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2011年夏 寅蔵、夏真っ盛り

 七月某日


 さて、調子がよくなってきて一ヶ月がたとうとしている寅蔵、介護申請を初めて出してから八月末で半年となるので、改めて更新の手続きが必要となった。

 郵便で申請書類が届き、ケアマネさんからも申請をして下さいとの電話をいただいたので、ヨシコは市役所の介護福祉課で申請を行っていた。


 そしてこの日午前中、職員が聞き取りと介護認定調査のため、寅蔵宅を訪問した。


 近頃の寅蔵は

・一日中、言動のつじつまが合っている

・足腰がふらつかなくなり、歩行がしっかりしてきた。転ぶこともほとんどない。

・ストマの付け替えが、また独りでできるようになった。また、処理も間違えずに、ちゃんとトイレで行い、古いストマもゴミ袋に捨てるようになっていた。

・並行して、家のお風呂に積極的に入るように。また、風呂もほとんど汚すことがなくなった。

・ありもしないものが見えたり、という幻覚的な症状がなくなった。

 と、よいことばかり。

 かと思えば

・独り言なのか会話なのか判らない、不明瞭な発言が多い。

・ぐちっぽくなった。

・忘れっぽいのは相変わらず。

・朝早く起きて家の周りで片づけなどガタガタやっている。夜も遅くまで起きている。

・すぐかっとなって大声を出す(特に配偶者であるばあちゃんに対して)。

 と、主に感情面で何かと問題が出ていた。

 認定調査の方も、もしかしたら介護度が軽くなるかもと心配してくれたが、それでも、主治医からの意見書(介護福祉課を通して主治医に頼んである)がどう書かれるかにもよるのでまだ何とも言えない、とのこと。

 つまり主治医が

「今のところはやや言動や健康面で問題が少なそうだがまだ不安定な状況なので少し様子をみた方がいい」

 と判断して下されば、介護度は変わらないかも、とのことだった。


 病状を重くみせたいわけではないが、使えるサービスとか考えると介護度は重い方がいいのかも知れないし、でもやっぱり元気ならそれなりに元気という判定もほしいし。

 ヨシコにとっても難しい判断だった。

 それにしても、何故、認知症の症状が軽くなったのかは不明。

 アリセプトという薬は認知症の進行を抑えるだけなので、じかに認知力アップの方向に効くということはないらしい。

 陽気がよくなったため身体が動かしやすく本人の負担が軽くなったのか、デイサービスで体を少しずつほぐしているのがいいのか、ヨシコらには何とも理由が判り兼ねていた。


 ちなみに、介護認定の帰った後の寅蔵は、と言えば。

 裏の草刈りと片づけをせっせとしておりましたとさ。



 七月某日


 介護認定の更新が近づき、なぜか認知症状態から脱しつつある寅蔵だったが、なんと前の晩、急に

「デイに行くの、もうやめるから」

 と宣言した。

「電話して言っとけや」

 と。


 今まで、ひとりで置いておくわけにはいかなかったので、本人が許せそうなギリギリMaxの週四回月・水・金・土とデイサービスを利用していた寅蔵だった。

 土曜日については、たいがい誰かいるにはいるのだが、家族でたまにはどこかに、せいせい出かけたいね~と言う事で、寅蔵にはデイ利用をお願いしていたのだが、まず

「土曜は休みだから、行かねえ」

 と寅蔵が言い出して、ここのところ土曜日はほとんど利用がない状態だった。

 そしてついに、どこまでも全部行きたくないと。

 そんな寅蔵、家にいて何をしているかというと……

 まず朝早くおきて、お湯を沸かし、家の周りの片づけとかゴミ出しとかをする。

 朝ごはんの後は、自分で握り飯を作って、したくをして少し離れた山の畑まで、てくてくと歩いてゆく。

 そうして夕方、また歩いて帰ってくる、という暮らし。

 しかも途中の菓子屋で、山仕事用にお茶を買っていくらしい。

 山までどのくらいかかるの? とヨシコが聞いたら、四十分くらいかなー、と言っている。

 車で送ろうか? と聞いたら、ありがたいけど運動にならんから歩いていく、と真面目に答えている。

……これってまるっきり普通ですねえ。と、ヨシコもさすがに納得せざるをえなかった。

 身の回りの支度ができる。近くではあるが外出がひとりでできる、簡単な買い物もできる、そして車が運転できないことや忘れっぽいことも自覚しているし。

 先日、ヨシコ、かかりつけの○○先生に

「どうしちゃったんでしょうね」

 と聞いてみたところ

「夏で、血行がよくなって血の巡りがよくなったせいかなぁ」

 と冗談とも本気ともつかぬ口調でおっしゃっていたが。

 明日にはケアマネさんに相談せねば。とヨシコ、それでもまだ何か腑に落ちない思いもあった。

 しっかりしているようで、実は、どうなのか。

 平日、寅蔵が独りでいる時間がちょっと恐ろしくもあるヨシコであった。



 八月末のある日


 七月中旬に介護認定の更新があり(いつもそうかは知らないが、初回は半年で更新とのこと)、市役所の介護福祉課から来られた担当と家族との面談があったのだが、その結果が八月に入ってすぐ出た。


 要介護3から、要介護2に。


 これって、認知症の高齢者に限って言うと、けっこう珍しい事らしい。

 しかし、確かに寅蔵の症状はびっくりするほど軽くなってきているし。

 見えないものが見えたり思い違いで衝動的に動き回ったりということがまるでなくなり、見た目にはごく普通のじいさんになった。

 近所の人もびっくりしている。

 なぜ治ったの? とヨシコもよく聞かれるが、それが解ればヨシコも学会で発表したいくらいだった。

 しかもこの良い状態が、この八月中ずっと持続しているのだった。

 認知症の症状には波がある、とかかりつけの看護師さんなどからも聞いていたのだが、この波は、かなりうねりが長いようだ。

 ヨシコが心配なのは、あまりにも暑くなりすぎて動きたくなくなってしまったら……という点。

 だが、今のところ、彼は暑さには強い様子だ。

 あとは、これから寒くなってきて、また冬眠寸前になってしまい、知力体力も衰えてきたら……というのもまた心配ではあったが、それはまた季節がきたらじっくり対応しようか、と、ヨシコはとりあえず現状をじゅうぶんありがたがることにした。

 とにかく、ひと夏儲かったなあ、ありがたや~、ってね。

 できればこのままシッカリしたまま時が流れてほしいものだが。

 なんて甘くはないのが人生。わかっちゃいるけど。

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