紡ぎ合い
ただ一直線、山吹の腕を握りながら、走っていた。意外にも、まだ、ほとんどの奴らは、クラス替えの紙を見るか、そもそも学校にまだ、来ていないのか、廊下には、ほぼ人は、居なかった。ただ、ぽつんぽつんと友達が来るのを待っている暇人には、がっつり見られてしまったが、大人数よりはいいだろう。どうせ、3年だし、卒業するし、大丈夫だろうと思いたい。
俺は、2年の教室がある二階へと向かう階段の前で、足を止め、山吹の腕を放した。
山吹は、相当疲れているらしい。体育苦手そうだな、と、山吹の様子を見て思った。
かなり息を乱し、膝に手をついた状態で、海から突然陸に出た魚みたいに口をパクパクさせている。
下駄箱から、新館の階段までどれくらいだろう?そこそこ距離はあるか…。でも、この疲れ方は…深刻な運動不足だな。
とりあえず、俺は、山吹に声をかけた。
「おい、お前。」
山吹は、ゆっくりと目線を上げる。
「はぃ…?」
先ほどの場所よりは、静かな場所だったからこそ聞こえたが、ほぼ声になっていない。ウィスパーボイスで、常日頃からしゃべっているのか?山吹という女は。…というか、今はこんなこと、どうだっていいじゃないか。なに考えてんだ。今聞きたいと思ったことだけを、山吹に聞けばいいだけ。最低限だ。最低限。長々と言う必要はない。
「なんで、何も言い返さなかったんだ。」
あの時、ただ話しかけただけ。勘違いしないで。とか、他にも、適当にそんな言い回しが出来そうなものだが。
その問いに対して、山吹は、小さく照れ笑いを浮かべ、目線を下げた。そして、静寂がこの空間を覆う。先程まで、自分達の吐息や話し声が響いていたのに、それが一瞬にして消えた。此処だけ、時が止まってしまったような、まるで、この空間だけが切り取られたような感覚だ。
「…言えんよ。無理です、あの人達怖いし…。それにそんなに仲良くない…。」
一生懸命言葉を紡ぐ様に口を動かす、緊張しているのか、若干片言になっている。
「そうか。」
今の俺には、「そうか。」しか言ってやれない。
多分、というか、絶対、山吹は人見知りだろう。人と話すのが苦手以上に、関わるのが苦手。深い関わりが無い奴と、どう会話をすればいいのか、話しかければいいのか、ちっともわからないんだろう。だから、初めて話しかけてきたとき、まるで、アニメや漫画のテンプレのように話しかけてきたんだろう。それでも、かなり、どう話しかけるべきか悩んだんだろうけど。今、こう話している時でも、敬語やタメが混ざってるし。
でも、ま、俺も上手く短く簡潔にわかりやすく言葉を紡げる訳じゃない。
短くって案外難しい、1年近くそれを練習しても、つい長々と言いかけてしまう。
「でさぁ~。母さんがさ~、あんたぁ!ちったぁ、子供の面倒見んさいや!って。」
「なにその喧嘩のお手本みたいな言葉!」
女子達の話し声だ。俺は自分の時計を確認した。8時…。登校のピークの時間だな。話し声も段々と近付いてくる、1年か2年…厄介だ。しかも、この状況、くそめんどいな。急ぐか。
俺は、相変わらずな表情を浮かべる山吹を横目に、2年の教室がある階段を足早に上った。