前のあったかおでんに夢中だった。


「いやー、義也もたまには役に立つなー」


 そんな皮肉も、義也だから言えることだ。

 僕はテーブルの上の日記をどかして、おでんの容器を置く。

 添付のからしを容器の縁にしぼると、ぱん!と手を合わせる。


「いただきます」


 神妙に頭を下げると、割り箸を割る。

 気分的には義也に頭を下げている感じだ。





「ふ~」


 おでんを完食すれば、体はすっかり暖まっていた。

 容器を片付けたら、義也にメールを送る。

 バイトのあと用事があって出掛けていて不在だったことと、おでんの礼だ。

 春夏の日記のことを内緒にしている手前、何となく春夏の教授に会いに行っていたことを言うのは憚られた。


 でも、高梨教授にたいした話を聞けなかったのは残念だった。

 何か知っているみたいだったけど、まさか春夏から口止めされていたとは。

 真実に近付けたらもう一度来いなんて、何が真実なのかさえ分からないのに。

 でも、なんでだろう。

 その時が来たら、きっと今がその時なんだと分かるような気がする。

 だからこそ、高梨教授は僕にそんなことを言ったのかもしれない。


 少し、情報を整理してみよう。


 春夏は自ら死を選ぶ前、何者かに尾けられていた。

 監視されていたのかもしれない。

 そしてそれを、夏休み終わりあたりから感じ始めた。

 僕とあまり連絡を取らなくなったのも、そのぐらいからだ。

 そして、春夏はそのことにひどく悩んでいた。

 その悩みを、百合や高梨教授に相談していた。

 初めてその話を聞いたときは、なんで僕に相談してくれなかったんだと嘆いたけど、冷静になって考えてみると、高梨教授の言葉が気にかかった。

 僕を巻き込まないため、と教授は言っていた。

 それはつまり、僕を巻き込む可能性があることだった、ってことだ。

 百合は、僕が自分の生活を捨ててまで春夏を守ろうとするからだと言っていたけど、もしかしたら、僕がそれを知ることで、僕自身の身に危険が及ぶ可能性があったんじゃないか?

 春夏は、僕を守ろうとしていた?

 何から?

 誰から?


 …………だめだ。

 分からない。

 情報が足りない。

 何か、新しい情報を。


 僕はそう思って、テーブルの横に置いた日記に手を伸ばした。




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