第五十二話 過去編 雪の中の桜
突然だが、今あなたが一番欲しいものはなんだろうか。
金、名誉、恋人のような手に入りにくいものかもしれないし、日常で使えるようなものが欲しい人もいるかもしれない。
欲しいものは人それぞれで、それを手に入れた時、心地よい幸福が手に入るだろう。
そして、それを手に入れた時、また新しいものが欲しくなるのが『人』である。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
今、ここでそれを語っても仕方のないことだ。
こんなとこで格好つけている場合ではない。
俺、山出谷 学が今から語るのは少し前の冬休みのことである。
そういえば俺の一番欲しいものを言ってなかったな。
まぁ、金も名誉も彼女も欲しいけど、俺が一番欲しいのは…。
『非日常』だ。
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私の名前は山出谷 桜花。
小学五年生の女の子です。
私は父と母、そして兄と暮らしています。私が勉強や運動ができる分、兄は凡人で、なんの利点もありません。
兄のいいところを聞いても、「優しい」だけでおしまいです。
優しいだけで、この世界は生きていけません。
その分よくできた妹である私はたくさんのことを学ばされました。
塾も二つ通い、そろばん、ピアノ。
昔にはもっと色々なものも習っていました。
しかし、兄は塾に入れているだけで、家族三人との交流も少なくなりました。
けれども、兄は勉強や生活態度のことでよく叱られていました。
「なんで、お前が生きているんだ⁈」「事故で死んだ小さい子の代わりに、死んであげられたらいいのに」などと。
しまいには暴力でした。
父は椅子や掃除機を持ち上げそれで殴り、母は包丁で脅しました。
兄は抵抗するものの叩かれた頭からは血が流れ、殴られた体には大量の痣がありました。
私は怖くて、いつも自分の部屋に逃げていました。
それでも兄は何も言わず、
しかし、兄は変わりました。
二学期あたりからです。
一見いつも通りの喧嘩風景だったのだが、その日からの怪我の数が圧倒的に減った。
兄は誰かに武道を習っているのか。
私はそう思っていました。
しかし、私は知ります。
兄がそうなった理由と、魔法という名の存在を。
冬休みも近い日。
私は、友達が塾を休んでいたせいで、その夜は一人で家に帰っていました。
「すみません、そこの人」
私はある男の人に声をかけられました。
その人は物凄く濃い眉毛の人でした。
「名前は山出谷 桜花であってる?」
私は驚きました。
彼は私の名前を知っていたのです。
「はい。そうですけど」
名前を知っているということは知り合いなのだと思い、私は頷きました。
「そうかい、じゃ、ごめんね」
なぜか、急に意識が遠のいていきました。
私はその場に倒れます。
彼は倒れこんだ私を連れ去るのではなく、何かを飲ませ、ぶつくさと何かを言った後、こう言いました。
「これで、プロジェクトSが完了だな」
そこで、私の意識は完全に失くなりました。
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冬休みに突入し、学校へ行くことがなくなった。
忙しい部活は冬休みもあるのだろうが、科学部の先生は忙しい。
そういえば、遂に植田の居場所が分かったのか。
決戦に備えて、俺ももっと強くならなければならないのか。
まずは、俺の魔法を使いこなせるようにならないといけないな。
そんなことを、冬休みの初日の朝に、考えていた。
もう十二月も一週間と少しで終わる。
その寒さから布団から出る気にもならない。
それでももう9時。
俺は暖かい布団から離れ、自分の部屋を出て、リビングへ行った。
そこには桜花がいた。
知らない人のために教えてあげよう。
なんでもできる俺の妹である。
成績もすごいし、運動もできる。
どうして俺はそんな才能に恵まれなかったのだろう。
まぁ、今更両親に好かれたくもないが。
妹はコタツから頭だけを出して、呑気に携帯で動画を見ていた。
俺が、その状態で母さんに見られたら怒られるだろうな。
机にあるスーパーなどで売っている菓子パンを見る。
「これでいいか」
俺は軽くスティックパンを食べて、さっさと部屋に戻った。
妹に目をやる。
「…」
無言である。
まぁ、妹と話すことなんてない。
もちろん両親も。
家にもいたくない。
しかし、家を出たら、遊びに行ったと思われる。
とりあえず、宿題のワークでも終わらそう。
ああ、冬休みなんてさっさと終わればいいのに。
俺はそう思いながら部屋に入る。
その夜、岳信から電話がかかってきた。
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『もしもーし!元気か学!』
「もう夜だぞ。静かにしろよ」
岳信は冬休みとか楽しく過ごしそうだな。
俺は布団の上から窓越しに夜空を見ながら話していた。
『お前、今日何してた?』
「家で、宿題やってたけど」
『あー、俺もさっさと答え丸写ししなきゃな』
「なんで宿題が答えを写す前提なんだよ」
てか、答え写したら、点数下がるんじゃなかったっけ?
「で、岳信は何をしていたんだ?」
『ん?今日は学校までランニングして、先生と挨拶して、帰ってきてから筋トレして風呂入ってさっき起きた』
寝るという行動がなかったのだが、言い忘れだろう。
『でよ、学』
「ん?」
『安田先生が、「冬休みに敵に襲われるかもしれないから気をつけて」ってよ』
「ああ、それを伝えてってことか」
『そゆこと!』
そういやそうか。
まだ使者が来るかもしれないのか。
「おう、さんきゅ」
『おう!それでよ、こんど自転車で10キロ走ろうぜ!あと、初詣も!』
そんなふうに、冬休みの予定も少しずつ埋まり、少しでも楽しい冬休みになるといいな。
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もうすぐ年末が近くなった日。
今日は科学部でサイクリングの日だ。
俺の家に集合という事になっている。
いつかの海へ行く時と同じように、寒い中家の玄関で待っていた。
そろそろか。
あ、でも岳信がウ◯コしてたら遅れるかもしれんな。
まぁその内来るだろう。
その時。
「…雪だ」
小さな雪が降り出した。
その一粒一粒の粉雪は地面に落ちてはすぐに溶けて、消えてしまう。
俺は、雪がやってくる空を見上げた。
「へへ、こんな寒い中10キロも走るのかよ。馬鹿か俺たちは」
それでもまぁ。
…悪くはないな。
綺麗な景色を見ながら走るのも楽しそうだ。
嫌なことなにもかもを忘れられそうだった…その刹那。
雪に混じって、高魔力なエネルギーの弾が俺に近づいてきた。
「…⁈」
俺は咄嗟にそれを避けてしまった。
失敗したと思った。
家の中には両親がいるが、妹がいる。
「まずい!」
俺のビームで受け止めようにも俺は‘‘あの日’’以来、使っていない。絆も今は家の中で、魔法ウォッチは小橋先生に渡している。
どうすることもできず、俺の家は粉々になった。
もちろん、崩れた家の中に妹が平気でいるとは思ってはいなかった。
仲のいい兄弟という訳でもなかったが、それでも身内が死んだ。
そう思っていた。
「おい、クソ兄貴」
妹の桜花がそこにいた。
話すのもそこそこ久しぶりか。
いや、そんなことを考えている場合ではなかった。
禍々しいオーラを放った桜花は、こう告げた。
「そろそろ死んでよ。クソ兄貴」




