歯車
数時間後、婆ちゃんが帰ってきた。
俺は、部屋の襖を開けて、玄関に出迎えに行った。
「お帰り、婆ちゃん。」
婆ちゃんの隣には、爺ちゃんも居た。婆ちゃん帰ってきたし、役目は済んだみたいな感じか…。
「ただいま、ほんま無事で良かったわ~、さて、少し遅くなってしもうたわ。すぐにご飯作るけぇね。」
婆ちゃんは、慌しく靴を脱ぐと、急いでキッチンへと向かおうとした。
「なぁ。雛乃は、大丈夫なのか?」
俺がそう言うと、婆ちゃんは足を止めて、俺の方へ向いた。
「まぁ…あの状況じゃけぇね、体には何も無かったんじゃが、精神的疲労の方が…大きかったみたいじゃわ。」
婆ちゃんは、目をこすりながら、そう教えてくれた。
「なんで、病院行かなかったんだ?というか、何であれだけの事故で、救急車とかも来なかったんだよ。普通は来るだろ。今は分からなかっただけで、もしどっか怪我してたらとかあるだろ!」
「正秋落ち着け。酷い事故じゃったけど、正秋にも、あの子には怪我は無かったんじゃけ。」
「やっぱり…二人共…俺に何か隠してんだろっ!色々おかしいんだよ!俺達は間違い無く、そこに居たのに、ニュースでは、俺らが事故現場に居なかった事になってる。まるで、俺達の所だけ記憶が綺麗に抜け落ちたみたいに…。俺が、意識を失うまでは、皆色んな不可解な出来事を目の前で見ていて、騒いでいた筈なのに!俺達が事故にあったのを知っているのは、今の所、二人ぐらいしか居ない…。あの時目の前で起きた事が、幻だったとは思えないんだよ!俺らの事…何か知ってるんだったらさ…正直に教えてくれよ…!」
俺は今の全ての自分の気持ちをぶつけた。
一体何があって、雛乃の元へ行かせなかったのか、周囲に居た人達が忘れてしまっている事を二人は知っているのか、何を隠しているのか、何故俺に隠さないといけないのか、それをただ純粋に聞きたいそれだけなんだ。
しかし、爺ちゃんと婆ちゃんは、何も言わなかった。ただ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたまま俯いていた。
「何も…言いたく無いってか…。なら俺は…教えてくれる奴の元へ行く。」
俺がそう言うと、二人は驚きを隠せない様な表情を浮かべた。
「教えてくれる奴って誰な。」
爺ちゃんは、俺を睨みつけるように見つめる。
「色々俺の事を知ってる奴が居るんだよ、そいつが…事故を仕組んだ奴かもしれない奴。なら、そいつに直接聞いた方が早いだろ。」
俺は、玄関で靴を履いた。すると、すぐに俺の腕を爺ちゃんが掴んだ。物凄い力だ。本当に老人とは思えないほどの力、そこまでしなきゃいけない事って、絶対に何かある。
俺は、大きく深呼吸をした。覚悟を決めた。それは、爺ちゃんに怯えて何もしないっていう覚悟ではない。
小さな箱庭からおさらばするっていう覚悟だ。例えぼっこぼこにされても、構わない。監禁されたって構わない。俺は、どうなってでも、ここから出る。さっきまでとは違う!
その覚悟を決めたと同時に、6時間目のような奇妙な感覚に包まれた。
「ふははっ…ただの庶民程度が…気安く俺に触れるな。」
奇妙な感覚はすぐに消えて、少しくらっとした。だが、爺ちゃんの力が小さくなった。何でだろう?ラッキーだ。その隙を狙って、俺は玄関から飛び出す。
必死に叫ぶ二人の声を無視して、俺はひたすら行く当てなど無いのに走り続けた。
その瞬間、物語の錆びた歯車が再び回り始めたのだった…。




