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「急がねえとミリアが帰ってきちまう。」リョウは焦燥しながら、シュンの車から一台の子供用自転車を下ろした。明るい水色が夕陽に反射して、それは大層キラキラと輝いた。
「でも良かったじゃねえか、三軒もハシゴしたが水色の自転車、あって。まあ、ちっと時間は遅くなっちまったが……。」
「でも、もしこれなかったらどうすんだよ、カスタムか? バイクのカスタムっちゃあ聞くが、ガキ用のチャリのカスタムなんざ聞いたことねえよ!」
「まあ、見つかったんだから良かったじゃねえか。……でも、こんなんクリスマスまでどこに隠しとくんだよ。目立つだろ。」シュンは運転席から降りて、呆れたように言う。
「そこはぬかりねえ。大家さんに言ってな、一階の空き部屋に入れといてもらうことにしてんだ。ほら、鍵も借りて来た。」と言ってリョウは腰ポケットから錠前と鍵を取り出した。
「マメだなあ。お前、マジでデスメタラーか。」シュンは目を丸くする。「……でもそろそろ、ミリアもサンタクロースなんてこの世の虚像だって気付く年頃なんじゃねえの? 小三だろ?」
リョウは自転車を肩に担いだまま、じろりと後方のシュンを睨んだ。「バカ言え。あいつには今年もちゃんと手紙を喜んで書いてたからな。まだ、大丈夫だ。」
リョウはそう言い捨てて、一階の空き部屋を開け、自転車を入れた。「あいつは純心にサンタクロースを信じてるっつうのによお、何も知んねえメタラーども、あいつらライブの後にミリアにばらしかけて、うっかり言っちまったら片っ端から容赦なく張っ倒してやろうと思ったかんな!」
シュンは精鋭たちから聞いた、ライブ後の奇談を思い起こし、可笑しさに肩を震わせた。「まさかお前がサンタクロース業を請け負ってるとは、誰も思わねえかんな……。」
「俺だってな! んな人生辿るとは思ってなかったよ。」自転車を空き部屋の玄関に下ろすと、リョウは後ろに付いて来たシュンに向き合った。「だけど、あいつが学校で何聞いて来たか、サンタクロースに手紙を書くっつうとんでもシステムを覚えて来やがって、ある日家帰ったら、あいつが寝てて、その側に手紙が置いてあんだもんよお。サンタさんへ、っつう手紙がな。あいつが来た年のことだ。」
「……初年度は一体なんて書いてあったんだ?」
リョウは憮然としてそれには答えず、「……ともかく、だ。あいつは普通の子供とおんなじようにサンタクロースを信じてんだから、信じてるうちはそっとしといてやんだよ。それが保護者の義務だろ? その内厭でも現実を知るわけだからよお。」
リョウはそう言ってシュンを押し出すと空き部屋の扉を閉め立てた。
「まあ、今日はお前にも随分手間かけさせたから、ちっとゆっくりしてってくれよ。」そう言って二階への階段を上がろうとした矢先、背に妙な視線を感じて振り返ると、道路からミリアと美桜がじっと二人を覗き込んでいた。
リョウは必要以上に慌て出した。「お、お、お帰り。いよお、今、ふ、二人でお帰りか。いいな、ははは。」何がいいのかはわからない。
「ただいま! シュン、遊びに来たの?」
リョウは一切他言を許さぬとばかりに、シュンの尻をミリアから見えぬように抓った。
「あ、そうだよ。そうそう。」
「ふうん。でも、おうちは二階だわよう。間違わないでちょうだい。」
リョウはぎくりとして目を見開いた。
「ミリアちゃんのお兄ちゃんのお友達、こんにちは。」その時美桜が挨拶をした。「私はミリアちゃんと同じクラスの、相原美桜です。」
「あははは、ミリアの友達ね。賢そうな子だね。ミリアが世話になってます。俺はリョウの友達の、君嶋俊太です。どうぞよろしく。」
「へえ、シュンはシュンタなんだ。勇太君と似てる。『た』が付いてる。」ミリアは妙な納得の仕方をすると、「ねえ、リョウ、ランドセル置いたら美桜ちゃんち遊びに行ってきてもいい? リョウもシュンと遊んでていいから。」
「あ、ああ、いいよいいよ。美桜ちゃん、よろしくな。」
リョウはそうどうにか焦燥を隠ししつつ、愛想よく手を振る。とりあえず自転車の搬入が見られていなかったことで、リョウはただただ安堵をしている。
ミリアは「美桜ちゃん、待ってて。」と言い残すと脱兎のごとく駆け出して、部屋へと上がり、すぐさま降りて来ると美桜と二人で手を振って美桜の家へと歩き出した。
「結構、スリリングなんだな。……サンタクロース業っつうのは。」
「俺も何でんなことをやんなきゃなんねえのか、疑問に思わねえでもねえが……。」――ミリアの喜ぶ顔が見たいだけだ。思考の末、やはり到達するのはそこである。
リョウはしかしそれを口にはせず、シュンを促し、自分の部屋へと上がった。
「どこのファンシーショップだよ!」と玄関を一歩入るなり、シュンが噴き出したのも無理はない。部屋にはキティちゃんを筆頭に猫のぬいぐるみに支配されている。とてもではないが、デスメタルバンドのフロントマンとギタリストが同居している家とは思われない。
「しょうがねえだろ!」リョウは慌てて怒鳴った。「精鋭たちがミリアが喜ぶからっつって、毎回猫のぬいぐるみをプレゼントに持ってくんじゃねえか。ミリアも大喜びだから断るに断れねえしよお。いつまで増殖すんだよ、これ。」情けない顔つきでリョウは手近にあるキティのぬいぐるみを取った。ご丁寧にそれは、たしか昔、ミリアもこんなのを着ていたと思われるフリルのスカートを穿いていた。
「お前こんな環境で、あんな厳つい曲作ってんのんな……。」キティを覗き込みながら、シュンは呟いた。
「集中力はある方だ。」
シュンは深々と肯き、リョウが手渡したコーヒー缶を開け、飲み干した。「でもよお、……あれ、どうすんだ? クリスマスの夜にこそこそ下から持ち出してくんのか? 職質捕まんなよ?」
「……だよなあ。」リョウは新曲をパソコンから流しながら、考え込んだ。「でも外に置いてあっから見に行けっつうのもなあ。でもパジャマで外出て風邪でも引かしちゃあなんなんだし、……職質に捕まんねえように充分注意しながら、一応、持って来てやるか。」
「さすが赤髪のサンタクロース。」
リョウはケッという音を発し、自分のコーヒー缶を呷った。
しかし心のどこかでは、その日を楽しみにしている自分がいる。クリスマスの日はまたミリアを連れて、駅前の巨大ツリーを見に行ってもいい。そしてその帰りにケーキを買い、チキンを買い……。ミリアはさぞ喜ぶだろう。想像するだけで、手を繋ぐ際の、手袋を通してでもはっきりわかる指の力強ささえ、感じるような気がした。