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BLOOD STAIN CHILD ~holy night~  作者: maria
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 夜は更けていく。ミリアは夕飯を食べながら、サンタさんは今頃どの辺りにいるのかと訊ねる。リョウはそろそろ日本に来たかもな、などと適当なことを答える。ミリアは気になって窓の外を眺める。暗いから見えねえだろうとリョウは詰る。ねえ、じゃあギター弾いてとミリアが請う。リョウはギターを手に、思い出し、思い出し、街中で聴いただけのクリスマスソングを弾いてやる。ミリアは手を叩いて嬉しがり、ついでに自分の大好きな讃美歌の「お星が光る」を弾いてと請う。リョウは少々派手にアレンジした「お星が光る」を弾いてやる。ミリアがますます嬉しがって手を叩いた。そして思い出したように、「水色の自転車貰えたらリョウを後ろに載せてあげる、バイクの後ろに載せてくれているみたいに」、などと言う。リョウはそれを想像して可笑しくてならず、じゃあ、駅前にでも行く時後ろに乗せてってくれと答える。駅前でも、もっと遠くまででもいいよ、とミリアは答える。ミリアは、脚がじょうぶだから。走るのも、なわとびも、何でも得意なの。

 やがてミリアはシチューにチキンに、ケーキまで食べ尽くして腹がくちくなり、リョウに促され風呂に入った。パジャマに着替えを清ませ、歯を磨き、そのままベッドに入った。もう時間は九時を過ぎている。普段であればミリアは、とうに夢の中にいる時間である。

 「……サンタさん、おうち間違えないかな。」既に半分は夢の世界に没入している、眠たげな声で問うた。

 「間違えねえだろ。毎年来てんだし。」

 「……会ったら、いつもありがとって言っといて……。」

 「わかった。」

 「……もし、お薬仕入れたら、教えてって。」

 「そうだな。言っといてやる。安心して寝な。」

 ミリアはそれから何か二言、三言言いたがったようだが、何やらむにゃむにゃと口の中で言葉にならぬ言葉を呟いたまま眠りに就いた。リョウは暫く知らんぷりしてギターを弾いていたが、皿洗いを清ませ、テーブルを拭くと、ベッド脇に立ち慎重にミリアを見下ろした。「……ミリア?」小声で尋ねる。返事はない。「ミリア、ちゃん?」今度はもう少し大きな声で訊いた。やはり返事はない。「寝た、か……?」静かな寝息を立てている。リョウは拳をぐいと握り締めると、足音を立てずしかし玄関に向かって一目散に走り出した。

 脱兎のごとく階下に降り、一階の空き部屋の扉を大家から借りた鍵で開けると、玄関に置いておいた水色の自転車を引っ手繰るようにして担ぎ上げ、部屋を出る。再び扉の鍵を締めると、もう息さえ止めて二階へと駆け上がった。

 その瞬間、ゆっくりゆっくりと扉が開いた。不審げに見詰めている内に、パジャマを着たミリアが目を擦り擦り歩いて来た。リョウを見る。

 リョウは叫び出したいような恐懼に目を見開いた。

 「……リョウ。どこ行くの。」

 「ど、……こも行って、ねえ。」喉の奥がからからに乾いていくのを感じる。だって、寝てたではないか。呼びかけても、起きなかったではないか。リョウは誰に対するものかわからぬ叱責を胸中で何度も繰り返した。

 「ミリアのこと、置いてかないで。」ミリアは目を擦っていた拳を下ろし、そしてハッとなってリョウを見上げた。リョウを? 違う。リョウが肩に担いでいる自転車を、である。

 パジャマの裾から飛び出したか細い人差し指がするすると上がり、たしかに、自転車を指した。「水色の自転車……。」茫然と、しかしはっきりとミリアは呟いた。

 リョウはごくりと生唾を呑み込んだ。万事、休す。言い逃れはできない。嗚呼、これでミリアの夢は完膚なきまでに崩れ去った。ええい、ままよ。呆気ない、まるで儚い、子供時代だった。もう少し楽しませて、やりたかったのに……。

 「……サンタさんから、貰って来たの?」意想外の言葉にリョウは息を呑み、次第に鼓動が高鳴っていくのを感じた。

 「貰って、来た?」リョウは繰り返す。

 「それ、ミリアの?」

 「……これは、……ミリアのです。」妙な日本語訳のようなセリフになった。

 「サンタさんに、ありがとって言ってくれた?」ミリアの声は涙ぐんでいた。それでようやくリョウは正気を取り戻していく。

 「あ、ああ。ああ。……あいつも今日はだいぶ忙しいみてえだかんな。外見て、あいつが突っ走ってやがったから、手伝いに、取りに行ってやったのよ。優しいだろ? あはははは!」

 ミリアはトコトコとリョウに近づいてきて、自転車に手を伸ばした。リョウはそっと自転車を目の前に下ろしてやる。

 「うわあ。」感嘆の声が上がった。「ピッカピカの水色!」

 「お前パジャマで外出て来やがって……。風邪引くから、中入れ。」

 リョウはミリアの手を引っ張り、自転車を再び肩に担ぎあげると、部屋に戻った。

 ミリアは改めて明るい場所で自分の自転車を眺め、うっとりと溜息を吐いた。

 「サンタさん、いた。」

 リョウはしかし何と言っていいのかわからずに、黙した。サンタクロースはいるのか、いないのか――。それは稀代の難問である。

 リョウは暫し考え込んだ後、ミリアの前にしゃがみ込み、じっとその目を見つめて言った。

 「お前を何より大切に思ってる人間は、ここにいるよ。サンタじゃねえかもしんねえけど、お前の一番近くにいる。」

 ミリアはじっと大きな目でリョウを見詰め、それからにっこりと笑い、リョウの頸に両手を巻き付けるようにして抱き締めた。リョウの背で、ぎゅっと瞑った睫毛がじんわりと濡れ出していく。

 「明日、そいつ乗ってみろよ。」

 「うん。」ミリアは涙声で肯くと、「……リョウのこと、後ろに乗っけてあげる。そんで、外国まで連れてってあげる。外国の人、リョウの音楽聴いて元気出るように。」

 「そりゃ、ありがてえな。」リョウはそう言ってミリアを抱き上げ、ベッドに寝かせた。ミリアは再び睡魔に飲み込まれ、まだ起きていたいのにと口惜しそうにリョウに腕を差し伸べたが、すぐに布団の中に入れられてしまった。そしてそのまま従順に夢の中へと誘われていく……。


 ――ここはどこだろう。ミリアはキラキラと輝く水色の自転車を必死になって漕いでいる。くるくる、くるくる、リョウのバイクに乗っているのと同じぐらいのスピードで走っていく。

 後ろから「そろそろ着くかな。」という声がした。慌てて振り向くと、赤い髪を靡かせたリョウがにこにこと微笑んでいる。

 「うん、着くよ!」どこに着くのかはわからなかったが、ミリアはリョウと一緒であることがわかり、嬉しくなって一層脚に力を籠めた。すると車体は持ち上がり、ぐんぐんと空が近づいてくる。ミリアはキャアと歓声を上げた。

 「速ぇな。さすがミリアの水色の自転車は速ぇ。」リョウが盛んに褒め称える。

 「すぐ外国に着いちゃうわよう!」ミリアは今はっきりと思い出した。これから外国へ行くのだ。リョウの音楽を待っている人がいるから、外国へ行くのだ。

 ミリアは一層くるくるとペダルを漕ぐので、遂に自転車は雲を突き抜けて行った。眼下には真っ白な雲がどこまでも広がっている。

 「うわあ、真っ白!」

 するとその中に真っ赤な小さな粒のようなものが見え出し、それはみるみる近づいてきて、橇に乗った真っ赤な服を着た老人と、トナカイであることがわかった。

 「あ、サンタさん!」ミリアは思わずハンドルから手を離して、サンタに両手で大きく手を振った。 「いつも、いつも、ありがとう!」

 サンタはすぐに気が付いて、手綱を離し、ミリアに向けて手を振り返してくれる。

 「ミリアちゃん、メリー・クリスマス!」老人はそう大層響くいい声で言ってミリアの目の前で急旋回すると、雲の合間から見える、キラキラと光る地上へとトナカイと共に舞い降りて行った。

 「サンタさん、いた……。」


 風呂から上がり、寝間着にしている古びたトレーナーを着込みながら、リョウはミリアの寝言を聞いて思わず噴き出した。どんな幸せな夢を見ているのだろう。それは想像するだけで胸躍った。

 そしてリビングの真ん中で鎮座している自転車を眺めながら、明日にも喜び勇んで乗り回すミリアの姿を想像し、何だか熱いもので胸がいっぱいになった。ミリアがいつかサンタクロースを信じなくなったなら、これも味わえなくなるのかと思うと、いつまでもいつまでもサンタクロースのいるクリスマスが訪れてくれるよう祈りたいような気持ちになるのである。

 クリスマスの日に生まれたという神に、リョウは初めて額づきたい思いを抱いた。そしてそんな自分に苦笑を漏らした。

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