表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLOOD STAIN CHILD ~holy night~  作者: maria
4/5

4

 そしていよいよクリスマスの夜となった。今日は昼間から駅前のツリーを見に連れて行き、その後予定通り駅前の洋菓子店に連れて行き、ああだこうだ言いながらミリアにショートケーキを選ばせ、その後チキンを買い、それからスーパーに寄って食材を揃え、ミリアの大好きなクリームシチューを拵え、いよいよテーブルを囲むこととなった。

 「これ、星形!」ミリアはシチューの中を凝視して、星形に切られた人参をフォークに差して取り出した。リョウが一つ一つ、百円均一で買った型で切ったものである。

 「これも星形!」

 リョウは苦笑しながら「早く食えよ。人参は全部星形だよ。」と言った。

 「ええ、すっごい! リョウのシチュー、一番好き! 本当の本当に、いっちばん好き!」

 「そりゃどうも。」そっけなく言う。しかし内心ではこう言われたかったのだと痛感する。否応なしに心がじんわりと温かくなっていく。

 「ねえ、リョウはケーキどこ食べる?」

 切られたホールケーキは苺の部分と、シュガークラフトで作られた雪だるまの部分と、それからmerry x’masと書かれたチョコレート板の部分とがある。

 「お前が先選べよ。」

 「ええ!」と言いつつ、ミリアは嬉し気に今度はケーキを凝視した。「ううん、苺もぴっかぴかでキレイだし、雪だるまも丸くてかわいいし、チョコも英語書いてあってかっこよくって素敵!」

 「じゃあ全部食ったっていいよ。」

 「それはダメ!」ミリアは厳しく言い放つと、再びうっとりとケーキを前に顔を綻ばせた。こんな経験も自分と暮らす前までは全くなかったのだろうと思うと、リョウは行き場の無い怒りを覚える。当たり前のクリスマスを味わわせられなかったばかりか、痛く心身を傷つけた。その事実が、たかが時間の経過如きでは焦ることのない永遠の怒りとしてリョウの胸中を燃え滾らせていく。

 「じゃあねえ、リョウはコーヒーが好きだから、チョコ。おんなじ茶色してるからねえ。それに一番かっこいいし。リョウっぽい。そんで、ミリアはこの苺にする。雪だるまは寒い所が好きだから、今夜は冷蔵庫ね。」

 リョウは骨付きチキンに荒々しく食いつきながら、ミリアの出した結論を微笑ましく聞いた。「冷蔵庫は一晩だけな。明日ちゃんと食えよ。」

 「うん。……ねえ、今日サンタさん来るかな。」唐突にミリアがそんな質問を投げ掛けたので、リョウは噎せた。

 「……く、来るだろ。クリスマスだし。」

 ミリアはこっくりと肯く。

 「クリスマスに来ねえサンタクロースなんざ、怠慢だ、怠慢。」

 ミリアは心得顔に肯く。「ねえ、そう言えば、勇太君言ってたんだけど、」ミリアは言いにくそうに口籠った。「……どうしてサンタさんはアフリカの子どもに、お薬とか食べ物とか、おもちゃよりもずっと大事なもの、プレゼントしないのかな?」

 リョウは予想外の質問に息を呑んで、それからううむと頭を捻った。

 「美桜ちゃんはお手紙書いてないから、って言ってたんだけど……。じゃあ、お手紙教えてあげれば、来るのかな。」

 こうしてサンタへの疑惑は膨らみ、そしてやがては虚妄だと知るのかと思いなし、リョウは嘆息を漏らした。

 「サンタ、……さんは、子どもが遊ぶ道具しか入手できねえんじゃねえの。」我ながら相当な苦肉の策である。「だから、その、……何でも望むモンをくれてやる式なんじゃあなくって、おもちゃとか、そういうのしか取り扱ってねえんじゃねえのか。」

 リョウは昨年、一昨年と通ったおもちゃ屋を想像しながら言った。ドールハウスだの、着せ替え人形だの、自室以上のファンシーすぎる物々に囲まれ思考力さえ失われそうになるのをどうにか堪え、店員のアドバイスに従ってミリアへのクリスマスプレゼントを買ったものである。

 「そっか。……サンタさんはコックさんでもお医者さんでもないから、食べ物もお薬もあげらんないのか。……サンタさんだから。」ミリアは勝手に納得してそう呟いた。

 「そうそう。」リョウは興に乗って捲し立てる。「だからよお、そういうのはサンタ頼みじゃなくってよ、人が苦しんでんだから、人が行って、人同士で助け合って、救うべきだよ。」

 「うん。」

 「俺はな、」リョウはにやりと笑んだ。「いつか必ず世界に打って出る。」

 ミリアは目を丸くしてリョウを見上げた。

 「まだ、正直国内でも動員ははしたもんだけど、でも、いつか必ず、俺の音楽を求める人がいる所に、出て行く。そんでな、そいつにどんなクソみてえな状況からでも人は立ち上がって行けるっつうことをな、知らしめてやんだ。俺の音楽で。俺はコックでも医者でもねえけど、音楽家だ。音楽家としての俺のやり方で、世界を救うんだよ。」

 「うん。」ミリアは感極まって肯いた。

 「世界だぞ。外国。海の向こう。空の向こうにあんだ。」

 「遠い?」

 「遠いな。」

 「どうやって行くの?」

 「まあ、飛行機か、船か、何でもいいや。行けりゃあな。……お前も来るか?」

 「うん!」ミリアは大きく肯いた。

 「じゃあ、体を鍛えて、そんでいっぱい飯食って、海外行くための準備をしろよ。丈夫な体じゃねえと、外に打って出れねえかんな。」

 「うん!」

 外国。――外国とは何であろう。この夜空の向こうに続く世界のことだろうか。でも、どこでもいいのだ。リョウがいるのだから。ミリアはほうと長い溜め息を吐いて、まだ見ぬ世界を想った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ