母さん
俺は、布団の中でSNSを弄っていた。爺ちゃんがあそこに居る以上、家から出ることは不可能だ。無謀だ。だから、家庭科の宿題の事を聞こうと、母さんにメッセージを送った。ただ、買ったけどあまり使わないスマホは俺には、難しく、入力ミスを何度も訂正して、大変だった。
最近の高校生とかは、皆これを速くやってんのか?
〔ちょっと聞きたい事 ある〕
すると数秒程でメッセージが返ってきた。
〔久しぶりー 全然様子送ってこないから心配した~ で、どうしたどうした(。´・ω・)?〕
顔文字…しかも、返信速度速いし…かなり使い慣れているのかな…母さん、何してんだよ。
〔家庭科の宿題の事 なんだけど〕
〔ほうほう (。 ・ω・))何でもママに聞きたまえ!〕
普段の母さんの様子でメッセージを返信してくる。メッセージが母さんの声で再生される。
聞こうって…俺には使い慣れないもので聞くのは、時間もかかるし面倒だ。電話にしよう。それに…電話の方が色々分かる事もある。
〔やっぱり電話〕
すると、さっきまですぐに来ていた返信が、1分後ぐらいに来た。
〔電話って何で?〕
何でって…そんなに電話が嫌かよ。
俺は、母さんの疑問に答えずに、電話帳から母さんに電話をかけた。
ープルルルルルルー
この無機質で冷たい音が少し繰り返された後、ようやく母さんは電話に出た。
「もしもし、母さん、家庭科の事なんだけどさ。」
「なんで、わざわざ電話かねー、あんな便利な機能あるのにさー、しかも電話帳からって!あんた相当使い慣れてないね!」
「別に、いいだろ、使い慣れなくても!」
「ママは心配よ~、あんたが浮いてないか!」
話が逸れてる…こうなると母さんはとことん喋り出す。さっさと話を戻そう。
「はいはい…で宿題の事、聞くけど。」
「うん、何かね。」
「俺の名前の由来って何?」
すると、向こうで唾を飲み込むような音が聞こえた。
「授業で名前の由来聞くの~?あんたが聞きたいだけなんじゃなくて~?」
「違う、授業なんだって。他にも聞きたい事あるから早くしてくれ。」
名前の由来…知らないんだろうな…。それでも建前は俺の母さんだから…これに答えないと不自然になるって母さんは焦っている。それが、誤魔化そうとしてるんだろうけど、スマホ越しに伝わって来た。俺の中で、疑惑が確信に変わっていく。
「正しく真っ直ぐ生きて欲しい!後は、秋に生まれたから、それだけよ!」
「そう。」
母さんは、純朴で単純で嘘が苦手で…だから、前々からなんとなく分かっていた事なんだ。これを母さんに聞くのは中々酷だってわかっている。だけど、分かりやすい母さんだからこそ、こうした方が良いって考えた。疑惑はさっさと消した方が良い。でも、質問には、形式上だけでもいいから答えて欲しい。それだけなんだ。今母さんと呼べる人は、この人だけ。
「次は、俺が赤ちゃんの時の身長と体重、教えて。」
「えーっとね~、えっと~、身長は48cmで…3100gぐらいだったかな~。うん。」
それは、生まれた時の和樹の…身長と体重だ、隠すように置いてあった母子手帳に書いてあったのを思い出した。
「オッケー、で、次にどんな子に育って欲しいと思った?」
父さんが居れば、父さんに直ぐに頼ってそうだけど、今の時間はまだ仕事中だから、母さんは一人で必死に考えている。父さんだったら、今までの質問どう誤魔化していたんだろう。
「そりゃもう、幸せに、何にも縛られず育って欲しいって!」
返事は、今までの質問より相当速く来た。もしかしたら、俺を家族にした時からの母さんの願いなのかもしれない。
「うん、じゃあ、赤ちゃんの時のエピソードは?」
「…え~~…、よく寝る子でした!本当に寝る子でした!」
頑張って考えてこれか…母さんらしいかな。つい、微笑ましい気持ちになってしまった。
「本当に?」
「本当に、本当よ!こんなに寝て頭痛くならないのかしらってぐらい!」
「まぁ…赤ちゃんは寝るのが仕事の一つって言うからさ。」
「そうねー、で…質問は以上?」
「以上だよ。」
ほっと溜息を吐く声が聞こえた。隠す気、実は無いんじゃないかなってくらい堂々とするなぁ…。
「ただ…最後に、これは出来たらでいいんだけど。」
「え?何かな!?」
「小さい時の写真ってあったりする?」
スマホ越しに、何かが落ちる音がした。相当同様してるなこれ。
「あ、あるけどさ~、今から送っても、間に合わないよ~。」
そんな事は分かってる。
「だよね、まぁ、出来たらでいいって言われたし、問題は無いかな。」
「先生に無かったよ~って言っておいて!」
「うん、わざわざ有難う、母さん。」
俺は、今の俺の本心を伝えた。
「え?あ、うん、いいのいいの~、あ、たまには連絡そっちから頂戴よ!」
「分かったって。」
「本当かな~、ママは寂しいよ!」
寂しいか…俺なんて居ない方が色々苦労も無くて楽しかったんじゃないかな。でも、さっきまでのたどたどしい喋り方と比べて、自信満々に言う辺りこれが母さんの本心なんだろう。
「有難う、じゃあ、切る。あ、父さんと和樹に俺は元気ですって伝えといて。」
「ラジャッ!」
「お休み。」
俺は、電話を切った。
聞いた事をとりあえず、家庭科のプリントに書く事にしよう。
写真…でもこういうのって本来だったら、こっちにもあるよな、記念写真とかさ…。無いんだろうけど。
形式上聞いておこう。もしかしたら、何か教えてもらえるかもしれないし。
俺は、布団からゆっくりと出て、鞄の中からプリントを取り出した。
そして、そのプリントに母さんの優しい嘘と願いを書いた。




