第五話 魔術師の弟子
「俺に魔術を教えて下さい」
俺はしばらくして落ち着いた後、開口一番にそう言った。
さっきの魔術、何もないように見える空間から氷を生成した一連の光景が、脳裏に焼きついて離れない。
そしてこれこそが掌返しというにふさわしいだろう。
今まで、およそ趣味と言えるものはほとんどなかった。
だけどあの瞬間、これだと思った。
魔術を習得すれば自分の力だけで生きていくことだってできると、そう直感的に確信した。
「ああ、いいぞ」
「そう、ですよね。ダメですよね。こんなもやしみたいな……って、え?い、いいんですか !?」
フレイヤは何ともあっさりと承諾してくれた。
魔術師と聞くとなんか気難しいイメージだったんだけどな。
こう、なんとかを持ってきたら弟子にしてやろう、みたいな。
まあそれ自体、固定観念に縛られているような気もするけど……。
しかしまあ、フレイヤがそんな気難しい人じゃないのなら、それはそれで良かったとは思う。
「もやし?」
フレイヤが疑問の眼差しを僕に向けてくる。
「あ、いや。何でもないです。もやしじゃないです。それは忘れて下さい」
俺はよくもやしと言われる。
まあよく言われると言っても、そんな事を言うのはあのゴリマッチョの村長くらいなのだが。
「もやし……。ああ!あはははは!なるほどなあ!もやし!もやしかあ。確かに。確かに、アランはもやしだなあ」
フレイヤも意味を理解したのか、大笑いして『もやし』を連呼してきた。
その後も独り言で「もやし、もやしかあ」とか言いながら一人でニヤけていた。
正直『もやし』でここまで大笑いした人は初めて見た。
今までのシリアスな展開はどこにいってしまったのだろうか。
「そうだ。弟子にしてやるのはいいんだがな、それは私がこの村を発つまでだ。それに私自身やることもあるからずっとは見ていられん。それでいいなら了承してもいい」
フレイヤはひとしきり笑った後、仕切り直して真顔でそう言ってきた。
俺にとっては期間限定だろうがなんでもいい。
とりあえず魔術を使えるようになりたいだけなのである。
「はい。わかりました。それで良いです。これから、よろしくお願いします!」
「ああ、それと私の弟子になるのなら敬語はやめろ。敬語はあまり好かん。弟子になるんだったら敬語はなしだ」
「はい。あ、いや……うん!」
こうして俺は期限付きではあるがフレイヤの弟子となった。
胸の高鳴りが止まらない。
さっきみたいな恐ろしい高鳴りではなく、心踊る、前向きな高鳴りだ。
ほぼ初対面の相手に敬語を使わないのは少しこそばゆいけど、その内慣れていくしかないだろう。
そういえばフレイヤはこの村を発つまで、と言ったがそれはいつまでなのだろうか。
この村に来た理由もいまいち分からない。
確か放浪の旅とかなんとか言っていたような気もするが。
色々と知らないことが多いな。
「フレイヤっていつまでここにいるの?それとなんでこの村?魔術師の仕事なんてあんまり無さそうだけど」
「この村での滞在期間は、長くても……一、二ヶ月くらいだな。南部の郊外であるここら一帯に滞在する期間としては約半年以内だ。来た理由については……そうだな。まず私が旅をしている理由から話そうか」
そうするとフレイヤは真剣な顔になり、軽く深呼吸をしてから話し出す。
「私は、エギルと言う男を探している。本名はエギル・フォン・テイラー。魔術師だ」
『エギル』と言う名前を出した瞬間、フレイヤの声音に僅かながらの怒気が交じるのを感じた。
両手は硬く握られている。
即座に負の感情を抱いていることを理解する。
あまり、喋りたくないことだったのだろうか。
そう思ったがフレイヤは止まることなくはその話を続けた。
「エギル、奴は私の両親の仇だ。約十年前に魔石が発見されたことを話したろう。その発見者は、何を隠そう私の両親だ」
「じゃあ、エギルは手柄を横取りしようとして、フレイヤの両親を殺めた……とか?」
「……アランは察しがいいな。そうだ。だがその計画は失敗に終わった。目撃者がいたんだ。奴は二人に子供がいたことを見落としていた」
そう言うフレイヤの手は震えていた。
きっとフレイヤにとって大きなトラウマとなっているのだろう。
「そう、それが私だ。あの時、私は両親が殺されるのをタンスの中で震えて見ていることしか出来なかった。だけど今なら、奴を……」
フレイヤは最初、放浪の旅と言っていた。
だがそれは建前。
本音は復讐の旅だったんだ。
エギルを、両親の仇を討つための、復讐の旅。
「すまん、話がそれたな。それで、私が両親の仲間にそれを伝えた事で奴は魔術協会から追われる身となった。私は魔術協会とは別に、個人で奴を探す旅をしているんだ」
「なるほど」
俺はフレイヤの言葉に納得した。
じゃあ、フレイヤがここにいるって事は……。
「でもそれなら、フラスカにエギルがいる可能性があるってこと?」
「それはまだ分からない。だが奴は最低ではあるが、今では最強の魔術師とも言われている」
「そうなの?」
「ああ。魔術協会が放った精鋭たちがことごとく返り討ちにされてるんだ。その中には英雄と呼ばれていた者もいるくらいだ」
「相当、強いんだね」
俺は思わず唾を飲んだ。
そんな強い魔術師と闘おうとしているフレイヤもチート級の強さに違いない。
「そうだ。だがそんな魔術師だからこそ、何かをしたら必ず魔力の痕跡が残る。そんなところを先日、こちらの方角から大規模な魔力変動を感じたんだ。来てみれば、魔物まで発生してる始末だ。奴がここを拠点にして何かをしている可能性は、高い」
『魔物』と聞いて思い当たる。
嫌な光景が思い出される。
あの熊。
あいつは人を喰っていた。
そんなことはほとんどないことだし、俺を追いかけてきた時もかなりの執念深さだった。
魔物化によって凶暴化したならば辻褄が合う。
数十メートルも離れていたのにいきなりこちらに襲いかかってきたということもある。
「魔物、とはあの熊の事?それと、あの人は……」
「そうだ。あの熊も魔物の一種だ。残念ながらあの人間は……。亡骸は私が熊と共に燃やした。行商人のようだったからこの村の出身じゃない可能性も高いし、何よりアンデッドになったら困るからな」
「そう、だね」
正直残された家族の事を考えると胸が痛んだ。
遺体を届けられたらいいのだろうが、遺族を見つけるのには時間もかかるし、それ以上にアンデッドになってしまったら遺族に顔向けできない。
フレイヤの行動は正しいと思う。
「魔物については聞いたことあるか?」
「うん、知ってる。凶暴化した獣の個体とかの事でしょ?」
「そうだ。まあ詳しくは二種類あって、大規模な魔力変動などがあった場所で突然変異したタイプと、突然変異ではなく凶暴化した獣などのタイプの事を指すんだ。まあ、詳しいところはいまだ不鮮明なんだがな」
そう、魔術は聞いたことがなかったが、魔物ならなんとなく聞いたことがある。
普通の人間では歯が立たない、凶暴な動物などのことを指す。
王立騎士団や冒険者と言われる人達がパーティーを組んで駆逐しているのだとか。
そうか。
魔物は魔力変動などの、魔術に関連する類のものだったのか。
確かにそれなら、訳のわからないような魔物の巨大な力についても察しがつく。
そんなことを話しているといつの間にか空は茜色に染まり、もう日が落ちそうになっていた。
今まで気づかなかったのだが、いつしかハクも起きていて木の葉の上に静かに伏せながらこちらをじっとみている。
「日が暮れそうだから、そろそろ帰らないと」
そう言ってハクの頭を撫でると、クゥンと鳴いて掌を舐めてきた。
俺は軽く持ち上げてこちらへと引き寄せる。
「あぁ、あと言い忘れていたが、そのハクとやら。そいつも魔物だ」
フレイヤの突然の発言に目を丸くする。
前振りなしでそんなことを言われ腰が抜けたような気がした。
咄嗟にハクを胸へと抱き寄せ、茜空よりも濃い色に染まったフレイヤの瞳を見つめる。
「まあ、そう警戒するな。そいつは『ベオウルフ』という個体で間違いない。突然変異の方の魔物で、性格も穏やかなんだ。手を出さなければ何の害もない」
「そう、なのか?」
「ああ。ただ能力は凄まじく高く、成長すると羽が生えて空をも飛べるようになる。腕試しに挑んだS級の冒険者パーティーが返り討ちにさせられたという噂すらあるくらいだ。それに、手を出すならとっくにやってるよ」
それを聞き、安堵してハクを離す。
それにしてもハク、お前はそんなに強い魔物だったのか。
そう思うと嬉しいというか、気持ちが高まるように感じた。
その後、フレイヤは村の宿屋で宿を取るという事で途中までは二人と一匹で帰路についた。
帰りの道すがら、明日から魔術を教えるということと、朝七時に山に集合ということを伝えられひとまずの別れを告げた。
家ではベッカー夫妻がハクを心よく迎え入れてくれた。
ただ、ハクが魔物だという事はしばらく伏せておこうと思う。
あまり、心配はかけたくない。
夕食後ハクを綺麗に洗ってやり一緒に布団に入った。
そして今日一日の出来事を、飛び飛びではあるが、頭の中でもう一度再生させる。
色々なことがあった。
熊、魔術、魔物、フレイヤ、エギル……。
まあでも、あれこれ考え過ぎてもきりがない。
そう思い直し、明日の朝は早いため今日はさっさと寝ることにした。
こうして、明日の魔術訓練を楽しみにしつつも、俺は一瞬で眠りについたのだった。
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