腹の内
帰りのSHRの間、雛乃はずっと俯いていた。そして、SHRが終わった後も、ずっと座って深刻そうな表情を浮かべていた。
一体、何がそんなに心配なんだろうか…?俺は、いつも通り通常運転なのに。
そんな事を考えながら、保健室へとゆっくりと向かう。昼休憩、先生に聞けなかった事を聞く為に。
保健室のある廊下へ辿り着いた時、先生は俺を待つかのように、保健室前でそこから見える景色をぼんやりと眺めるように、立っていた。柔らかな春らしい風が、先生の結った髪を揺らしている。絵になりそうだなと思った。
すると、俺の存在に気付いたのか、くるっとこちらへ向いて微笑んだ。
そして、こちらへスキップをしながら近付いてくる。ご機嫌なのか、かなりルンルンだ。まじで、子供にしか見えん。
俺まで、30cm程の所へ来ると、ぴたっとスキップを止めて上目遣いで俺を見る。
「放課後でわざわざ二人で話したい事って何かな?うふふ…先生は年下NGだから…もしそのつもりなら…。」
「違う!違いますから!」
悪い笑みを浮かべて、俺を茶化すように言う、別にそんなつもりはないって分かっているくせに敢えてやってるんだろうな…。
「あれ、そうなん?結城君に一方的に思われるのは嫌じゃないんだけどなぁ…。」
一方的になる事前提なんだ…って、こんな話をするために此処に来たんじゃない。
「先生、からかわないで下さいよ…。」
「うふふ~、ごめんごめ~ん、相談内容を言ってみなさい!先生、な~んでも聞いてあげるけん!」
先生は、俺の目をぴしっと見つめて、モードに入ったようだ。
「相談…相談っていうか…まぁ…、朝変な人が居たのを見たんです。」
俺もちゃんと先生の目を見つめながら言った。変な人と俺が言った途端に、先生の顔が少し険しくなった。
「変な人…?それってどんな人?」
「黒いスーツで黒髪の女の人…その人に前も登校中に会った事があるんです。今日の朝俺がたまたま早く学校来たんですけど、まるで待ち伏せしてたみたいに、俺の前に現れて色々不気味な事言って去って行ったんです。」
俺は内心かなりドキドキしていた、でも、それを悟られないようにその気持ちを抑え込む。
「黒髪の…女…ね。でも、その人不法侵入じゃろ?それなら、その後すぐに先生に言った方が良かったんじゃないん?」
先生は目を逸らして、自分の思考を整理するように腕を組んだ。
「…脅されたんです、言ったら殺すって。でも、誰かに相談しないと…どうにかなっちゃいそうだったんで…はは、女々しくてすいません。でも、どうせ、ただの脅しですよね?だって、その人今この会話聞いてたら、もう俺を殺してそうですから…。」
俺は、嘘をついた。あの女は、こんな事を言ってなかった、別に騒動になってもなんとも思わないんだろう。前は、言われたけど…。それに、誰かから殺すって思われているのは事実だが…。
「彼女が聞いていなくても…他の誰かが聞いてるかもしれんよ。」
「え?」
先生は今の話で色々分かってしまったのだろうか?
「たまたま早く行ったその時間に、待ち伏せするなんて危険過ぎるじゃろ?もし、結城君がはよ来んかったら、彼女はどうするつもりだったのかな?それに、結城君と鉢合わせる事が出来んかったら?待ち伏せって言ったよね?ってことは、その時間にその場所に、君が絶対に来るって確信があったって事じゃろ?どうするんかね?その待ち伏せしてた場所に、他の人が結城君より先に来たら?」
流石だった、俺のたったこれだけの…嘘も混じったこの話から、ここまで推理するとは…。
「彼女には、絶対的な自信があったって事になるよね、登校時間の変化にも、通るルートにも、なんなら、君の歩くスピード、歩幅とかもかな。ここまで知っとる子って、この学校に一人しかいない気がするけど…あの子では絶対にない。あの子、いつも持っとる少し大きめの手帳を今日は持っとる姿を見んかったし…、いつでも、結城君に会っても大丈夫なように持ってるんですって言ってたのに…何かあって盗まれたとかかな…。」
先生は、ぶつぶつと推理を続ける、俺はその言葉に聞き入る。
「私が思うに、盗んだ子は…きっと今日の朝に、結城君を見た人だと思うんよね…、その子が居ないと来るタイミングがわからないと思うのよね…いくらなんでも。まぁ…あくまで私の勝手な考えなんじゃけどね…心当たりある?」
俺が今日朝見た人…安藤…それと、闇雲…。でも、安藤は普通に朝練から来ただけみたいだったし。じゃあ、闇雲?あいつが?まさか…あいつは堂々と話しかけてきたんだぞ、それに、あんな主人公みたいなキャラの奴が、あんなとんでもない女の協力者とは到底…、じゃあ、他のどっかから…?駄目だ、見当もつかん。
「すいません、わかんねーです。」
「そう…まぁ、あくまで私の勝手な想像だから、当てにはならんと思う、ごめんね。でも、一つ安心して欲しいのは、彼女は結城君を殺したりなんかせんって事かな…本当に脅しだったんだと思う。実際、ここまで話しまくって私達無事じゃしね。」
先生は、俺を安心させるような優しい笑顔を浮かべた。
「…いやいや、突然こんな事相談してこっちこそすいません、ちょっと楽になりました。」
俺も、笑顔を浮かべた、多分ぎこちないと思う。
「そういえば、結城君、少し雰囲気変わった?」
先生は突然話を切り替えた。多分、この重い感じを変えようと思ったんだろう。
「え?そうですか?」
「うん、なんか、昼休憩来た時とは違うなーって思ったんよね、気のせいかね?」
先生は、じーっっと俺を見る。ちょっと、どきっとするから止めて欲しい。
「多分、そうだと思いますよ。」
「そうかー、ま!一応、気をつけて帰りんさいよ。普通に学校側としては事件だから、ちゃんと学校に私から言っとくね、いい?」
「はい、わかりました。有難うございます、それじゃ、さようなら。」
「うん、ばいばーい!」
先生は…やっぱ関係無いのか…。嘘ついてるって感じもしなかったし、はぁ…。
***
結城君は、俯き恐らく彼女の協力者の事を考えながら帰って行った。
結城君は、間違いなく私の事を疑ってた。疑っていたからこそ、保健室で私の机をちょっと漁って、手帳でも探してたんだろうなと思う。残念ながら、そこには、彼のお目当ての物は無かった。
でも、私を疑っていた理由はわからない。でも、推測するのであれば、結城君と彼女が出会った時か、また学校内で再会した時か…そこで何か見たか言われたかしたのだろう。だとしたら、ちょっと厄介かもしれない。
もう私の疑いは解けたかな…?
それにしても、結城君なんであんな嘘をついたんだろう?バレないようにしてたみたいだけど、少し目が泳いでた。あの嘘は、あの事をすぐに言わず、隠していた事を不自然にでもしない為のものだったんだろうか?
それにしても…彼女らが戻ってきて接触してきたって事が危険だわ。
まずは、この事をあの人達に伝えないと。
私の仕事がまた増えてしまった、ただでさえ忙しいのに…結城君と彼女は何を話したのだろうか?それを探らないと…。これは、どっちかに直接聞くしかないような気がする。
そして、この学校にすでに侵入している彼女の新たなパートナーを探し出さなければならない。
私達の努力を水の泡にされてしまう…そんな訳にはいかないのだ。




