第五十三話 過去編 俺の中の光
「そろそろ死んでよ。クソ兄貴」
そう言って桜花は、魔力の塊を俺に投げつけてくる。
幸い、『大根』とかいう馬鹿げたナイフをいつも避けていたので、その塊を避けるのは容易だった。
俺は、その正体を掴んだ。
「俺のビームと同じもの⁈」
魔法に関して、物質というものが存在するのかは分からないが、俺は桜花の放った魔力の塊が自分が放つビームと、全く同じものだった。
今の俺にはそれが分かった。
ただ違うのは、俺が筒状なのに対し、桜花が球体であることだ。
当たった時のダメージが多いのは俺だが、コントロールがしやすいのは桜花の方だと思う(例をあげると俺が消防車のホースから出る水で桜花が水風船)。
それに周りは住宅街。
俺が圧倒的に不利だ。
それに、いつ周りの人が出てきてもおかしくない。
…ここじゃ駄目だ!
「逃げんな!」
俺は崩れた俺の家から走り出す。
絆ももう、壊れているだろうし、魔法ウォッチも無い。
あとは…。
俺はポケットに入れた携帯を操作し、電話をかけた。
『ごめん!ほんと待って!俺今、人生で最高のう◯こが出そうなの!』
「知るかぁぁぁぁぁあああ!!!」
俺は岳信との通話をきった。
どうやら俺は自分の魔法の力だけで倒さなくてはならなくなった。
というか、電話などしている場合ではなかった。
妹の方が身体能力が高い。
あと三秒もすれば追いつかれるのではないかと思う距離だった。
しかし、俺もただ闇雲に逃げるほど馬鹿ではない。
俺は、近くにある公園の中に入った。
「よし!」
ここなら少しはマシだ。
「くらえ!」
公園の入り口から、桜花はビーム弾をいくつも投げてくる。
俺はそれを素早く避ける。
試しに…。
「っは!」
俺は空に手を構え、入学以来初めてのビームを雪の降りしきる空へと放った。
まばゆい光が雲を貫き、空から宇宙へと駆け抜ける。
勢いで雲が円状に広がり、太陽の光が差し込んで、降る雪は消えていった。
「やっぱ、そうか」
俺が、まともに魔法を使ったのは最初の科学部以来だ。
カルメ焼きを作った時に威力が強すぎるのが欠点だった。
ということは…。
「ふん!」
桜花の投げてきた弾を避ける。
どうやら俺は、助けを待つか、魔法なしで桜花を倒さなければならないらしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、それは99.9%無理だった。
カッコいいアニメのように残りの0.1%で勝つなんてことはできない。
桜花は遠くからビームを撃ってくるだけだし、それを避けているので近づくことすらできない。
そして、応援もこない。
岳信のう◯こはどんだけ長いんだ!
なので、桜花に勝つには他の方法を考えなければならない。
せめて、絆さえあれば…。
「いい加減にしろよ!さっさと当たって死ねよ!」
「無理なこった!今日はサイクリングなんだよ!」
でも、そろそろ体力が尽きそうだ。
マズイ。
何か手は…。
アイツらを迎えに行ってもすれ違いになるかもしれないし(ワープで来るから尚更)、さらに被害を大きくしてしまう。
「なぁ、クソ兄貴」
言葉なしに弾を撃ち続けていた桜花が口を開いた。
「あ⁈なんだ」
「クソ兄貴は今の自分が好き?」
唐突な質問だった。
「そうだな…。好きではない」
俺は、何もできない自分が。
妹より劣った自分が。
一人じゃどうすることもできない自分が。
仲間に頼ることしかできない自分が。
山出谷 学が。
俺は‘‘嫌い’’だ。
「じゃあ、死んだらいいじゃん。生きてても楽しいことなんかないでしょ。新しい世界で楽しく過ごしたらいいじゃん」
確か、前に夢呂日が言ってたな。
『この日本で、平凡な中高生は異世界に転生したりして、ハーレムを作れるんだぜ!』って。
「確かに、魅力的だな」
俺は平凡に含まれるだろうか?
でも、魔法使えちゃうしな。
異世界でハーレムは…。
「やっぱ、無理だわ」
「あっそ」
それに…。
「⁈」
桜花は驚き、思わず手を止めてしまう。
俺は立ち止まった。
いや、俺は桜花が驚く前に立ち止まっていた。
なぜなら、桜花を驚かせたのは俺だからだ。
俺は立ち止まって、桜花のビーム弾を真正面から右手で殴った。
硬いのか柔らかいのかもわからない。
熱いのか冷たいのかもわからない。
ただ、重たいものがものすごい速さで当たったことだけがわかった。
光が弾け、粉砕する。
手の甲の皮膚がなくなり、血が流れ出す。
感覚神経が脳に痛みを伝え、肩が外れそうになる。
「っ!」
悲鳴をあげそうなのを堪え、俺は言う。
「桜花。さっきお前は俺に、生きてても楽しいことなんかないって言ったよな?」
俺は、兄が妹に何かを教えるように言った。
当たり前のように。
「今日はサイクリングに行く約束してるんだよ。…まぁ、全然来ないけど」
「それ、ほんとは嫌われてるんじゃないの?」
桜花が皮肉そうに言う。
「かも…しれないな。でも、俺が言いたいのはそういうことじゃない」
俺は痛む右腕を抑え、笑顔で言った。
「俺は今、楽しいんだよ」
あの、理科室の中で繰り広げられる、科学部の物語が。
まるで、漫画の最新巻を待つように。
「あの物語が終わるまで、俺は死ねない」
「ふん、じゃあ、最終巻である卒業したら死ぬのかよ」
「なんでだよ。この世に漫画は一冊しかないのか?」
「…」
「俺にはたくさん物語がある。小学生の物語だったり、赤ん坊の物語。面白くないかもしれないけど家族の物語もな」
俺はたくさんの物語の中を生きてきた。
「ひょっとすると、俺の恋愛物語が始まるかもしれないだろ?そんなもん読まずに死ねるかよ」
俺は笑いながら言う。
「俺は今の科学部が一番面白いとこなんだよ。俺はこの物語の登場人物にたくさんのことを教えてもらった」
魔法の事を、安田先生に。
受験の苦しさを、三年の先輩に。
今を楽しむ事を、二年の先輩に。
そして、あの三人。
あの、騒がしい奴ら。
夢呂日には仲間に頼ること。
…一人ではできないから。
陰影には仲間を信じること。
…信じなきゃ勝てないから。
岳信には大切な仲間がいることを。
…俺が気づかなかったから。
いいとこを横取りされたり、裏切った様に見せかけて戦ったり、校庭100周すると約束した。
「だから俺は…」
俺は当たり前のことを言う。
「生きる」
俺の体が輝き始める。
俺が主人公の物語の新たなる始まりだ。




