岡崎
「ここが、岡崎………」
京の人々が「京そのもの」と褒め称える今川とは違い寂れた屋敷が立ち並ぶ。
山頂に見映えの悪い城がそびえる寂しい場所。
それこそが、岡崎。
「奥方様。
こちらで若のご母堂様がお待ちでござりまする」
数正の声にハッとする。
元康さまのご母堂………於大。
私………瀬名と仲の悪かったと言われる人物。
でも。
この町並みを見てたら意気込みも忘れてしまった。
今川のような町を想像していたわけではない。
………これほどまでに、酷かったのか。
人々の着ている着物は薄汚れている。
ちらっと元康さまを見ると、唖然としていた。
………そりゃそうよね、やっと帰ってきた故郷は、この有り様だのもの。
薄汚れた町。
今日からここで私は生きていく。
「お秋」
「………奥方様?」
私は今川から持ってきた西陣織の着物などを侍女のお秋に渡す。
義元さまや父上が私のために用意してくれた着物。
「これを、人々に。
私のお古だけど、売ればそれなりの金になるでしょうから」
「………瀬名‼」
私を止めようとする元康さま。
「元康さま、いいのです。
今日から岡崎は私の故郷。
どうして私の故郷の人々がこのように貧相な暮らしをする必要がございましょうか」
「瀬名………」
そっと握られた手が震えていたことを知っている。
それだけで、充分だから。