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そろぼちぼっち。  作者: みなみ 陽
短命の人生行路
12/59

日常

痛い、痛い、放せ、放せとくずりながら、無理やり引きずられて歩いている内に、あっという間に家の前まで来てしまった。

「もう、いいだろ、放せよ。」

俺がそう言うと、山吹はやっと、俺の腕を放してくれた。

腕は、まだじんじんと痛む。まじで、山吹怖い。

「お婆ちゃん、結城君をずっと心配しとったよ。前みたいな事があっちゃいけんって。」

山吹は前を向きながら、呟くように言った。

表情は見えないが、夕焼けに照らされた山吹は、切なそうに見えた。

「確かにあったけど…、それは俺が中学3年の時だ。偶然似てただけっていうか…そんなに気にする事じゃないだろ。」

そう、中学3年の時、俺は大切なものを失った。今この時だけを思わせてくれた、昔の事なんて気にしなくさせてくれた人だ。失った時、俺はあの体育館での時のように、頭を押さえながら、叫び続けていたらしい。俺には、その時の記憶が無い。

きっと、俺はあまりにショックで、そうなっただけだと思っている。

今回の事とは、あまり結び付けたくない。似てるけど、状況が違うと思うからだ。

「その時の結城君を元に戻してくれたのは…お婆ちゃんだよね?」

「…。」

俺にはさっきも言ったように、その時の記憶が無い。だが、目が覚めたら婆ちゃんが俺を抱きしめていた。わざわざ、東京にまで来て、一体何をしてたんだろう?と当時の俺は思ったものだ。

その時、婆ちゃんは『正秋、広島に来たいって思ったら、すぐに来んさいよ。』と言った。

その言葉の意味が理解出来たのかと言えば、正直今もあまり理解出来ていない。

中3の進路選択の時、俺は何処か遠くに行くのなら、広島に行きたいと思った。

多分、そう思ったのは、婆ちゃんも爺ちゃんも居たのもあるし、何より、婆ちゃんの言葉がずっと脳内に残っていたからだと思う。

今思えば、ある意味誘導的なものかなとも思う。

「結城君が飛び出していった後、凄く…。」

突然ガラッと玄関の扉が開いた。

「正秋、帰って来とったんか。こんな所で男女二人で突っ立って、何しとんじゃ。木曜日は、畑仕事を手伝う日じゃろうが。行くで。」

爺ちゃんは、そう言うと、家の横にある畑に行こうと、籠を準備していた。

あ~忘れていた。色々あり過ぎて忘れていた。

だが、その前に、こっちの事を済ましておかねぇと。山吹怖いし。

「爺ちゃん!婆ちゃんは!?」

「台所で飯作っとる。」

「すぐに用事済んだら、行くから!…山吹、もう帰ってていいぞ。俺は、そこまでチキンじゃねぇから。」

山吹だけに聞こえるように、最後の部分だけは静かに言った。

「うん、じゃあね。」

そう言うと、山吹は、ゆっくりと歩みを進めていった。

ったく、こいつは俺の保護者か何かか?

このままだと、クソチキンでクズになっちまうからな、漢を見せる時だ。

俺は、家に入り、靴を脱いだ。

家の中には、美味しそうな香りが充満していた。今日の飯は、カレーだろうか。

台所は、玄関入ってすぐ横にあるから、玄関でいつも、何を作っているか基本的にわかる。

台所を確認すると、婆ちゃんがいつものようにそこに立っている。

カレーの入った鍋をゆっくり時計回りにかき混ぜている。

「今日の飯、カレーなんだ。」

婆ちゃんは、ようやく俺に気付いたらしく、こちらに振り向いた。

「あ、正秋お帰り、そうよ、人参を玉葱を大量に貰ったけぇね。他にも野菜炒めも作ろう思うてね、今爺ちゃんに、キャベツ取りに行ってもろーとるんよ、正秋行かんでいいんね?」

婆ちゃんは、もう朝の事は気にしていないのだろうか。もし、そうだとしても、俺は、漢として謝る。

「婆ちゃん、今朝の事、ごめん。」

唐突に、その話題を振り出してしまったが、ようやく言えたと心がスッキリした。

「…別に婆ちゃんに謝らんでも、婆ちゃんより雛乃ちゃんに謝ったほうがええじゃろ、ほんま、あんたは。」

苦笑いを浮かべながら、ガスコンロの火を消した。

雛乃ひなの?あいつ雛乃って言うのか…。そういえば俺、あの時…。俺の頭には今朝の頭痛の時、俺が発した言葉を思い出した。俺は、雛乃の間違いなく言った。俺は、何故あいつの名前を知らないのに…。

「いや、わしに謝るのが先じゃ。」

背後から、どしーんと響くような声がした。

同時に俺から血の気がさーっと引いていくのを感じた。

「あっ…。」

爺ちゃんは、ゆっくりと大量のキャベツが入った籠をどさっと下ろした。

「まぁまぁ、爺さん、そう怒らんと、キャベツ多すぎじゃわ~。」

俺の人生最大のピンチに、婆ちゃんは救世主のように割って入った。

「虫やら狸やらに食われちゃいけんじゃろ~、じゃけぇ、近所の人に配るんじゃ。」

「はぁー、じゃあ、人参と玉葱くれた横田さんに、2つあげようかね~、あと…雛乃ちゃんにも二つあげよう。」

爺ちゃんが、すっとクールダウンしてくれたことに俺は、内心かなり安堵していた。

「正秋、これ今から雛乃ちゃんに、渡してきてーや。」

「は!?俺が!?俺、あいつの家なんか知らんよ!」

「道教えちゃるけぇ、さっさと行く!」

面倒くさいけど、いつもの日常、それをまた感じ取る事が出来た








気が、してたんだ。


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