第五十四話 過去編 冬の中の道
しばらく、別作品『僕たちはまだ知らない』を休載します。
光が時間を支配する。
目の前に広がるのはただの光。
体が動かず、風の動きも感じず、呼吸もせず、何も聞こえない。
時間が止まっていた。
俺が光を見つめていると、コツン、コツンと足音が近づいてくる。
『やぁ』
どうやら俺の聴覚と視覚は動いているらしい。
目の前で挨拶してきたのは深く帽子を被った一人の少年だった。
『ほんと俺はすごいな。僕と出会えるなんて。岳信も陰影も夢呂日もこんなことはなかったのに』
少年はおかしなことを言う。
この場合、『僕』か『俺』が『君』ではないと日本語は成り立たない。
というか、なぜ三人を知っている?
『いや、この場合はあっている。それに三人とはずっと会っているからな』
?
そうなのか?
…。
『本来僕は、俺に会うことはないんだよ
。俺が凄すぎるんだ』
ますます意味がわからない。
俺が凄すぎる?
この少年が凄いのか?
『まぁ、俺は気にしなくていい。僕は岳信や陰影、夢呂日、そして世界中の人と会おうと思えば会えるけど。俺とだけは会えない』
…俺とだけは会えない?
『でもまぁ、出会えたんだ。いつかまた、出会えるかもしれない』
そして少年は帽子を脱ぐ。
そこにいた少年を俺は知っていた。
生まれた時からずっと。
でも、今まで会ったことはない。
『桜花を救え。俺』
「わかったよ。僕」
不意に俺の口が動く。
ただ聞いていただけだったのに、なぜか口が動いた。
僕は脱いだ帽子をこっちに投げて言ってきた。
『想像しろ』
瞬きをした瞬間、目の前に桜花がいる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は焦った。
目の前で、クソ兄貴が『覚醒』した。
このままでは、勝つ確率が低くなる。
「…な、なぁ、クソ兄貴。覚醒したんだろ?ちょっと、新しい魔法を見せてくれよ」
クソ兄貴はしばらく自分の血が流れ痛いはずの右手を見つめると、その手を空に掲げ、ビームを放つ。
「⁈」
クソ兄貴がビームを放った瞬間。
ものすごい爆風が巻き起こる。
前より数倍に威力を増したビーム。
簡単に地球を粉々にしそうな勢いだった。
私はその場に立っていられず、その場に力なく座りこむ。
すると次は私に右手を向ける。
「ひっ」
し、死ぬ。
兄はビームを放った。
私は目を閉じ、頭を庇った。
これは人間の本能みたいなものなのだろう。
しかし、私は死ななかった。
クソ兄貴の放つビームは私にスレスレのところで散っていった。
「っ、この!!」
私は舐められたと思い、ビーム弾をクソ兄貴に投げる。
兄は無事な左手を私のビーム弾に向け、何かを放つ。
それはビームではなく、炎だった。
「なるほど。想像力さえあれば、こんなこともできたのか。『炎のビーム』って、想像するだけでこんなことができるとは」
クソ兄貴は感心したように言う。
すると今度は左手を右手に向け緑色のビームを放つ。
兄の右手はみるみる回復した。
皮膚は再生し、不恰好な腕は元の形に戻った。
くそっ、このままじゃ!
私はとりあえず投げ続けた。
しかし、クソ兄貴はすべてを避ける。
すると、私の意識が薄れていき、砂まみれの公園に倒れこんだ。
まだ、意識は残っている。
兄に負けるなんてあってはならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ほんと、魔法ってなんでもありなんだな。
『回復ビーム』とか『眠りビーム』とかもうチートだろ。
「ま、まだ…。負けて…ない」
薄れた意識でも闘おうとする桜花。
「ごめんな、桜花」
桜花の意識がなくなる前に言っておくことがあった。
俺はこれを言っておかなければならない。
「ずっと、辛い思いをさせて本当にごめん」
駄目な兄のせいで、両親は厳しくなり、暴力が家の中で絶えなかった。
そんな最悪の家庭環境に、俺は謝るしかなかった。
今さら、家庭の環境をすぐに変えることはできないことはわかっている。
それでも、少しは改善していこうとおもう。
雲が移動して、また雪が降ってきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後、う◯こを終えた岳信達が来た。
周りを見てあたふたしているだけだった。
そして、ビームを見た安田先生が来てくれた。
安田先生には本当に助けられた。
家を直してもらい、目撃者の記憶を消してもらった。
そして、桜花の記憶と魔法を取り除いてもらった。
なんか、妹を守りたいっていう矢田先輩の気持ちがわかった気がする。
安田先生が帰った後、俺は妹を家のベッドで寝かせた。
あの謝罪もきっと桜花は覚えていない。
目が覚めても桜花は不満を持ったまま、これからを生きていくのだろう。
俺は眠る桜花を見て。
「ごめん」
そうとしか言えなかった。
それから、俺たちは自転車に乗って出発した。
進むのはどこまでも続く道。
雪が降る街並みは新鮮で綺麗だった。
なぁ、俺たちはどこについたと思う?




