第三話 赤髪の女
目が覚めると、視界には落ち葉が散乱した山の風景が広がっていた。
頭には何か柔らかい感触がする。
枕のようで、それよりももっと弾力があるような。
反転して、横を向いていた目線を上へと向ける。
するとその先には見知らぬ顔の女の人が映っていた。
短く肩の辺りで切り揃えられた、燃えるような赤髪。
狩人のような鋭く血赤色に染まった瞳をしているが、どこか懐かしいような優しげな表情をしている。
年齢は俺よりもいくつか高そうな、大人の女の人。
「起きたか少年。おはよう……って時間でもないか」
「おはよう、ございます」
朦朧とした意識の中でそう挨拶をし、ふと我に帰る。
先程の記憶が、蘇る。
俺はすぐにその女の人から離れ、勢いよく飛び上がる。
どうやら柔らかい感触は太ももだったらしい。
「ハク!ハクは?」
「ん、ハク?少年が大事そうに抱えていた、こいつの事か?」
女の人の折った膝のすぐ隣にハクがいた。
目を閉じている。
近寄り、安否を確認すると、途切れ途切れに息をしていた。
どうやら眠っているようだ。
「あぁ、よかった」
それを理解して、とりあえず一安心と落ち着くことができた。
そして冷静になり、もう一度女の人の方を向く。
黒色のコート、背中には同じ色のフードもぶら下がっている。
先程助けにきてくれた人と同一人物だろう、という推測はすぐにでも立った。
「先程は助けていただき、ありがとうございます。あなたが来なければ、恐らく今無事ではありませんでした」
俺の言葉を聞き、女の人は目を丸めて驚いたような表情をする。
「子供なのに随分と礼儀正しいな。喚かれたら困るなと思っていたのだが……。それに状況分析能力も高いようだ。そういう奴は伸びるぞ。どんな事にだって臨機応変に対応できるからな。もしかすると……」
そう言ってぶつぶつと独り言を言い始める。いかん話がそれる、と思い、独り言を遮って話しかける。
「あの!お……ねえさんは、どこから来たんですか?フラスカの住民ではないようですけど」
「お姉さん!君は正直でかわいいなあ」
そう言って嬉しそうににんまりとにやけながら、俺の頭を撫でてくる。
この反応だとおばさんなんて言った日にはきっと殺されるに違いない。
だって『お』って言った瞬間目が座ってた。
しかし、なんだかこうも子供扱いされると居心地が悪いな。
それに質問には答えてもらえないのだろうか。
「フレイヤだ」
「へ?」
「私の名前だ。お姉さんもまあ、悪くはない。が、いつまでもそれでは呼びにくかろう。少年の名は何と言うのだ?」
「僕の名前はアラン。アラン・アルペンハイムです」
アルペンハイム?とフレイヤは一瞬怪訝そうな顔をした。
しかし、まあ珍しくもないかと呟きこちらを向く。
「ではアラン。どこから来たか、と聞いたな。まあそう聞かれると困るのだが……。出身は王都だ。ただ特定の住居はもたない。根無し草のように放浪の旅をしながら歩いている」
それを聞いて服装を見る。
先程は気づかなかったがコートの中には一振りの刀が差してあった。
ただ僅かな違和感も感じた。
旅をするには身軽すぎるのだ。
なにせそれ以外の持ち物は腰にぶら下げた道具袋のようなもの一つだけだ。
「旅をしているんですか。でもその割りにはずいぶんと身軽なんですね、フレイヤさん」
「フレイヤでいい。さん付けで呼ばれるのはあまり好かん」
「あ、分かりました……フレイヤ」
年上を呼び捨てにするのは少々気が引ける。
だが、命の恩人がそう言うのならば聞くほかないだろうと素直に従う。
「ああ、それで良い。まあ普通の人間から見たら、旅をするのには身軽すぎるだろうな」
普通の人間じゃないのか、と心の中で静かにツッコミを入れる。
もちろん、口には出さない。
だがこの時俺はまだ知らなかった。
フレイヤが言う、『普通の人間ではない』の本当の意味を。
フレイヤは口の端を上げ、少し得意そうな顔をする。
そして僕は続く爆弾発言に驚くのだった。
「私は、魔術師だからな」
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