二人の波長
-キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン~-
そのチャイムの音が消えかかると同時に、どたばたどたばたと足音が近付いてくるのが聞こえた。ただでさえ、頭が痛くて、わけわかんなくなって、何故か泣いてるし、それが先生にバレてるってのでもう恥ずかしくて、穴があったら入りたい、というか、是非入らせてください状態で、奴が来るのは非常に不味い!
その足音が保健室の前で止まると、かなりの勢いで、入り口が開かれる。
「先生!ゆ、結城君は!」
案の定、その足音は、俺のファンクラブを勝手に立ち上げた、結城Lovers会長にして、会員番号NO.1の岡田もあ。この学校での鬱陶しさもNO.1だ。あまりの鬱陶しさ故に、俺はこいつの声や、歩幅など、様々な事を覚えてしまった。こいつが付近に来ると野生の勘って奴か、本能か、危機を感じて、俺のセンサーが反応する。
俺が前に保健室に行った時も、このチャイムが消えかけると、足音を響かせて入ってきた。
「あれ、岡田さん、やっぱり来ちゃった…?」
「あんな長い無駄話聞いてられませんよ!それよりも、結城君の方が数億倍大事です!」
「そんな事言って~…また、怒られちゃうよ?あの、工藤先生に…。」
工藤先生、俺が、入学してすぐにお世話になってしまった先生で、この学校のボスと言っても過言ではない。噂では、校長先生も頭が上がらないとか…。あの強面、モデルのようなスラリとした体型、ドスの聞いた声、鍛えられた体、まるで生徒指導になるために生まれたのではないかと、生徒達の間で言われてしまうほどだ。まじで怖い。こいつ、前怒られたのに、まだ懲りないのか…尊敬してしまう。色んな意味で。
「結城君は…奥ですね!」
すたすたすたすたと、足音が近付いてくる。
嫌だ。関わりたくない。そうだ!寝たふりをしよう!流石に、起こしはしないだろう。
俺は、急いで仰向けになり、胸の上で両手を組み、目を瞑った。
「あ~駄目だよ~…多分、結城君、寝てるから~。」
この制止力のない声!ただでさえ、こいつは暴走マシーンなのに!
「ゆ、結城君…!?嗚呼…愛しき人…まるで、天使のよう…一体どうしたって言うの…?何があって、あんなに叫んで、倒れてしまったの…!?まさか、なんかの病気で、重い病にかかってしまったとか…!?」
すらすらと、まるでミュージカルかと思うくらい、大きな声でハキハキと喋りやがる。
その時、手に生暖かい感覚を感じた。こいつ…俺の手に触れやがってるのか!?
「あの時、私かなりびっくりしたのよ!?あの声が、まさか結城君の声だったなんて…。私としたことが、結城君の声すらわからないなんて…会長として恥ずべきだわ。嗚呼、結城君目を覚まして!眠れるプリンスよ…プリンセス達が心配しているの…私は、彼女達に、貴方の無事を報告するためなら、工藤に怒られたって、構わない!全然平気なの!」
あ~この劇場早く終わんね~かなぁ!!!
その時、救いの声が聞こえた。
「おい、岡田、懲りとらんようじゃのぉ~。」
俺は目を瞑っているので、状況は詳しくは分からないが、生徒指導の工藤が来たらしい。今の俺には、神様の声に聞こえる。
「いやっ!来ないで!今、私は神に祈っているのですから!」
「ほ~、その祈りは、話した後にしょーやぁ~、のぉ?」
「嫌です!今でないと、意味がありません!」
この女、強すぎる…。この精神力の強さは、他に生かして欲しいと、心から思う。
「そうか…なら、そっちがその気なら、こっちも手段は選べんのぉ…。」
その渋い声が、徐々に近付いてくると、頭に冷たいものが当てられているのを感じた。
え!?!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!?何!?!?!?!?
「工藤先生…そこまでして、私の邪魔をしたいのですか!?」
怖い、もう目を開ける勇気がない。
「お前の命より大事なもんは、こっちは知っとる…。もし、岡田、お前が、俺の言うことを聞かんのんじゃったら、こいつは、もう終わりじゃぁ…。残念じゃったの~。こいつも、ついとらん男じゃ。」
嗚呼、何か俺の見えない世界で、とてつもない事が起きている。
「卑怯です!そんなの!」
「さぁ、どうすんじゃ?」
カチャ…っと鳥肌が立つほど、ぞっとする音がする。引き金ってやつですか。
「くっ…分かりました。結城君を守るために!」
その岡田の言葉の後、俺の頭にあった冷たい感覚は消え、二人の足音が遠くなっていくのが聞こえた。
「御手洗先生、失礼しました。行くぞ、岡田。」
がらがらっとドアがゆっくりと閉まった。
終わった…変な劇場がようやく終わった…。俺から緊張の糸がほどけていく。なんなんだよ、あの二人は。
「結城君~、怖かったね~、先生、映画の世界に入っちゃったと思ったよ~。」
やっぱり、俺が起きてたのには気付いてたか。この先生は。
俺は、ゆっくりと身体を起こす。
「一体なんなんすか…。」
「彼らの波長は、合ってるのよ!あの二人、かなりノリノリだったわよ!ミュージカルと任侠のコラボみたいでよかったわ~。うふふ~。」
最高の映画を見れたみたいなノリで言ってるけど、こっちは最悪だよ!
なんで、初日からこんな目に合わなきゃいけないんだよ…。俺は、安心と同時に、何かが体の奥底からこみ上げてくるものを感じた。
「あらら…?顔色悪いって、きゃー!結城君、吐いちゃった!」
なんと、混乱して、めちゃくちゃになってしまった俺は、思わず今日食べたもの全て吐いてしまった。
結局、俺は、学校を早退した。俺の薔薇色高校生活は、泡と消えていくのを身に染みて感じた。