第六十話 THE END
俺達は後ろを振り返ることもなく、ただ全力で、きた道を走っていた。
俺の背中には、ぐったりとした、岳信がおぶさっている。
「これは無理!全力で逃げろ!」
そう言って岳信をおぶりなおし、走る。
「ちょ、陰影待て!助けろ!」
隣にいる夢呂日が遥か先にいる陰影に向かって声を上げる。
しかし、陰影はそのまま去ってしまった。
あいつ、いつか痛い目にあわしてやる。
とりあえず、今は逃げねば。
俺たちの少し前を安田先生と矢田先輩と沙羅先輩が走っている。
「もう、無理…」
後ろには遅い足取りの岡本先輩の背中を張先輩と多分いるであろう藤川先輩が押して、走っている。
「待てえええええええええ!」
後ろから変わり果てた姿の植田が追ってくる。
俺たちのラスボス戦は敗北に終わっ…。
…たと思う?
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光輝いたその場には黒い禍々しいオーラを放つ植田。
見た目も人とはかけ離れた存在となっていた。
青髪が残っているだけで、黒く硬くなった皮膚。
獣のような体毛。
その姿は完全なるラスボス第二形態だった。
これはまずい。
先生一人じゃ、絶対に勝てない。
加勢しないと。
「いこうぜ…」
岳信が足を一歩踏み出す。
俺達は迷うことなくそれに続く。
「先生…」
「………」
安田先生は変わり果てた植田の姿をただ見つめていた。
「まさか、魔法の力を持つ我々が魔素水溶液を飲むとあんなことになるとは思いませんでしたよ」
え、知らなかったのか?
「先生、魔法を使える人が魔素水溶液を飲んだらみんなあんなのになるんですか?」
陰影が聞く。
「いいえ、通常は魔力量が多くなりある一つの魔法が得意になるだけなんですが、魔力が多すぎる人が飲むとこうなるんですね」
そうだったのか。
やばいな。
前例が無かったら、どう進化しているかもわからないな。
「とりあえず、みんなでボコボコにしたらいいんだよ。それでハッピーエンドだな」
そう言って、岳信は拳と拳を強く合わせる。
「そうだな。先生は消耗してるし、さっさと俺たちでぶっ倒そうぜ」
俺がそう言うと、みんなが頷く。
「皆さん…」
安田先生は俺たちを見て言ってくる。
「先生は休んでいて下さい。岳信、お前のパンチ、ぶちかましてこい。援護してやる。」
夢呂日がカッコつけたように言う。
「OK、よし、いくぞ!」
「「「おお!」」」
その合図とともに、岳信が走り出す。
そういや、俺なにしよう。
ビーム撃ったら岳信にあたるしな。
その時、夢呂日の銃から弾丸が放たれる。
その弾は植田が避けると思われて少し、違う場所を狙ったのだろう。
だが、植田は微動だにしなかった。
その弾は植田の肩にあたる。
「痛っ!!」
銃を撃った夢呂日が急に叫ぶ。
夢呂日の肩からは血が流れ出していた。
「なにがあった⁈」
俺は夢呂日に『回復ビーム』を放ち、治療しながら聞いた。
「分からん。だが、このパターンは…。今すぐ岳信を止めろ!」
「岳信止まれ!」
後ろにいた岡本先輩が言う。
きっと岡本先輩も察していたのだろう。
しかし、岳信は耳も傾けず、植田の間合いに入り、強烈な一発を………。
「ふぇ?」
岳信の変な声が漏れる。
植田は全く動いていない。
岳信が後ろの門の上の壁に磔になって、意識を失っていた。
『ははは!どうやら、魔法の攻撃を全て跳ね返すことができるようになったらしい。さぁ、たくさん攻撃をしてくるがいい!』
植田が変化してから始めて口を開く。
こりゃまずい。
無理ゲーだ。
勝てる訳ない。
「おい、聞いたか学、魔法の攻撃がきかないってことは科学で攻撃したらいいんだ!」
すっかり元気になったらしい夢呂日が俺に馬鹿みたいな事を言ってくる。
『ふん、来ないのならこっちから行くぞ!』
俺は落ちてきた岳信を抱え、逃げ出した。
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城の外に出た俺達は乱れた息を整えるために地面に倒れこんでいた。
岳信は腹の部分がヤバイことになっていたが、なんとか治療した。
あれから、城の中から植田は出てこない。
何かしているのだろうか?
「これからどうします?」
夢呂日は先生に問う。
一時、撤退するのか。
また向かって行くのか。
でも、俺は奴に勝つ自信がない。
魔法が自分に返ってくるのなら、俺は一瞬で死ぬ自信がある。
「「「……………」」」
誰も、何も言わない。
倒したい。
今までの努力を無駄にしないために。
でも、勝てない。
奴に魔法が効かず、その魔法は自分に当たる。
夢呂日が科学の力を使って勝つなんて言っていたけど、それも容易ではない。
俺たちにできることは限られている。
その場は静寂に包まれていた。
その時。
「おりゃあああ!」
岳信が急に植田の城を殴った。
「「「は?」」」
俺達は目を疑った。
岳信が殴った城はみるみる崩れ去って瓦礫の山となった。
「!」
安田先生が驚いたように目を見開く。
「お前、何してんのおおおおお⁈」
俺は岳信にこの行動の経緯を聞く。
「す、すまん、ムカッとしてつい…」
「お前えええええええええ!」
「皆さん!」
安田先生が叫ぶ。
俺たち全員の目線は先生へと向いた。
「植田の魔力が…消えました」
………。
え?
「ひょっとすると、今ので死んだかもしれません」
え。
終わり?
俺たちのラスボス戦はパンチ一発で終了?
「まだ、早いです。とりあえず死体の確認をしましょう」
俺達は瓦礫の中を探索し始めた。
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植田の死体はすぐに見つかった。
安田先生は植田を見た時、少し暗い表情になったのだが、深く追求はしない。
人にも聞かれたくないことの一つや二つあるだろう。
帰ってきて、先生は望遠鏡を何かの魔法で封印し、先生の世界と持ち帰ることとなった。
「…先生、もう少しいられないんですか?」
俺たちの魔道具も回収され理科準備室からも魔法に関するものが全て片付けられ、小橋先生と安田先生は二人の世界に帰ることとなった。
「すいません。この情報は私の世界の人々が待ち望んでいるんです。だから、一刻も早く帰らなければなりません」
「そうですか…」
俺たちにはそれぞれの魔法だけが体に残されるのみとなった。
「うっ、うっ、おおおおお!」
岳信が泣いている。
もっと前から言ってくれればお別れパーティとかもできたのに。
「くれぐれも魔法を悪用しないで下さいね?」
そんな事を最後まで言う。
やはり、安田先生はしっかりしている。
「また、科学部に戻って来れますか?」
夢呂日が問う。
「わからないです。多分、この件で沢山の仕事ができると思いますから…。でも、忙しくなくなったら絶対にまた来ます!その時まで待っていてください」
「お前ら、ピーピー泣くな!俺まで悲しくなっちまうだろ」
最後の最後に一番役に立っていない小橋が言う。
「「「小橋先生、バイバイ!」」」
「お前ら!俺はいらないのか⁈」
「そんなに仲良くなかったしね?」
「ねー?」
「先生」
矢田先輩と沙羅先輩が色とりどりの花が咲く花束を持ってくる。
さっき、岡本先輩の魔法で作ったものだ。
「皆さん、本当にありがとう」
「うう、ありがとうだぜ」
この感謝の言葉、きっと忘れない。
「三年の二人、卒業おめでとう。二年生と一年生のみんなも本当にありがとう」
安田先生がそう言うと、小橋先生のバイクのエンジンが入る。
安田先生はその後ろに乗った。
花束をしっかりと抱えて。
邪魔だったかなぁ?
「それでは皆さん!元気で!」
「元気でな!」
そう言うと、魔法のワープホールができ、先生達は走っていった。
俺達はしばらく手を振り続けた。
先生達の後ろ姿が小さくなっていくと、ワープホールが消える。
少し間があって。
「帰るか」
岳信がそう呟いた。
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俺達はみんなで帰った。
先輩達にとってはほぼ最後の下校だ。
明日が最後か。
思えば長いようで短いそんな一年だった。
ひょっとするとこれは夢なのかもしれない。
今朝目が覚めたら入学式かもしれないな。
でも、俺の体には証明するものが残っている。
このビーム。
これで、いつか人の役に立とう。
その為に使ったら先生もきっと喜んでくれるだろう。
「みんな!」
岳信が大きな声でこんな事を言う。
「今晩、ラーメン食べに行きません?先輩達の奢りで!」
変わりようのない岳信の発言に科学部員一同は大笑いする。
明日は卒業式。
その次には入学式。
俺たちにも新しい後輩ができる。
そういや、矢田先輩の妹さんも来るんだっけ?
科学部にもついに女の子が来るのか。
楽しみだな。
あっという間に一年が過ぎ新しい一年が来る。
そういや、今日は豚骨ラーメンが食べたいな。
「じゃあ先輩!俺、豚骨で!」
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終わ………。
らない。
その様子を遠くから見つめる、死んだはずの植田の姿が…あった。




