不穏な香り
俺は、本当に恥ずかしい人間だ。
放課後の帰宅道、俺はずっと自分の醜さに、自分で呆れていた。
自分が悪いと分かっていながら、謝る事も出来ず、悪くない相手に謝らせ、勢いに任せたまま行動してしまう。本当に、どうしようもない奴だ。
いつもは、早く帰りたいと思い、早歩きをするけれど、家に帰るのが嫌で、かなりのっそり、のっそりと歩いている。足が重くて、まるで何かに取り憑かれたような感覚だ。取り憑かれているとしたら、それは自分自身だな。
「ママー、おにーちゃんがぁーーー!!」
急に周りが騒がしくなったなと思ったら、俺はもう近所の公園に来てしまっていた。
その公園では、親子が3組、友達っぽい子供達が6人くらいいた。
恐らく、友達と遊びに来た子達の物だろうが、入り口の向こうには、大量の自転車が置いてあった。
子供達は、奥にある少し広い空き地みたいな所で鬼ごっこでもしているようだった。
親子はそれぞれ一緒に砂遊びをしたり、一緒にブランコをしたり、逆上がりの練習をしている親子も居た。
「もう、リツ、意地悪せんの!ちゃんと貸してあげんさい!」
砂場に居た母親が、兄弟喧嘩の仲裁に入っていた。小さな子供用のスコップの奪い合いをしていたようだった。
「だって、リツのじゃもん…。」
まだ、幼い兄が今にも泣き出しそうな顔で母親を見る。
「これは、リツとココの二人のなんよ。じゃけん、ちゃんと譲り合って使わんといけんのよ。」
俺にも、あんな時代があったのだろうか?俺も、幼い頃、母さんにこんな風に教えてもらっていたのだろうか?俺も、兄弟とこんな風に喧嘩をしていたのだろうか。最近の、東京に居る家族との事を思い出しても、俺の小さい頃の事は思い出す事は出来なかった。
もう、気にしないって決めたじゃねぇか…。今が幸せなら…今が幸せ…?俺は、幸せなのか?
「結城君?どしたん?立ち止まって。」
背後から、突然聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返るとそこには、やっぱり山吹が居た。
「え?あ…花見てた。花。そう花見てた。」
俺は、咄嗟に公園の入り口付近にあった花壇を指差した。
親子をまじまじと見てました。なんて恥ずかしくて言えない!言いたくない!
「そうだったんですか?私は、公園の様子を見ているのかと思いましたよ~。勘違いだったみたいですね。それより、何の花を見とったんですか?」
アウトかセーフか、疑惑的だ。
とりあえず、誤魔化せた事にしておこう。思い込みも大事だと思う。うん。
何の花か?えーっと、あ、あれにしよう。俺は適当によく見る黄色っぽい花を指差した。
「あ、マリーゴールドですね!よく、公園の花壇で見ますよね。結城君は、花が好きなん?」
まさかの問いかけに、俺は、どう答えるべきか悩んだ。
好き?や、好きじゃないけど…。じゃあ、なんで見てたのかっていう事になるよな…。でも、もしここで好きだとか言ったら、花好きとして認定されてしまうのか?それは困る。それは…。
「好きでもあり、嫌いでもある。真ん中だ。」
どっちつかずの返答をしてしまったが、大丈夫か…?
「好きでもあるし嫌いでもある…普通って事ですか?」
「…そういう事だ。」
どういう事だ…。我ながらアホだと思う。よし、逃げよう。でも、早く帰りたくないから、すこし遠回りをしよう。
「じゃ、俺は帰る。」
俺が、歩き出そうとした瞬間、山吹は俺の腕をかなり強い力で握った。
痛い!山吹、力強くない!?その辺の女子なんかより、ずっと強いじゃん。え、こんなに華奢なのにどこからそんな力が?
「痛いんだが、何なんだ。」
俺はなるべく顔に出ないように気をつけながら、振り返って山吹を見て言った。
「一緒に帰りませんか。」
は!?何言ってんだこいつ!
「何で。」
「遠回りするだけじゃ、時間が経つだけですよ。私近所に住んでるから、わかります。今結城君が行こうとした場所を通るとかなりの時間がかかります。」
ひぇ~~~~~っ!!!怖い!色々見抜かれてて、怖い!しかも振り払おうとしても、力強すぎて無理だし!何なんだよ!まじで!
「遠回りしても、いつかは帰らなきゃいけないんですから。さ、ついて行ってあげますから!行きましょう!」
こいつ近所だから、婆ちゃんと知り合いだった…。そう考えると色々納得だ。
そして、俺は、半ば無理やり、こいつと帰宅する事になった。
その様子を陰から見ている女と男が居た。
「そっかぁ~、この辺なんだぁ~。あははっ、愚かな二人がまた、再び巡り合うなんてぇ、素敵!ねぇ、そう思わなぁい?」
女は、朝、正秋を滑稽だの可哀想だのと言った、黒い女だった。
「だねぇ~。ま、俺様は、二人の事は、知らないスけど~。このクソみたいな青春キュンキュンラブストーリーをどう楽しくするつもりなんスか?俺早く見てみたいスよ!」
金髪のいかにもチンピラ感のある男が、チャラチャラと応える。
「お前のために、再放送してやるよぉ。あの女にどう足掻いてもあの男は過ちを繰り返す、お前の望むようにはならないって事を、全く同じ様に見せ付けてあげるのぉ!」
女は、わざと男の足を踏んだ。
「痛っ!痛いスよ!絶対わざとですよね!」
そして、ゆっくりと顔を近づけた。
「嘘吐き男、面白くしてあげるからさぁ…。協力しなさいよぉ…?」
すると男は一瞬、真顔になった様な気がしたが、すぐに不敵な笑みで答えた。
「喜んで。」