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2011年2月 寅蔵、家に帰りたい

 某月某日


 ストマに付けている『畜便袋』というビニルの袋を、風呂に入る時に外さずに入るため、風呂の湯を汚すことが相次ぐ。


 袋の先は開いていて、普段はそこをプラスティック製のクリップで封をして過ごし、便がたまるとクリップを外して中の汚物をトイレに流す、汚れがひどい場合はストマから袋を外して水洗いし、それを乾かしてまた装着……という手順を踏むのだが。

 どうも手先がうまくきかないのと、手順が混乱するのとで、時々袋を外したままにしている時もあり、シャツや下着まで汚してしまうことも。


 風呂の湯は寅蔵が上がってから総入れ替えをしたりして対応する。

 初めはヨシコが「風呂に入る時気をつけて」と口うるさく言っていたのだが、しまいには

「うるさい」

 と怒り出した。

 あまりへそを曲げると、風呂に入らないで寝てしまうこともあった。


 この夜も風呂の湯が少し汚れているので全て取り替える。

 風呂に入ってから夜勤に出るていしゅは、

「いいよ、めんどくさいから風呂入らずに会社に行く」

 と言うし、長男も

「頭痛いから風呂はいらない」

 とか言ってるし、次男まで

「じちゃん、しゅき! ねよ!」

 と、一緒に寝てしまうし、この家の風呂入らない人口はどんどん増加する一方だった。



 某月某日


「納豆を作らにゃ」

 と言いだす。

 車に材料が載っている、というが、キーが(また)ないのでドアも開かない。

 しばらくうろうろしている。

 このころから、朝起きぬけから言動が不思議。

 しかしありがたいことに、夜中はぐっすり眠っている。



 某月某日


 前の広場でグランドゴルフをしている人たちを

「コンクリートうちの仕事に来ている工事人」

 と思いこんで、食事を用意しなければ、とあせっている。

 しかし、人数が多すぎやしないか? ヨシコは首をひねる。

 とりあえずスーパーに一緒に連れていくが

「土手に降りる所はどこだ」

 と、やたらに河原を気にする。自分も工事の仲間だと思っている様子だった。

 道路が川から離れるにつれ

「あーあ、これじゃどうしようもねえ」

 とブツブツ言っている。


 車の運転は、あまり積極的にしたがらなくなってきたので助かってはいた。

 キーは、ヨシコがようやく見つけたので寅蔵に見せたら

「あーよかった」

 ととても安心する。


 キーがない=車が動かない=車が壊れてしまった


 と感じるようで、キーがない間はとても不安そうな様子。

 とりあえず不安は無くなってよかった。


 でもしばらくするとまた運転しようと外に出るので、

「キーはあるけど、預かっとくから」

 とヨシコは何度か伝える。



 某月某日


 お風呂の湯を汚さなくなってきた。

 みんなから

「お湯を汚さないで」

 と言われるのが気に障るようなのだが、やはり自分でも汚いので厭だな、とどこかで感じているのだろうか。

 感情面ではとても敏感ではある。うまくやったことに対して

「わー助かる、ありがとう」

 とヨシコもなるべく声をかけるようにしてはいるのだが。



 某月某日


 近頃夕方になるとよく言うのが

「さあ、いつ帰る?」

 と。荷物をまとめて車に積もうとすることもしばしばだった。

 ここは自分の家ではなく、どこかに帰らねば、という偽の帰巣本能に悩まされているらしい。

 確かに、生まれ育った土地ではないのでありうる行動かもしれない。


 今日は夜になってまで

「もう帰るぞ」

 と、外に出ようとしたので

「あれ、ここ、自分のうちだよ」

 とヨシコがとぼけて返すと、心底びっくりしたように

「あ、そうか~」

 と答える。


 ちょっとしたら、また帰りそうになっちゃったけどね。



 某月某日


 車のキーを貸せ、というので

「運転するの」

 とヨシコが聞いたら、

「しない、中を片づける」

 というので貸してしばらくしたら、エンジンをかけてどこかへ出かけていく。

「待て~~」

 ヨシコは必死に追いかけたものの、すぐに見失う。


 三十分以上たって、寅蔵、ようやく車で戻る。

 近所の酒屋で、日本酒を二升買ってきたとのこと。

 このごろお酒を飲んだり飲まなかったりだったが、残りがわずかだったのは、なんとなく気になっていたらしい。


 まあ無事でよかった。とほっと胸をなでおろす。



 某月某日


 急にふと

「酒屋に金を払ってない」

 と。


 ヨシコあわてて酒屋に行って聞いてみたら、確かにツケでいただいてきたと。

 3300円也。く~、と涙をのみつつヨシコは支払いを済ませた。


 寅蔵が今、あまり体調がよくなくて、すごく忘れっぽくなっている、という状況を酒屋さんにも話して、今後もしやって来て酒を買う時お金がなさそうだったらうちに電話をください、とお願いする。

 高齢者の多い地域なので、酒屋さんもすぐ

「ああ、はいね~また連絡します」

 と言ってくれる。


 それでも未払いを急に思いだしてくれてよかった。

 気になることは時々、ふっと思い出すらしい。



 某月某日


 寅蔵、体調はかんばしくないようだが(先日近所を歩いていて転んだのだが、胸を打ったのが今更痛むらしい)、今日は一日、ヨシコともあんがい会話がかみ合う。

 前の広場に来ている集団がグランドゴルフの人たちだということを、ようやく認めたようす。

「やくたいもない(ロクでもない)ことをやってる」

 と批評。

 そう、このじいさん、ああいう集団競技が嫌いなのでした。

 元々ルールとか規範に縛られるのが苦手なので。

 実はヨシコも集団競技苦手。似なくていい所は似ている。

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