誘導
猛ダッシュで教室に戻った俺は、その状況に、僅かな希望を打ち砕かれ、この残酷さに絶望した。鍵が閉められ、電気が消された教室には誰も居ない。時間は、もう5時間目が始まる数分前、そこで、全てを悟った。そう5時間目は移動教室、しかも6時間は体育だった。俺は、浅はかだった…。無計画過ぎて、こんな風に身を滅ぼす事になってしまった。単純に考えれば後2時間で授業が終わって、帰宅部の俺は早急に帰って飯は食えば良い、だが、その2時間が長い。食べ盛りの男が昼飯無しでいけるかよ…死んでしまう。神様は残酷だ。無計画な俺に対する罪だと言わんばかりの、この残忍な状況。しかも、授業道具も無い、授業に対する意欲が欠けている扱い間違い無い…。参ったな…。
はぁ…とりあえず、5時間目はプログラミングだっけ。大人しく罪を認めて、自分を呪いながら、2時間を耐えよう…。
「せんぱ~い、どうしたんっスかぁ?」
聞き覚えのあるチャラチャラした声が、俺のすぐ横で聞こえた。
「…お前、いつからそこに?」
いつの間に、こんな近くに…てか、こいつ授業大丈夫なのか?
「先輩が来るのを待ってたんで、ずっとっスね、あ、でもこんな近くに来たのは、ついさっきっス!」
「なんで俺が来るのを待ってんだよ、授業始まるぞ。怒られても俺のせいにはするなよ。」
「遅れました~って言えば済む話じゃないっスか?まぁ、確かに評価は下がるし、怒られるかもしれないっスけど、自分なんかよりも今は先輩の事が最優先なんっス!で、本題なんスけど~。」
-キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン~-
チャイムが、闇雲の話を遮る。
「チャイム煩いなぁ…。こっちは時間なんか気にしてないんだけど。」
闇雲は、チッと舌打ちをした。チャイムが完全に鳴り終わるのを待っているようだ。
こいつ、急に雰囲気変わるな…前もそうだったような…。
てか、こっちは急いでんだよ!
チャイムが鳴り終わると、ようやく闇雲は口を開いた。
「ようやく…チャイムなんか鳴ってる間に喋ったら、聞こえにくいっスからね!」
こいつ、切り替え早すぎだろ。一気に、チャラ男に戻ってきやがった。
「早くしろ。」
「まぁまぁ、そんなにピリピリしないで下さいよ~、言いたい事は一つっス!それは…。」
闇雲は俺の目の前に移動する。
「だから早く。」
なんで、こんなに、ためて話すんだよ。よりによって、こんな時に!
「もう、そんなに急かさなくても、言いますって!…先輩、命狙われてるっス。」
ん?なんて言った?俺の聞き間違いか?
「は?」
「だーかーらー!先輩の命狙われてるんスよ!」
待て待て待て待て待て待て待て!What!?!?!?!?Why!?!?!?
「俺、今日、昼休憩聞いたんスよ…いや、聞こえちまったって言う方が自然かな…『結城…殺す』って…、だから、先輩にずっと伝えたくて、これって大事な事っスよね!?」
「いや、え、どうしよう。え、まじなの?殺すって…ガチ?」
頭が回らない、ぐちゃぐちゃになった思考回路が絡み合って、壊れていくようだ。
なんで、こうも面倒事が次から次へと…こんな短時間で起きるかな…、元々俺の人生時代が面倒臭そうなのに!
「先輩、なんか武術とか出来ます?」
「出来るわけねぇだろ!」
俺は、雰囲気だけで今までどうにかしてきた。だから、内面的なものは一切無い。
「やっぱりっスか~、中身スカスカそうっスもんね!」
「なぁ…お前に言われたくないんだが!」
「こう見えても俺様、中身ぎっしりっスよ!結構、強いんス!」
パンチをするポーズを取って、強さアピールをしてくる。
「いや別にお前に守ってもらわなくても、警察とか…学校に…。」
「信じてくれるっスかねぇ…?子供の悪い冗談とかぐらいにしか考えてくれないと思うっスけど。実際、信じます?殺されるから、犯人捕まえて欲しい、なお、正体は不明です。なんて言っても証拠不十分すぎて動けないでしょ。からかってるぐらいにしか思われないっスって!」
「いやいや、でも相談するだけでも…。」
その俺の言葉を遮るように、俺の後ろの壁に自分の拳を叩きつけた。これは…壁ドン?
「俺…俺様にとって、命と同じくらい大事な彼女は…先輩と同じような事を…言って…殺されたっス!学校も警察も…最初は、大騒ぎしてるだけで、考え過ぎだって…結局は後からしか動かなかった…もう、嫌なんス!身の回りで誰かが死ぬのは…誰かに頼るんじゃなくて、自分でどうにかしないと意味無いって思ったんス!だから先輩!守らせて下さい!!!!」
もの凄い至近距離で、迫真の表情…まるで、不良物のドラマみたいだな…。
まさか、こいつにも同じような過去があったとは…チャラチャラしてるが、根は真面目って奴か…。まぁ、別に守ってくれるって言ってるだけだし、いいか。万が一その殺す的な言葉が冗談で発せられたものだったら、大騒ぎしただけみたいになるしな…。
「わかった、わかったから、その拳どけてくれねぇ?」
「ほんとっスか!?じゃあ、陰からこっそり見守ってます!」
そう言うと、闇雲は俺を突然抱きしめてきた。
「うわ!やめろ!!放せ!!!」
「あ、すいません。」
俺は、やっと身を開放されると、はっと現実を思い出した。
今、授業中じゃねぇか!!!!やばいって!今、授業始まって20分経ってる!
「と、とにかく話はまた今度詳しく聞かせろ!」
俺は、パソコン教室に向かって走り出す。本当は今日聞きたいが、放課後はもう用事あるからな、来週聞こう。
本当に散々な一日だ…。
***
走り去っていく結城を、闇雲は眺めていた。
「あ、ちなみに、殺すって言ったのは俺様っスよ。気付いたら発してた言葉が聞こえちゃったんスよ…。アハハ…陰からこっそり殺せる面白いタイミングを見守りますね~先輩。」
小さい声で結城に語りかけるように一人でぶつぶつと話しながら、笑みを浮かべる。
その笑顔は、まるで悪魔のようだ。
「命と同じくらい大切…あはは、俺様にとっては命は虫けら同然なんスけどねぇ…、言い忘れちゃったっス…。」
結城が見えなくなって尚、ぶつぶつと独り言を言い続ける。
「先生…面白くするための準備ちゃんとしてますよ…クライマックスを楽しみにしてて欲しいっス…あはは…。」