君のりんご
君の夢を見た。りんごを100個ぐらい並べて、どれが一番美味しいか聞くんだ。僕が悩んでいると「もういい。」って怒って崖の上から飛び降りる。君は落ちて行ったはずなのに、見当たらない。崖の下には赤いアネモネがたくさん咲いていて、美しい光景に僕は涙する。
あぁ、これで幸せになれるって。
目覚めが最悪だ。僕は君を知らない。知らないのに、時々この夢を見る。
予知夢なのか?
いつか出会う彼女なのか?
でも、この夢を見たら必ず目覚めが悪い。ここ2年ぐらいの話。
君は美しい。肌が白くて赤が似合う。だから君に会うのは嫌じゃないんだ。でも、とっても疲れる。なぜだろう?
小学生の頃の夢はサッカー選手。ありきたりだけど、僕は本当になれるぐらい素質があった。自分で言うのも烏滸がましいけれど。期待されていた。
でも、高校2年の夏、交通事故に遭う。再起不能と言われ、呆気なく僕のサッカー人生は幕を下ろす。
そこからが僕の転落人生。
まず、僕をチヤホヤしていた友達が掌を返す。ラインも既読無視。親は親で腫れ物に触るみたいに、やたらご機嫌をとる。正直ウザい。先生は「サッカーだけが人生じゃないぞ。」って言うだけ。は?じゃあ、僕はどうしたらいいんですか?って聞いても、夢中になれるものを探せってさ。ふざけんな。サッカーしかやってこなかったんだよ!
高校卒業後は、何もせず毎晩夜の街へ繰り出し酒を飲む。親も家にいてもらいたくないんだろうな、金だけは出す。どれだけ飲んでも、虚しい。悲しい。辛い。
そんな時、一人の女性が目に入る。すらっとしたショートカットの真っ赤な口紅の美人。大人な感じの彼女から目が離せなくなる。飲み屋を出て、友達と別れた彼女の後をつける。家はどこなんだろう?一人暮らしなのかな?ペットは飼っているのかな?色々考えただけでワクワクしてきた。久しぶりに楽しい気持ちになる。
彼女の歩く速度がはやくなる。僕も早足になる。彼女が走る。僕も走る。待って、僕は君と話しがしたいだけなんだ。って言おうと思って肩を掴んだら叫ばれた。慌てて口を塞ごうとして、僕は彼女にキスをした。その真っ赤な唇が僕を吸い寄せたから。さらに叫び声を出す彼女を振り切り、走って逃げた。
興奮した。多分、サッカーの試合でさよならゴールを決めた時より。それが2年ぐらい前。
そこから、僕は変わった。生き甲斐を見つけたと言ってもいい。親もやっと落ち着いたと安心したみたいだ。
僕は深夜のコンビニでバイトを始めた。もちろん、理想の彼女を見つけるため。
真っ赤な口紅をした子を見ると、もうたまらない。我慢できない。仕事中でもお腹が痛いと、トイレに行くフリをして女の子をつける。そして、真っ赤な唇にキスをする。そして、何事もなかったかのように、仕事に戻る。あまり一つのところで長く働くと足がつくので、2、3ヶ月に一度はコンビニを変える。
あぁ、生きてるって素晴らしい。でも、真っ赤な口紅の子に出会わない日が続くと君の夢を見る。いつか君に出会いたいな。
今日、君の夢を見た。目覚めが悪い。深夜2時を過ぎた頃、真っ赤な口紅の子がコンビニへ来た。久しぶりの唇。僕はソワソワする。彼女が店から出た後、お腹が痛いのでトイレへ行くと店長へ伝える。急いで、コンビニの制服を脱いで、彼女を追いかける。早足になる彼女。興奮してきた。僕も早足になる。そこで彼女が振り返る。「えっ?」気が動転した僕に彼女が言う。「警察よ。」え?何?何?警察って。慌てて逃げる。「待てー!」何人か男の人が走ってくる。やばい、逃げなくちゃ。
僕は知らないビルへ逃げ込む。
すると、階段にりんごが置いてある。え?って思いながら上へ進む。すると、階段の一段ごとにりんごが一つ置いてある。よく見ると、今までキスをした女の子の唇みたいだ。
ぜんぶで100段ぐらい上ったかな。屋上に着いた。
そうしたら、君がいたんだ。
あぁ、やっと会えた。
「私のりんごが一番美味しいのよ。」って、君は言う。僕もその通りだと思う。
だから、君に駆け寄ったんだ。
そしたら、君は僕を抱きしめて赤いアネモネが咲いている場所まで僕を連れて行く。
あぁ、あの美しい場所へ行けるんだ。僕は涙する。そして、悟った。
僕は真っ赤なアネモネになるんだね。