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2011年5月から6月 寅蔵、パス名人


 五月某日


 あまり積極的に動き回らなくなったせいか、以前より訳のわからないことを言ったり出かけようとしたりが少なくなったような近頃の寅蔵であった。

 動かない分、確実に体力は落ちてきたのでは? とヨシコは危惧している。

 簡単な日常動作、例えば雨戸を開け閉めする、とかお茶を入れる(やかんで湯を沸かし、ポットに移し、急須と湯のみを洗い、茶葉を入れてお湯を注ぐ)とか薬をシートから出して飲む、とかいう、今まで何も考えずにやっていたことが難しくなってきたようだった。


 それでもなぜか急に

「山に行くから連れてけ」

 と、くわやコンテナを用意している。

 タケノコ山に行くとゆー。


 山の農道から竹藪までかなり急な斜面を下りねばならないため、危険だからやめれば? とヨシコは止めてみたが、もちろん聞くわけがない。

 しかもその竹藪は、すでに元の持ち主に返してしまっている。


 そんなことを言い聞かせても納得せず、とうとう怒りだしたので、とりあえず気がすむなら、と思いヨシコは寅蔵をタケノコ山に連れていく。

 行けると判ると急に怒りもおさまり、寅蔵はきげんよく山へ向う。

 車から降りて、これも不思議なことに、斜面も特に危なげなく下りて行き、伸びすぎた筍(つうかもうすでに竹)の先を切っている。

 特に危ない目にも遭わず、ふたりは無事に帰ってくることができた。


 たまには良い日もあるのだな、と思いながらヨシコ、ふと家の脇、狭い空き地をみると、先日買って、どこに植えようか悩んでいたミニトマトが、しっかりと植えられて、しかもちゃんと堆肥もくれてあった。

 寅蔵、いつの間に。

 まだまだ働きたいという気持ちは一杯なのだろう、ただそこに頭や体がついていかないのだろう。

 気持ちだけはくみ取ってやりたいものだが。そこがなかなか。



 六月一日


 近頃は週に三回、近くのデイサービスに通っている寅蔵。

 すごく嫌がるわけでもなく、迎えの車が来ると、

「じゃあ行ってくるかな」

 と、淡々と出てゆく。

 どこに何しに行ってるのかは、今一つ把握しきれていないようだが、施設の裏に小さな畑もあるらしく、ちょっと手伝ったりもできるし、スタッフや他の利用者さんとも少しは会話もするらしいし、それなりに利用できている様子だった。


 しかし……今朝は起きてきません。

 どうした? 今日、迎えがくるよ、とヨシコが声をかけても、生返事のみだった。

 ようやく帰ってきた返事が

「風邪をひいたと言っとけ」

 ですと。これは正真正銘の仮病ですね。

 まあ、実は本当に調子が悪いのかもしれないが、ヨシコにはどうにも判断つかず

「まあ今日一日は家でゆっくりしてください」

 と声をかけるしか……。

 いやいやいや、普通の人にならゆっくりしててなどと簡単に言えるが、認知症があると、そうも言ってられない。

 ヨシコ、午前にどうしても外せない用事があるし、ばあさんは終日出かけるし(寅蔵のために休もうなんて気はさらさらなし)、ていしゅは夜勤帰りで寝てるし。

 とりあえず、昼まで静かに寝ていておくれ、と祈りながら。ヨシコはあわてて出かけていった。

 用事が済むとまた、あわてて帰る。

 家はどうにか無事でした。


 翌々日は寅蔵、ふつうに、デイに出かけていった。

 出かける前に、ばあさんに

「こないだはなんで、迎えが来なかったんだ?」

 と訊いたそうな。来たんだってば、やれやれ。



 六月某日


 介護認定3と判断され、デイサービスも六月からは週四回(月、水、金、土)と行くようになった寅蔵なのだが。


 火、木、日はうちにいて何をしているかというと……


 ひたすらぐたぐたしております。


 以前は、窓の外にありもしない光景やら人物どもを見つけてソワソワしたり、何か思い立って、意味もなく工具を装備して表に出て行ってしまったりがたびたびあったのだが、近頃は、食事はするもののとりあえずまた、寝てしまうことが多い。


 昨日はきのうで

「何か……ぼけてきちゃったみたいだなあ」

 としみじみつぶやく。

 一応、判っているらしい部分もあり、対応がけっこう難しいので、とりあえずヨシコ、自分くらいはちょっとは優しくしてやろうと思う今日この頃であった。


 今日は今日で、以前くじいたらしい右肩が痛い、と早朝から起きだしてきたので、ヨシコがインドメタシンの塗り薬を塗ってやったら、また寝てしまい、朝食もとらずに寝ている。


 静かでありがたいと言えばありがたいのだが、心配にもなるし。

 でも起こせば起こしたで、どこか行かれても困るし。

 と、日々葛藤のヨシコであった。



 六月某日


 さて先日、グタグタしてますと書いたばかりの寅蔵だが、別にグタグタしたくてしてたわけでもないらしく、彼なりに、ストマ管理ができなくなってきたのを悩んだり、傷跡が重苦しいような気がして考えたり、右肩が痛むのを弱ったり、ちょっと後ろ向きな気分になっていたらしかった。


 今日の午後になって急に

「(かかりつけの)○○医院に連れてけ」

 と言いだす。

 どうも、○○先生に手術してもらったストマのところをもう一度切れば治るかも、と思い至ったらしく、

「切る覚悟ができた」

 とまで。

 仕方ないので、病院に電話して夕方近く出かける。

 院長の○○先生は穏やかに

「そっか~、そっか~」

 と聞いてくださる(この先生はなぜか野生の人・寅蔵が大好きらしく、いつもこんなに優しいのであった)。

 そしてとりあえず本人が不調を訴えているのでは本当にどこか具合悪いのかもしれないので、とのことで、お腹あたりのレントゲンと、血液検査をすることに。


 あまり待たずにどちらも済ませ、結果もすぐ聞く。

「だいじょうぶだよ~」

 との院長のお言葉に、寅蔵

「ああ、いいっけな~、ひと安心だ」

 と。ほっとしている。


 ……結局、何が何だったのかよく判らずにヨシコは寅蔵を連れて帰宅した。


 六月某日


 朝になって

「(デイには)行かん」

 とのこと。寅蔵、そのままずっと寝ている。


 便が自分の意思とは無関係にどんどん出るのが不可解であり、不愉快でもあるらしく、またそういう時に、連れ合いのばあちゃんから

「くさい」

 とか言われたりもするので、余計むくれてしまう。

 そんなこともあって

「食べなければ、(便が)あまり出ずに済む」

 と思って、食欲もなくなるのでは、とヨシコは推測した。


 仕方ないので今日はパス2。

 ヨシコは外で用事があったのだが、今日は急きょ、寂しくおうち待機となったのだった。

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