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腰に力を入れてうっとうしい改札機をぶち抜いた。そのまま走って右手に持つクリアファイルを見ると、蛍光灯で顔が反射した。目がおかしくなっている。ファイルにおさまる会議資料は私の手でコピー機に挟まれて25部複製されるはずだったのが、私の体と通勤バッグと一緒に、駅のホームを駆け下りている。この靴で走ったことなんてほとんどない。ふくらはぎが痙攣して、ホームの一番端に突進していく過程でぼろぼろと落ちていく気がした。
先頭車両位置の柱の陰から見ると、もう追ってくる影はなかった。あれはたぶんN先輩だった。ちょっとどこ行くの待ちなさい、ちょっと、を数回投げつけて、あとはポニーテールをぶんぶん揺らして、私の背中を黙って走り続けていた。階段を駆け下りるヒールが同時に連打されていたから、ほぼ同じ、たいしたことのない速さだったと思う。それでも、混乱と恐怖で死ぬ思いだった。
真昼間で人もまばらな電車に踏み入れて、くたびれた雰囲気に加わった。背広姿の男性と子連れの女性が音もなくたたずむ中で、リュックを背負った老人グループだけが大はしゃぎしている。隣の6人掛けの座席には、たったひとり、細かいチェック柄のシャツを着たおじさんがコーヒー缶なんかで膨らんだビニール袋を膝に乗せて座っていた。
すっと視線を向けると、隣の車両とのガラス戸に誰かがいる。N先輩じゃないのか。あのポニーテールといかつい肩幅。恐れをなした私は、チェックのおじさんの隣にお尻を落下させた。座席がぼうっとへこんで震えたのがわかった。おじさんは微動だにせず、窓から突き刺さった激しい陽光にも後ろ半身をされるがままにしていた。太陽は同じように、私のうなじを強烈に焦がしていく。気が付くと、私のファイルがおじさんの袋にかぶさる形になっていた。
軽いアナウンスのあとに一度車体が揺れた。
次にはもう、ガラス戸には誰もいなくなっていた。いまごろ4階では会議も始まっているのだろうし、N先輩がここまで来るわけがない。緊張と弛緩に殴られ、おかしくなりかけていた。
「あの。どこに行くのですか。」
何のお詫びの印か、私はおじさんに話しかけていた。
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