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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君を甘やかして駄目にしたい

作者: 荊汀森栖

 高二の春。父の再婚で家族が増えた。

 新しい母親と、五つ年下の弟。義弟は六年に進級したばかりだった。

 父曰く丁度良いタイミングだったらしいが、親の都合で振り回されるしかない子供にとっては、どうでもいい話だ。

 それでも、一人っ子の僕は喜ぶべきだったのかもしれない。

 だが、父と二人だけの生活に慣れきっていた僕には、正直、煩わしさの方が大きかったように思う。静かだった家に、他人が入り込んで来る。再婚に反対するつもりはないが、多忙な父は自宅で過ごす時間がとても短い。ほぼ独り暮らしの状態から、見知らぬ母子の相手をする生活に一転するだなんて、想像するだけで背筋が冷たくなった。

 初顔合わせの日。僕は、二年の辛抱だと覚悟した。大学進学までの二年間、放課後と休日を予備校と図書館に入り浸って過ごせばいい。大学受験という大義名分があって幸いだった。

 そうして僕は、優等生の仮面を被り直し、完璧な息子と兄の二役を演じ切った。


 二年後。僕は志望校に無事合格した。

 その頃には、両親に独り暮らしの確約を得ていたので、大きく進路変更する必要がなかったのは助かった。

 義弟も、思春期の割に扱いやすい性格をしていたので、付かず離れずの関係を築くことが出来た。引っ越しの手伝いをするなんて面倒な事も言い出さず、勿論、家を出る事に口出しもしない。僕は初めて良い弟だと思ったくらいだった。たまに一人で遊びに来るくらい、許容範囲として受け入れもした。

 大学時代は、そんな風に過ぎて行った。実家での二年間より余程、短く感じた。


 そんな生活が変わったのは、就職して二年目の春だった。

 またしても春。弟は大学生になっていた。出会った頃には小さな子供だったのに、いつの間にか身長も追い越され、巡る季節と遺伝子(ルーツ)の違いをまざまざと見せ付けられた。

 切欠は僕だった。僕と、義弟だった。

 計画を練り、準備を怠らず、努力を惜しまない。僕はこれまで実直に生きて来た。体は丈夫だし頭も悪くはない。学生時代を優等生として乗り切った僕は、社会人になっても道を踏み外すことなく真面目に振る舞って来た。人目があろうが無かろうが一顧だにせず、親類やご近所連中に、死別した母を侮辱する言葉を吐かせる隙を与えず、必死に頑張った。

 だが、忍び寄る病魔(ウィルス)には抗えなかった。その冬、猛威を奮ったインフルエンザに、僕は間抜けにも時期外れに罹患した。

 高熱に倒れてから一週間の隔離生活を送るに当たって、実家から派遣されて来た弟は、何故か嬉々として看病し世話を焼いてくれた。見栄を張る気力もなく、されるがまま全てを年下の弟に委ね感じたのは屈辱ではなかった。そんな現実に気付いた僕は、ベッドで声を殺して泣いた。

 ホットココアを手に、弟が寝室に入って来ても僕は流れる涙を止めることが出来なかった。

 ベッドサイドチェストにマグを置き、ベッド横に跪く気配を感じた。腫れ上がっているだろう目をやっとの思いで開けると、伸ばされた手が視界を遮る。頭を撫でる手の大きさと優しさに、再び涙が溢れた。

「一人で頑張らないでよ。」

 こんな声をしていたのか、と思った。

 穏やかで優しく、ハスキーで、どこか甘い。男の声だった。

 僕の弟は、僕が目を逸らしていた間に大人になっていた。大人になってしまった。僕はもっと優しく出来た筈なのに、自分の事しか考えなかった。小学生の弟の気持ちなんて少しも考えず、避け通した。

「兄さんが努力してくれてたこと、俺も母さんも知ってる。拒まないでくれた事に感謝もしてる。俺たち、あの頃、結構ギリギリでさ。父さんが助けてくれなかったらどうなってたかわからないんだ。」

 静かに語られる事実を、僕は知らない。お気楽な再婚だとばかり信じ込んでいたから、新しい家族を、その人たちを知ろうともしなかった。

「兄さんは自尊心が高くて、簡単には弱いところを見せられないし甘えられないのも知ってたけど。俺も母さんも、それは未来の彼女の役目なのかなって寂しく思ってた。」

 僕が頑なに目を逸らしていた自分自身の事すら、彼らにはわかっていて、見守ってくれていた事を知る。

「でも俺は……俺が兄さんを甘やかしたい。やっぱり諦めるなんて無理だった。他の誰かになんて絶対に渡せない。」

 切なげに告げられた言葉に、僕はゾクリと震えた。

 病み上がりな上に、泣きすぎて朦朧とした頭で必死に考える。聞き違いか思い違いの筈なのに、それは愛の告白に聞こえた。脳が蕩けてしまうと思った。

「他の誰かじゃなく、俺に甘えてよ。ズブズブに甘やかしてあげるから。甘やかして駄目になっても、俺はそれが嬉しいから。」

「でも……お前は、僕の……。」

「弟だなんて思ったこと、あるの?」

 弟の言葉を、冗談だろうと一笑に付そうとして僕は失敗する。

 闇に飲み込まれると思った。立ち上がり、ルームライトの淡い光を遮る弟の体が大きく僕の上に影を作る。ギシリとベッドが軋み、僕の代わりに悲鳴を上げた。恐ろしくはなかった。それは僕を癒す夜の暗闇。僕が望んだ全て。

「ここに引っ越して来てもいい?」

 甘い囁きに、僕は吐息で答えた。

初出 2018.05014 Twitter

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