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第一話 ベッカー夫妻

 

 目を覚ます。

 長い夢をみていたような気もするけど、いつものようにもう忘れてしまった。


 焦げ茶色の木でできた壁が太陽の光を反射して鈍く光っており、もう朝なのだと実感する。

 階下からはフライパンで何かを焼く音も聴こえる。

 俺は掛け布団を足でどかして起き上がり、まだ動きたがらない重い足を持ち上げた。



 目をこすりつつ、少し軋む階段を踏み外さないように一歩一歩下りていくと、キッチンに立っているおばさんはフライパンを手に持っており、その上の目玉焼きをちょうど皿へとよそうところだった。



「おはようございます」


「おはようアランちゃん、今並べてるから先に顔を洗ってらっしゃい」



 俺は言われた通りに洗面所に向かう。


 鏡をみる。

 薄い茶色の地毛、少しだけ高い鼻、男らしくない顔立ち。

 いつもの自分がそこには映っていた。

 小さいころはよく(今でもたまに)女の子みたいと言われたし、最近ももっと筋肉をつけろなんて言われている。

 トレーニングでもしようかな、と思っても、思うのはいつもその場でだけで、結局は実行せずに終わってしまう。

 実際、俺の中ではあまり深刻な問題ではないのだ。


 洗面所で顔を洗ってくると、目玉焼きに加えて食パンとバター、そしてトマトが用意してあった。いつもの朝食だ。

 席につくとおじさんも新聞を畳み、「いただきます」と言って三人一緒に食べ始める。


 この二人はベッカー夫妻。


 旦那さんは『ミシェル・ベッカー』、白髪に黒縁メガネで知的な印象だ。奥さんの方は『イリス・ベッカー』、長い黒髪を一本にまとめ、優しそうな顔をしたおばさん。

 もちろん顔通り優しい。



 二人は育ての親である。

 物心ついた時からこの家でお世話になっており、本当の親のような存在だ。

 実の親は俺が生まれてすぐに亡くなってしまったらしいのだが、当時はまだ一才だったので、残念ながら今はもう顔さえ覚えていない。


 俺が育ったここはフラスカという村で、王都からは離れた郊外にある小さな村だ。

 大部分が水田となっている田舎のため、都会に比べると裕福な暮らしとは言えない。

 だが、悪い輩が現れるなんて事はほとんどなく、のんびりとしたこの村の雰囲気を気に入っている。


 俺は今現在十三才になるが、フラスカには学校がなく、一番近くにある学校も毎日歩いて行ける距離ではないので通っていない。

 ベッカー夫妻は下宿してでも学校には行った方がいいと言うが、義務的なものではないしあまり必要性も感じない。

 加えて二人にこれ以上負担をかけたくないという思いもあるので行く気はない。


 だけど勉強自体はそれなりに好きなので、おじさんの書斎にある理科の本などを借りてきて読んだりしている。

 おじさんは昔学者だったらしく難しい本も多いが、飽きる事がなくてちょうどいいくらいだ。


 ただここ数日はそれ以上の楽しみができてしまってあまり読んでいないのだが。



「アラン、今日も山へ行くのか?」


「はい」


「そうか、ならこれを持っていきなさい」



 そう言っておじさんは鈴を渡してきた。


 何の変哲もない、鈴。

 光を反射して金色に輝いている。

 光と影とが調和しつつ、レトロな雰囲気を醸し出している。


 受けとる時に、カランと渇いた音がした。


 そして、おじさんが言った『山』こそが最近の俺の楽しみなのだ。



「これは鈴、ですか?」


「そうだ。山を歩く時はこまめにこの鈴を鳴らすようにしなさい。獣は音の鳴った方には近付いてこない。まあ、あの山には大きな獣は猪ぐらいだから大丈夫だとは思うが、それでも遭遇すればケガはするかもしれん。念のために、な」


「なるほど、わかりました。わざわざありがとうございます」


「でもアランちゃん、最近は山へ行って帰ってくるのは夕方だけど何をしているの?」


「そうですね……。最初は山の池に釣りをしに行っていました。ですが先日足をケガした子犬が倒れているのを見かけて、その子犬の面倒を見ているんです。手当をしたり、川で釣った魚や山になっている果実を与えたりして」


「犬か。あの山に野犬はいないはず……いや、捨て犬か。しかし大丈夫なのか?噛み付いてきたり、しないのか?」


「首輪は無いですが、野犬かどうかはよく分かりません。最初は警戒していたようですが、すぐに懐いてきて、今ではかわいいものですよ」


「そうか、人に懐いているのか……。ちゃんときれいに洗ってやって世話ができるなら、家で飼ってもいいんだぞ?」


「え、いいんですか?」


「ああ、アランはいつも頼み事なんてしないし、たまには私達からも何かしてあげたいのさ。イリスもいいよな?」


「ええ、もちろん私はかまいませんよ。子犬が一匹で山で生きていくのは大変でしょうし、なにより、家族が増えて賑やかになりますからね」


「ありがとうございます!では今日帰る時に連れてきます」



 俺は嬉しくて、早くあの子犬、『ハク』に会いたくてなって朝ごはんを一気に口の中に詰めこんだ。


 途中急ぎ過ぎて軽くのどにつまらせると、おばさんが急いで牛乳をコップに注いでくれた。

 それを飲んでいると、二人とも苦笑しながらこっちを見ていた。

 笑った時に寄る二人のシワに、なんだか暖かさを感じた気がした。


 俺は恥ずかしさで少しいたたまれなくなり、そそくさとテーブルを立ち、洗い場へと食器を出しに席を立った。


 その後、おばさんがつくってくれた二つのおにぎりを持ち、「日が落ちる前に帰ってくるのよ」と言うおばさんの声に返事してから、「いってきます」と言って家を飛び出した。


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