待つ者
「おい、見れんのんか?返事せーや。」
餓鬼に肩を触られて、奇妙な感覚は一瞬で消えた。
「…あ、いや、ごめん、見つけた。だから、行って来る。」
折角の記憶を思い出せるチャンスだったのに…。
俺は、肩を落としながら、岩陰から出る。
岩の前に座りながら、お姉さんは、首だけこちらへ向けた。
「気をつけんさいよ。あの人…おったんじゃね?」
「はい。」
俺は小さく頷いた。
「前言ったけど…変な感じしたら、止めるけん、もし相手が何かしてきたら、手段を選ばんけんね。いいね?」
お姉さんの目は、獲物をしとめるような鋭い目をしていた。
「はよ、帰って来いよぉ~。」
呑気な餓鬼の声が、俺の気を緩ませる。本当に俺よりずっと年上なのかって思う。餓鬼って内心呼んでいるのは、間違いなのかもしれないが、やはり、こいつの見た目がそうさせる。餓鬼と思うと餓鬼としか見えない。でも、此処に登ってくるまでの間、こいつを餓鬼とは思えなかった、しっかりとした奴だと思った。
また、ここに戻ってくるかどうかは…分からない。
「じゃあ、行って来る。」
俺は、あの女がいる場所へと歩みを進めた。
「うん。」
そうお姉さんの返事が聞こえた。
まだ、女はこちらには気付いていないようで、退屈そうに髪を弄くっている。
緊張のせいで、自分の胸の音が聞こえる。心臓を吐き出してしまいそうだ。
一歩ずつ、一歩ずつ、確実に歩みを進める。もう険しくもしんどくも無い道なのに、とてつもなく険しいように感じる。
そして、女が俺の足音に気付いたのか、ゆっくりとこちらを見る。そして、不敵な笑みを浮かべる。さっきみたものと一致している。
「ねぇ、何処に行ってたの?家出でもしたのかなぁ…?それにしても、こんなにも、女性を待たせるなんてぇ…最低な男。あはっ…まぁ、別に良いのよぉ。私は昔から待つ側だものぉ…。」
そう言うと、俺の元へとゆっくり近付き、俺の頬に触れる。ぞわっと鳥肌が立つ。
「…あれぇ…?」
女は、鋭い目つきで、俺の目を見る。その目は、まるで俺の奥底を見ているかのような目。
「なぁんだ…雰囲気が変わらないのは…そういう事ぉ?…ちっ…、異分子がっ。」
そう言うと、俺の頬を思いっきり抓る。
「痛っ!」
女から、少し距離を取った。抓られた頬を触ると、血が出ていた。
「あぁ、ごめんなさぁい。でも、今の貴方だったらぁ…その血もそんなに目立たないわぁ!あははっ…ちょっと、苛々してるのよぉ…ボスがいつも言う通り…過去にした中途半端な優しさってぇ…、他人を駄目にするだけじゃなくてぇ…、その後の自分の人生にまで影響するのねぇ!あははっ…ねぇ…?ちょっと遊びましょうよぉ。大丈夫よ?殺すのは貴方じゃなくて、私。貴方はぁ、体を貸してくれるだけで…いいのよ。」
そう俺の耳元で囁くと、すっと俺に向かって手を伸ばした。




