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第八話 出会い

 


 翌朝、フレイヤは俺よりもとっくの早くに起きていた。

 一時間程、山をみてきたらしい。

 最も一時間と言っても本気を出したフレイヤは、身体強化フィジカルブーストや飛行魔術(風魔術の応用らしい)を使ってあり得ないスピードで移動するので、相当な範囲を探査出来るわけだが。



「一時間探査しただけで、魔物に二回も遭遇した。今まで発見したという報告が全くと言ってなかった事を考えると、やはり人為的な何かがあるとみるのが自然だ」



 人為的なもの。

 魔力変動の事もあるし、やはり魔術師が絡んでいる可能性が高いのだろう。

 ただ、なぜこの村のこの山なのだろうかと疑問に思う。

 第一、魔物を発生させる意味が分からない。

 俺には誰の得にもならないように思える。


 なんにせよ、魔物が発生してるとなると村の人たちが心配だ。



「村の方は大丈夫なの?」


「ああ。ある程度魔術師として鍛錬をすれば、魔力やエネルギーの変化を感じられるようになる。もちろん距離は限られているが、私なら村に魔物が入ったらすぐに気づける」


「そうなのか……。便利だね。あ、じゃあ熊の時もそれで気づいたのか!」


「そうだ。だが一応、ベッカー夫妻には村の人間に、山には近付かないように伝えておくよう頼んでおいた。まあ魔力を消せる個体も稀に存在するが、そのような魔物は基本的に知能が高く人前には出ないものが多からこの村に現れることは考えにくい。だから大丈夫だ」



 大丈夫と言ったフレイヤの言葉に安堵する。

 確かに絶対に安全とは言えないかもしれない。

 だけどそんな場所は、この世界のどこにだって存在しない。

 この世に絶対なんてことは存在しえないのだから。

 この村はまだ、フレイヤという魔術師がいるだけ安全な方だろう。

 そう考えると安心することができた。

 俺が早く強くなって、魔物を自分一人でも倒せるようになればいいと、そう思うことができた。




 今日も昨日と同じ反復練習だ。

 フレイヤは魔物がでるかもしれないとランニングにだけはついてきた。


 そして案の定、魔物は出てきた。


 黒い犬の魔物。

 名前は『俊犬(ニンブルドッグ)』と言うらしい。

 同じ犬の魔物でもハクとは違い、気性が荒く危険な魔物のようだ。


 あの熊の倍くらいの速さで動いていた。

 きっと俺一人だったら瞬殺されていたのだと思うと寒気がした。

 だが、フレイヤは俊犬(ニンブルドッグ)をいともあっさりと倒していた。


 フレイヤの動きをしっかり見ていて気づいたのだが、フレイヤの動きには無駄がない。

 全ての攻撃を紙一重で避け、確実にカウンターを与えている。

 それに紙一重と言っても、切羽詰まってではなく、タイムロスと身体的なエネルギーロスを減らすために狙ってやっているのが凄まじいと思う。

 俺にはまだまだ考えられない世界だ。

 シンプルだが剣士の理想形と言える。

 最も、フレイヤは魔術も最強クラスらしいのだが。




 筋トレと魔術トレーニングは一人でほら穴近くでやることになった。

 ほら穴周辺はフレイヤが『聖水』という魔物が嫌う成分を含む水を振りまいてくれたので安全だ。

 その間にフレイヤは、また山の探査をするらしい。

 万が一魔物が現れたら、とりあえず雷をぶっ放せと言われた。

 ものすごくアバウトな所は、なんとなくフレイヤらしいと思った。



 さあ、俺ひとりで魔術の訓練だ。

 雷魔術のイメージは昨日だいたい掴めたが、あれは魔力を使いすぎる。

 無難に水魔術をやってみることにした。

 集中すると、まず冷んやりとしたものを感じる。

 でもこれは昨日感じた、電子だ。

 なので、それは弄らずに他の分子を探すことにした。


 試行錯誤すること約一時間、その中に電子に似た感覚の分子を見つける。

 電子とは違い、冷たさの中に爽やかさを感じる。

 これか。

 それを集めて圧縮すると、掌の真上に水が生じる。

 それらは球体のような形を少しずつ変化させながら浮いていた。



「出た!」



 声を出した瞬間に集中力が切れる。

 その瞬間に水の形が崩れる。



「あらら」



 制御下を離れた水は形を保てなくなり、掌、そして地面へと零れ落ちていった。


 だがイメージは掴めた。


 忘れないようにもう一度。

 今度はスムーズに出てくる。

 水を球形にするのは以外と神経を使い、難しい。

 集中して形を保ちつつ考える。

 変形させるとしたら、氷か。

 水を氷にするには、温度を下げて圧縮すればいい……のか?


 よし。


 俺はさっそく圧縮のイメージで、分子を固めるようにしてみた。



「あれ?ダメか……」



 何度圧縮しても、水は球形を保ったまま微動だに変化しなかった。

 何がおかしいんだろうか。

 液体を固体にするには圧縮すればいいはずなんだけどな。


 その後、何回かやったが、結局水は氷にはならなかった。



「なんでだぁ」



 俺は休憩しながら考える。

 普通、液体なら圧縮して冷やせば液体になるはずだ。

 なぜ水にならないのだろうか。

 水だって液体のはず……。



「あ!そうか!」



 俺はその時、おじさんの本に書いてあったある事を思い出した。

 水は普通の分子とは異なる、水素結合というものを持っている。

 

 本来、液体を個体にするのは簡単だ。分子間の結合の力を強めればいい。

 そのために圧縮して分子同士を近づけたり、冷やして運動する力を無くすことで、分子がその場で停止し、結合しやすくなるのだ。

 だが、水の持っている水素結合はなかなか強い結合なのだが、圧縮すると壊れてしまう。

 そのため、圧縮することによって生まれた分子間の結合の力よりも、圧縮する事によって失った水素結合の結合力の方が大きい場合、水は氷にはならないのだ。


 確かに、結合力が減ってるのだから固体になるはずがない。

 という事は、水を氷にするには、水素結合をなるだけ減らさないようにしつつ冷やせばいい。

 つまり、圧縮ではなく、むしろ膨張のイメージを持ちつつ、分子の動きを止めていけばいい……はず。


 完璧に理論が頭にインプットされたところで、俺はさっそく水を生成する。

 そして、おじさんの本の知識をフル動員させて化学変化を起こす。


 すると、瞬く間に水がパキパキと音を立てて固体へと変化していく。



「やった!」



 気づけば声が出ていた。

 久しぶりにできない事に挑戦して心踊るようだ。

 俺は更にそれの先端を尖らせ、刃物のような鋭さをもたせる。

 気づいたのだが単に水を生成する時よりも、氷にして尖らせたり、水の形を保ったりする作業の方が神経をすり減らし、魔力が消費されたような感じがした。

 恐らく、彫刻とかと同じようなものだろう。

 最初にだいたいの形で削る時は割と簡単だが、その後細かい所まで削るのにはかなりの労力を要する。

 あるいは、単純に俺の経験不足か。

 どちらかだろう。


 最終的に、一気に分子の動きを活発化させ、その氷は気化させた。




 結局夕方になってフレイヤが帰ってくるまでの間に、氷と土系の魔術に挑戦しそれぞれ初歩的なことはできるようになった。

 氷に関しては水の中級魔術に属するらしい。

 フレイヤには驚かれ、魔術に関してはまたも才能アリ認定をされた。


 ただ同時に、才能に頼って努力を疎かにして魔術師としてダメになった奴を何人も見てきたと、またも脅された。

 そして、基本的な体術ができなければ魔物との戦闘では役に立たんと最後になぜかダメ出しまでされた。

 俺は褒められて伸びるタイプなのに……。


 まあとりあえず才能あるなしは関係なく、精進を続けようと思う。

 何せ、フレイヤというとてつもない上位互換がいるのだ。

 そのおかげで増長せずに済んだ。

 自分はまだまだだと、そう思えた。




 帰り道、俺たちは田んぼに挟まれた道を歩いていた。

 ふと前方を見ると、三人の人が田んぼを見ながら話していた。

 一人は村長だと分かったが、あとの二人の女の人には見覚えがなかった。

 他所の人だろうか。



「こんばんは」



 一瞬迷ったがもう暗くなりつつあるので『こんばんは』で大丈夫だろう。

 すると村長が俺に気づいた。



「おぅ、アラン坊!この二人は最近越してきた家の奥さんと娘さんだぁ。確か前に話したろぅ」


「サラ・モーリスです。よろしくね」

「シャーロットよ!よろしく」



 サラさんの方は短髪で落ち着いた感じのお母さんだった。

 シャーロットの方は俺と同い年くらいにみえた。

 腕を組みつつ、顎をクッと上げ、見下す視線を俺に浴びせてきた。

 見た目で判断してはいけないんだろうが、なんだかすごい生意気そうだ。

 髪は長くてサラサラ、身長は俺と同じくらいか、少し低いくらいだった。

 二人とも、髪は目が覚めるような緑色、瞳は透き通るような水色だった。



「アランです。よろしくお願いします」

「フレイヤだ」



 俺たちが自己紹介すると、シャーロットが訝しむように俺を見てきた。



「似てない兄弟ね。それにアランの方は子供の癖に変な言葉使いで気持ち悪いわ」



 俺の敬語のことを言っているのだろうか。

 しかし傷つくな。

 この村は子どもは少ないので、同年代の子から気持ち悪いとか言われたのは初めてだ。

 しかも初対面の人に。



「シャルー?気持ち悪いじゃなくて礼儀正しい・・・・・、でしょ?」



 シャーロットはシャルと呼ばれているらしい。

 シャルはそう言われながら、サラさんにこめかみをぐりぐりされていた。

 サラさんはものすごい力を入れているのか、シャルは割と本気で痛がりながら、 サラさんに謝っていた。

 ざまあみろ。

 俺はシャーロットに思いっきりドヤ顔を浴びせてやった。

 まあ、俺は何もしてないのだが。



「それに俺たちは兄弟じゃないよ。フレイヤは俺の師匠なんだ」



 シャルに対しては敬語はやめだ。

 また気持ち悪いと言われるのは癪だし。



「その方がいいわよ、喋り方。で、何の師匠なの?」


「ま、魔術……」



 なんだか魔術の師匠と言うのは恥ずかしい。

 最近まで存在を知らなかったからか、自分がものすごくイタいことを言っているように感じる。



「魔術!それって最近王都で流行ってるやつのことよね。魔法みたいなやつよね!」



 そう言って目を輝かせながら食い付いてきた。

 やはりフレイヤの言う通り、王都では魔術が常識となっているのは本当のようだ。

 シャルは俺の事を、こんな頼りなさそうなのが?とか言っていたが、覚えたての氷魔術を見せると、目を丸くして息を漏らし、少し尊敬の念も混ざったような眼差しでこちらを見ていた(ように見えただけかもしれない)。

 だが、これで増長してはいけないんだったな。

 危ない危ない。



 モーリス一家は今まで実家に住んでいたらしいのだが、ある程度まとまった金が出来たため、地価の安いフラスカに一軒家を建てたそうだ。


 父親は行商でしばらくは帰ってこないらしい。ちなみにシャルは十二才で俺より一つ年下だった。

 ただ年内には十三才になるらしい。

 だから一応同学年と言える。


 そんな感じで話していると、いつの間にか辺りが暗くなってきたので、それぞれ解散となった。



「また今度魔術、教えてよね!」



 シャルは最後にそんな事を言っていた。

 性格は生意気だったが、なんだが妹分ができたみたいで、少し嬉しかった。

 そして夜には覚えたての氷魔術で魔力を使い切り、泥のように眠りについた。


お読みいただきありがとうございます。ブックマーク、感想等励みになりますのでよろしければお願いします。

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