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2011年3月 寅蔵、ふるさと危機なるも

 三月二日


 市役所の介護福祉課にお願いしてあった介護認定の調査がようやくやって来た。

 予定では午前九時半から約一時間だったが、ほぼ時間通り調査は終了。

 来て下さったのは四〇代後半か? というにはあんがい若い感じの女性だった。

 本人に、名前、誕生日などを聞いて、いつも使っている椅子へ座らせたり立たせたり、歩かせたり手をあげさせたり、あと『今日は何月何日ですか、季節は?』などという質問があった。


 その後、ヨシコとヨシコ母に、近頃どんな様子で困っているのかというヒアリングがあった。

 しかし本人は気を遣って席をはずす、ということはないのでしかたなく、本人も交えて、あんなこんなの話をしていた。


 一昨日、午後ずっとキーのない車のエンジンをかけようと苦労していたのだが、夕方暗くなってから急に

「家に帰るから」

 と表に出て、どこかに歩いていってしまった話とか。


 そんな話も特に興味なさそうに、座って聞いている(いや、聞いていないかも)寅蔵である。


 帰りがけにふとヨシコ母が

「●●さん、以前どこかでお会いしたかしら?」

 と認定の担当者に聞いたら、

「そうなんです、この場所、前にもお邪魔したなあ…と思ったら」と。

 なんと、十年以上前、ヨシコ母が完全に車椅子生活となった折りに、介護認定の調査に来られていたとのこと。


 その時も、ヨシコ母は足が不自由なだけで認知力は抜群だったため、この人ともかなり世間話に花を咲かせたらしい。

 懐かしそうに当時のことも話し合っていた。

 なんでも、その時ヨシコの母にとっては二回目の認定調査だったらしく、初回に来た調査員の

「今、季節は何だかわかりますか?」

 の問いがとてもぶしつけで腹がたった、という話を二回目の時にこの方にしたらしく、すごくしっかりした方だな~と印象に残っていたんだって。


 さて寅蔵。

 調査の結果と市から医師に依頼中の意見書とで介護度の判定がおりるそうで、結果待ちとなる。

 動けるので、要介護になるか要支援となるかが微妙な線だとか。

 要介護と要支援では受けられるサービスが大きく変わるらしいが、とりあえず今は成り行きにまかせるしかないようだった。



 三月六日


 気晴らし&家に置いとくとどこかに行ってしまいそうなので、ていしゅと子どもらとヨシコとでちょっと離れた城山まで出かけるのに、寅蔵に同行してもらう。

 現地に着くと、まずトイレだと。

 トイレも済んでさて準備万端、と思いさっそくみんなで山道を登り始める。

 と、少し登ったか登らないかのところで

「見ろ。ひどいなあ」

 と、がけ崩れになった所を指してひとりでブツブツ言い出した。

 そして挙句のはてに

「こんな危ない所登れん」

 と、引き返すでは。

 しかたなく、後はていしゅと子どもらのみで行ってもらい、ヨシコは寅蔵と車で待つ。

 一時間くらいだったが、その間、黙って車に座っている。

 その晩は早めにぐっすり寝る。

 連れ歩くのもちょっと大変になってきたなあ、とヨシコはため息をつく。

 子どもは遊びに出たがるし、寅蔵は置いては行けないし、かと言って連れていくとこれだし。



 三月十一日


 地震発生時は、ちょうどととのスクールバスが帰ってくる時間に合わせ、バス停に向かっている最中(運転中)だったので、ほとんど当所での震度4にも気づかずにいたヨシコであった。


 後から、次々とテレビで流れる映像にかたまる。

 寅蔵の故郷は福島市。

 義理の姉が住んでいるし、実の妹も仙台市にほど近い所に住んでいるのでさぞ、心配だろうと思ったが、本人はけろりとして映像を眺めている。

 もちろん、電話はつながらないし、171も機能していないようすだった。

「福島、心配だねえ」

 と、寅蔵にふってみても、ほとんど反応はなし。

 どこかで地震や津波があった、という事にもあまり反応しない。

 こんな時、精神こころはどのあたりをさまよっているのだろうか? とヨシコはつくづくと寅蔵の横顔を眺めていた。



 三月十五日


 このころから、寅蔵ひとりでは家に置いておけなくなってくる。

 外に出ても、家のまわりに穴を掘ろうとしたり、近所の人に意味不明なことを語りかけたりしているので。


 カギがないない、と言っていた車も、今ではカギを捜すことすらやめ、バールやドライバー、その他の金属でこじあけようとしている。



 三月十九日


 ようやく市の介護福祉課から通知が届いた。

 要介護3とのこと。

 これからどんなサービスを使うか決める予定。


 なるべく家でいっしょに暮らしたいが、ヨシコたち家族の負担が大きくなり過ぎても、笑って済ます、ということがだんだん大変になるだろうから、少しずつ外の力を借りることを考えねば、とヨシコは腹をくくる。


 とりあえずの案は、近くのデイサービスを週に三~五回くらい利用し、日中だけでも家族の負担を減らそうかと考えた。

 外に出ることで、少しは刺激になるやも知れず、体力もわずかでも回復すれば、というささやかな願いではあった。


 この頃は、風呂でストマを外し、あちこち汚してしまうトラブルが多発する。

 寒いので風呂には入りたい、でもストマの処置がだんだんおっくうになってきたのと、手順が判らないのとで、とんでもないことになってしまい、結局、寅蔵が出た後のお湯は全部捨てることになってしまう。


 寅蔵の連れ合いはすっかりむくれている。

 寅蔵になぐられたとのこと。

 なぐった、というか、はたいた程度だったらしいのだが、夫婦というのは、ついお互いに言い方がきつくなり、感情的こじれも大きくなるようす。

 寅蔵の車は、と言えば運転席側の取ってが折れて外れ、ガラス窓とドアの隙間に詰めてあったゴムもとられてしまった。

 車に乗る時には、後ろか助手席を開けて、中から運転席側のドアを開けなければならない。

 まるで旧東ドイツの車のように年季が入ってしまった。

 以前みたトラバントは、落ちてしまったドアを元の位置にはめ、車全体に包帯のようにバンドをかけてドアを留めているというものもあったが。

 その車に乗る時は、開けたままの窓から滑りこむのだとヨシコは聞いていた。

 今にこの車もそこまでいってしまうかも。こわいよ~! とヨシコは震えが止まらなかった。



 三月二十二日


 さっそく、ケアマネ(ケアマネージャー)を決める。

 この頃、ヨシコは、母ががお世話になっていた方がいる介護施設に電話してみる。

 いつもお世話になっていたケアマネのKさんが、さっそく相談にのってくれることになった。


 家での様子の聞き取りと、どんな所を利用したいかという話になって、早速、家から車で十分ほどのデイサービスを二軒、見学できるように手配してくれた。

 どちらも開所してからまだ一年未満だという。

 認知症の人でもそうでない人でも利用可、ストマの人も利用可(看護師常駐)、体を鍛えるマシンがあり、理学療法士もほぼ常駐だとのことだった。

 その日のうちに、ヨシコがひとりでA、B両方の施設を見学に行く。

 Aの方はやや広く、施設長は年配の女性、いつも物腰柔らかく、明るい笑顔で癒される感じだった。

 マシンの数が多く、風呂は個浴だが、浴室は一つ。全体が洋風のつくりで、ラウンジが広々としている。どちらかと言えば静かな雰囲気。でも明るい。


 Bはやや狭いが、介護師の方の明るい声が響いて活気がある。

 マシンは一台。

 施設長はやや若い男性。理学療法士でもあるらしくイケメンの堂々とした物腰だった。

 浴室は似たり寄ったり。


 家に帰り、少し考えてからAにしようかな、とヨシコはケアマネさんに返事をする。

 理由は特にないが、Bに大きな姿見があったのがなんとなく、落ち着かなかったから、かもしれない。

 寅蔵がこの鏡の前で、姿勢に気をつけながら歩行訓練をするか? いやするわけあるめえ、と思ってしまったのも、あった。


 それに施設長が柔らかい感じの女性だったのが、寅蔵にはいいかな? との判断だった。



 三月二十三日


 ケアマネさんが訪問、さっそく介護計画についての契約をする。

 施設についてはお試しができる、というのでヨシコは早速施設Aのお試しを頼んでみた。


 お試しの前に、施設の方が家に来て、本人と会って、様子をみたり聞いたり、持ち物等を確認するとのこと。

 その面談日を翌週月曜に決定。



 某日

 

 気晴らしになるか、とヨシコは寅蔵と寅蔵妻を乗せてちょいとドライブとなった。

 平らなところだったので大丈夫かと思ったら少し買い物で目を離したスキに離れた場所まで行ってしまい、別の車に乗ろうとしていた。

(それでも、ヨシコの車と同じ車種で同色だったので納得はしたが)

 途中、片足が溝にはまり、ひざ上まで泥水に浸かる。



 某日


 ちょっと留守にした時に寅蔵がひとりで外出した。

 案の定、途中で転ぶ。

 それでもなんとか自力で帰る。



 某日


 寒かったせいか、日中爆睡。

 昼ごはんも食べず。

 そのせいか、夕飯は五杯もお代りした。

 機械的に空になった茶碗を差し出すので

「食べすぎだよ」

 というと、なぜかすごく怒る。

 しかたなく、だんだんよそう量を減らす。

 最後に

「もうご飯がない」

 というと(あったけどね)、すんなりと引き下がる。


 某日


 ストマの袋すらつけ忘れることがたまにあり、服を何度も汚す。

 病院の患者会に出席するために、ヨシコは寅蔵を会場までつれて行く。

 一時間半置きママにしてまた迎えにいく。

 適度な緊張感の中過ごしたせいか、夜は早くから熟睡だった。



 某日


 デイサービスAの方が面談に来る。

 なごやかな感じで、寅蔵もわからないなりに気に入った様子だった。

 まあ、デイに行くかどうかは不明だったが、お試しを水曜日と決める。



 某日


 デイお試しの日。

 迎えの車にすんなり乗り込み、夕方普通に帰ってくる。

 まんざらでもなさそうな手ごたえ。って周りが、ですが。

 とりあえず水金の週2回と決める。

 ヨシコとしては月曜も頼みたかったが、配車が不可能、とのことで泣く泣くあきらめる。

 要介護3で、一日の利用料が自己負担分約1750円位。

 送迎付き、食事付き、入浴と理学療法が込みでこのくらいになるらしい。

 まあ考えていた範囲ではあった。


 来月5日に、ケアマネさんと施設長さんが家に来て担当者会議、と決まる。

 ヨシコは空に叫ぶ。

 なんか面談や会議ばっかりだあ。

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