異変
何だろう?この感覚は、ぼんやりする。自分の体が自分の体じゃないみたいな…よくわからない感じだ。でも、さっきまでと比べると身体は楽になった。
「結城~、お前の出番だぞ~!」
先生の陽気な声が、俺の元へと届く。
はぁ…やっとか。
俺は、素振りを止めて、相手の元へゆっくりと歩みを進める。
相手は、誰だ?面があるから、よく見えないな…まぁ、誰でも良いか。所詮、俺より下の人間なんだ。戦う意味も無いけど、上に立つ人間の能力でも見せ付けてやるか。
「剣道部エース対天才か~、どっちが勝つと思う?」
えーす?えーすってなんだっけ…あぁ……なんか、ぼんやりして、思考がぐちゃぐちゃだ…。
「う~ん、俺は、斉藤の方だと思うんじゃけどね~、いくらなんでも、全国大会行った奴だぜ?」
「それなー、でも、結城もつえーしな。」
はっ…くだらねー、こんな奴が俺に勝てるわけないじゃん、俺の上に立つものなど居ない。居ないんだ。
「さっさと、やろーぜ。時間の無駄になるだけだし。」
周囲がざわっと沸き立つ。
「キケンな感じがして、いつにも増して魅力的じゃね~!」
はぁ…一々ほざくなよ。
「結城と手合わせ出来ることを光栄に思う!よろしく頼む!」
相手は竹刀を手に持ち、俺に向かって礼をした後、開始線と呼ばれる白い線に、3歩近付き、3歩目で竹刀を構える。
俺も、竹刀を手に持ち、軽く頭を下げて、開始線まで歩きを進め、竹刀を構える。一応、こういう作法は守らないとな。
俺達は、ゆっくりと膝を曲げながら、蹲踞と呼ばれる構え、竹刀の剣先を交える。
「始め!」
先生の声が響く。その声と同時に俺達は立ち上がり、試合が始まった。
それ以降は、静かな時間が流れた。互いに技の読み合い、剣先が擦れ合う。
しかし、微妙な変化は、確かに感じる。奴は、ゆっくりゆっくりと小さく左側に移動している。
この小さな動きが…俺の思考に影響を与える…とでも思っているのだろうか?
もうとっくに見切ってる。分かりきってる、時間の無駄だから、そろそろ終わらせよう。
そして、相手が予想していた通り、踏み込み、俺に向かって攻めてくる。
小手狙い…だな。
俺は、一歩後退し、大きく振りあげる。そして、迫ってきた相手の攻撃は空を切る。そして、踏み込み、相手の面を思いっきり打った。
「一本!流石じゃの~、お前なんで剣道部入らんのや。」
「ふふっ…、こんなのが頂点に立ってる部活なんて高が知れてる…。なぁ?」
俺は、相手に返答を求めた。
「…確かにそうだな…、俺はまだまだ未熟だ。だから、全国大会で初戦敗退…我ながら中途半端だと思うよ。僕がどう仕掛けてくるかなんて、とっくに分かってたんだろう?あの時の君の動き、一切の迷いが無かった。天才の君には、努力何倍分で追いつけるんだろうか…。はっはっはっ!勉強になったよ。有難う!」
なんで、感謝してくるんだ…ッ!
-ズキンー
ふわふわとした世界から突如呼び戻す痛み。頭を何度も何度も、鈍器で叩かれているような頭痛。今までに無いほど、激しい痛み。
俺は、思わず竹刀を支えにして、下に片膝を立てて、しゃがみこんだ。
周りが何かを言っているが、全く聞こえない。ただ頭の中でゴオンゴオンゴオン…という重い音が響く。遠くに意識を持っていかれそうだ…。
『大変勉強になりました…有難うございます。』
この声何処かで…よく聞く…。
「おい、大丈夫か!結城!結城!」
先生の大きな声が、俺の遠のいて行きかけた意識を呼び覚ましてくれた。
「ふえ?あ…すいません、ちょっとお腹空いてて…、大丈夫です。」
俺は、竹刀に縋りながらゆっくりと腰を上げる。
「飯か!そんなにお腹空いとったんか!まぁ、これで終わりじゃけぇ、はよ帰って、食え。」
「あはは…そうします。」
-キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン~-
「おお!チャイムなってしもーたわ!終わりの挨拶はええわ!はよ着替えーよ。」
終わりの挨拶しかいつもしてないけどな…いってぇ…あぁ…でも、これを乗り越えれば…。
俺は、竹刀を片付け、防具を外し、元あったように戻した。
さぁてと…着替えて、お待ちかねの保健室にでも行きましょうかね…。
俺が、剣道場から出て、更衣室へ向かおうと階段を下り始めた時だ。
その階段で、俺を待ち伏せするかのように構えている女が居た。
「結城君…大丈夫…?」
その泣きそうな目、震える声、本当に俺を心配してくれているのだと感じた。どうして、人の為にそこまで泣きそうな顔が出来るのか…俺は感心した。でも、少し違和感も感じた、何の違和感だろう?
「だから、お腹空いただけで、くらっってしただけだよ、なんで、それぐらいで泣きそうになってるんだよ?変なの。」
俺は、思わずくすっと笑ってしまった。
「違う…違うの、そうじゃないんです!」
俺に向かって大きな声で叫ぶ。
「違うって何が?」
「その…凄く様子が変って言うか…怖いって言うか…どうかしたのかな…って…とか…。」
突然、自信を無くしたように小さな声になる。
「変?何言ってんだか…俺は、いつも通りだっただろ?怖いっていつもなんだろ?お前、前そう言ってただろ。」
俺の何処が変だったんだろうか?確かに、倒れたが、あれはもうあいつは何度も見てる。
「いつも通り…?」
「お前の方が変なんじゃないのか?雛乃。」
「え…!?私の…な…ま…」
俺は、心配しつつも、早く着替えないといけないので、何かをぶつぶつと言う雛乃の横を通って階段を下った。




