最期の修羅
「じゃけぇ、おらは神様でも何でも無いて言ったじゃろうが!!神様って呼ぶな!」
「では、何とお呼びすればいいのでしょうか?」
そう言うと、物凄い勢いでこちらに突進して来た。俺はそれを避けて、首の辺りを思い切り蹴る。
「ぐうっ!?」
奴は、宙から地面に落ちて、遠くへと飛んで行く。だが、その場で再び宙に浮く。今度は、物凄く高い場所まで。
俺は、体勢を整えようとしたその時、鋭い痛みが俺を襲った。向こうの勢いとこっちの勢いが加わったからか蹴り飛ばした時の影響で、右足を痛めてしまったようだ。
やっぱり…自分の体にも影響してくるか…まぁ、いい。左足がまだあるし、これで右足はどうとでも使える。なるべく、左足に体重を乗せれば、耐えられるかな。
「とぼけるな!お前はおらの名前を知っとろうが!」
今度は、吐いた火が丸まって、数え切れない程の火の玉になった。
「知りませんよ。第一、俺と神様は会ったことすらないじゃないですか。」
「何言って…そうか、そういう事か…やっぱりあの女無理矢理…!」
まだぶつぶつと何かを言っているが…反響しすぎてあまり聞き取れない。
「何を仰っているんです?」
「じゃあ、おら達に襲いかかってきた時は…?でも、あの時はまだそんな事をやっている素振りは無かった…だとしたら、あれはなんなんじゃっ!ねっとりねっとりまるで別人みたいに!!なんでおらの姉ちゃんを殺した!」
数千は超えているであろう火の玉が、それぞれ別方向から俺に降り注ぐ。
ねっとり?姉ちゃん殺した?そんな記憶は無い。だとすれば、俺にとっての記憶が無い時間の時の事か?別人みたい…あの女…俺の中で色々繋がった。
そんな一瞬の思考の間にも、その火の玉は音を立てながら、こちらへと向かってくる。逃げ場は無い。しかし、動かないわけにはいかない。火の玉の間を通り抜けて進むしか、道は無い。
俺の頬の近くの所や足の間、火の玉が沢山俺の間を抜けていく。行き場を失った火の玉は、地面やら柱やら天井にぶつかって消える。ぶつかった後は、黒く焦げていた。
そんなに大きいものじゃないのに…威力が凄まじいな。
それでも何とか、全ての火の玉を避けながら進む事が出来た俺は、奴の真下まで来る事が出来た。
「本当に覚えて無いんですよ…ましてや、神様のお姉様を殺しただなんて…ふふっ…。貴方方を殺したいとは昔思った事はありましたけどね…、もしかしてそれが残ってたのかなぁ…実の所、一族の撲滅を願っておりましたから。きっとそれを使われたんでしょうねぇ~。彼女の能力は、人の心に侵入し、自由に使う能力なんですよ…。その進入した時に、俺の中に貴方方を殺したいという感情が残っていた。だから、それを使って、好き勝手やったって事でしょうね。簡単に言えば利害の一致なんですよ。これは彼女の事情も関係してくるので、今は長々とは言えないですけど。ま、俺の意思ではあるけど、俺が殺めた訳では無い。その意思と体を使って、彼女が…。」
蛍の能力をちゃんと解説してあげた。これは、言い訳をするつもりでは無くて、ちゃんと教えてあげようと言う優しさのつもりだった。
でも、俺が言い終わる前に奴が叫び出した。
「訳分からん!たいぎぃぃぃいぃっ!意思?心?あああああああああああああああああ!うざいうざい!ごちゃごちゃ言いやがってさあああああああああああ!悪いとか思わねぇのかよ!!謝る事も出来んのんか!!!!」
「…謝る?ハハハハッ!何で、自分が悪いと思ってないのに謝らないといけないんですか?殺されたのは、お姉様が弱いからでしょう?悪いのはお姉様だ。戦う能力が明らかに俺の方が低いのに…あ、それともあれですか?今、使っているその力は、お姉様が貴方の為に取っておいたものですか?駄目ですねぇ~…優しさは身を滅ぼすというのに。」
まぁ、生命力だけ使ったとしても、それで負けるのもどうかと思うけど。
「ふざけんな…そうかよ…そうかよ…なら、地獄見せちゃるよ…。あんまり、おらを舐めるなよ。この日の為に、どれだけ頑張ったか…姉ちゃん、ごめんな…おら、姉ちゃんと同じ所には、やっぱり行けんわ…いや…禁忌を犯すとか誓った時点で、もう無理じゃったかな…もうこうしとる時点で、無理じゃったかな…。きっと、おらは地獄より下じゃ…ごめんな…。」
奴の目から滴り落ちる滴は、その場を一瞬で海にした。
これでは身動きが取れないな…海での修行とかした事が無いし。
思った事…事実を伝えただけだったんだけど、怒らせ過ぎてしまったようだ。
こうなってしまった以上…圧倒的に向こうが有利だ。
全く、君の家族達は、多勢でありながら、こんな事すら出来てなかったよ…何でだろうね?
奴は、相変わらず涙を流しながら大きな声で鳴いた。
『餓鬼かよ…。』
そう心の中で声が響いた。
先ほどから慢性的に続いていた痺れが、突如大きくなった。
キンキンと耳鳴りもし始めた。
奴の鳴き声と耳鳴りが共鳴して、可笑しくなってしまいそうな程だ。
そう苦しんでいるこの時に、奴は、俺を海から掴み出した。
身体がみしみしと音を立てるくらい、強い力で俺を握る。
片手で俺を握りながら、もう一方の片手を自分の頭上へと持って行った。
そして、自らの角を引き抜いた。その引き抜く時の音は、脳に響く程嫌な音だった。
ただでさえ、嫌な音が俺の中で響いているのに。
目の前の龍は、ボロボロになっていた。色々と使い果たして来ているという事か…。
「はぁ…はぁ…。もう色々限界が来とる…もう後悔すらしとる時間も無いわ…。」
角に向かって、龍は息を吐いた。その息がただの息でないくらい…分かった。
龍はジロりと俺を見る。自身の指を俺の心臓がある場所へと目印を付けるように置いた。
そして、角の特に鋭い部分を俺へと向けた。
「精々…苦しみながら…おらと同じ所へ来いや…正秋!」
龍は角を振り上げた。
「ごめんな…、餓鬼。」
勝手に口が動いた。言うつもりなど無かったのに。
そして、鋭い痛みと自分の血液が俺を襲う。やがて、見えていた景色が徐々に消えて行く。目の前に居る龍の姿と一緒に。
この空間から解放されるその瞬間、龍はもう人の姿になっていて、真っ青になっていた。
何故だか、涙が溢れた。
そもそも龍って…なんで俺は…こいつの…名を…。
でも、もう分からない。痺れも奴も…全て無くなってしまったから。




