竹千代
「名前は、竹千代にする」
竹千代………。
それは、松平家および徳川家の嫡男に与えられる名前。
そして、信康が生存中に産まれた二代将軍徳川秀忠に与えられた幼名でもある。
私はおくるみに包まれすやすやと布団で眠る我が子を見た。
この子は、どんな気持ちだったのだろうか。
産まれた弟が、嫡男の名前を与えられたことに。
「………元康様」
「どうした?
瀬名」
信じたい。
今、私に向けている暖かい眼差しも、我が子に向ける慈愛のある眼差しも。
「お願いがございます。
………もし、この先何があっても、産まれてくる男子に竹千代という名前は与えないでください」
私も死ぬ気はさらさらない。
………けど、この子まで重いものを背負う必要はない。
「元康様の子で竹千代という名を持つ男子はこの子だけだと約束してください」
らしくもないわ。
いつからこんなに私は愚かになったんだろう。
この子は私が死なないための駒。
………………そうだったら、楽だったのに。
「瀬名。
某は約束しよう。
竹千代の名を持つ我が子は、この子だけだ」
見せてくれたのは、半紙にかかれた竹千代の文字。
それが我が子………竹千代の傍に置かれている。
「竹千代………」
私は誓うわ。
貴方のために、私は何でもしてあげる。
悪女は悪女らしく、この家を守って見せるわ。