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俺の右手がロマンをつかめと轟き叫ぶ!

 これなら大丈夫だろうと、俺は背中に背負っていた荷物を、胸の前に抱え直す。

 そして、足をくじいたマジョリナさんを背負う。

 頭の後ろから感じるマジョ=リナさんの吐息、背中に感じる二つの柔らかな感触。

 何だろう。こんな幸せがあっても良いのだろうか?

 ……俺はもうここで死んでもいいかもしれないっ!


「大丈夫? 荷物もあるから重くないかしら?」

「全然大丈夫です。訓練で鍛えてますから!!」


 むしろ、背中が幸せでおっぱいだ。いや違う。いっぱいだ。

 もっとこの幸せを感じていたいが、地竜のせいでそれもできない。恨めしや地竜!


「口を閉じていてください! 舌噛みますよ!」

「わ、わかったわ!」


 そう言って、俺は持てる全力で地を蹴った。

 ドン教官たちが引きつけていてくれるが、どの程度の時間が稼げるのかわからない。

 ならば、その少しの時間は一歩でも遠く逃げるべきだ。

 そして、その考えは――正しかった。


「後ろから一匹来てるわ!」

「わかりました!」


 やはり、ドン教官といえど全部を引き付けるのは厳しかったか。

 群れから一匹だけこちらを狙ってきている。

 呼吸が乱れ、心臓が大きく脈打つ。

 まずい。地竜が後ろから迫り来るのを身体全体で感じる。

 その重圧のせいで、少しずつ疲労がたまり、身体が重くなってきた。


「――だけでも逃げなさい」


 後ろからマジョ=リナさんが何か言った。

 聞き間違いかと思い「え?」と返した。


「あなただけでも逃げなさい。あなた一人なら逃げ切れるんじゃない? 私は嫌われ者の魔女ですもの。あなたが命を懸けてまで付き合う必要なんてないわ」


 聞き間違いじゃなかった。

 一人で逃げろ。

 そう彼女は言った。


「何を馬鹿なこと言っているんですか! 死にたいんですか!?」

「死にたくないわよ! 私はこんな所で死ぬわけにはいかないのよ!!」


 ぎゅっとマジョ=リナさんの腕に力が込められた。

 背負っているせいで顔は見えないが、きっと悔しさで歯を食い縛っているのがわかる。


「でも、他に方法なんてないじゃないっ……!」


 あぁ、まったく本当に何という人だ。

 死ぬわけにはいかないと叫んだのに、他に方法がないときたもんだ。

 俺は兵士だ。

 だからこそ、自分の命の軽さなんてわかっている。

 高貴な地位にいる人間なら、俺ら兵士に今頃こう言っているだろう。

 自分が逃げるために囮になれ、と。

 なのに、マジョ=リナさんは自分を置いておけと言った。

 そんな気高い女性を、置いていけるわけがない。

 もしも置いていったならば――俺は兵士でも男でもなくなる!


「……わかりました。ですが、その前に一つお聞かせください」

「何よ?」


 心は決まった。

 俺は地竜と一人で戦う。

 だが、それには足りないものがある。

 それは、

「ここから切り抜けられたら、何かご褒美とかありますか?」


「こんな時に何言っているのよ?」

「こんな時だからです。命が懸かっている今だからこそ、大事なことなんです!」


 ご褒美は大事だ。

 心を奮い立たせるためにも、目先の欲望があれば何とか勇気も出せる。


「あぁ、もう! ここから助かったら何でもしてあげるわよ!」

「な、何でもですか!? そ、それは例えば、マジョ=リナさんの、む、胸を触ったりすることもありですか!?」

「おっぱいでも何でも触らせてあげるわよ!!」

「いよっしゃぁぁぁぁぁ――――――――――! その言葉忘れないでくださいね!!」


 言質は取った!

 この世で一番大事なもの。それは約束だ。

 生きる意欲がムクムクと大きくなった。

 今の俺ならば、魔王でも何でも倒せる万能感に溢れている。

 マジョ=リナさんと荷物を岩陰に降ろして、俺は迫り来る地竜と対峙する。


「かかってこいやドラ公!」


 地竜がグルルと唸り声と共に俺を睨みつける。

 どうやらマジョ=リナさんの魔法の効果はすっかりと切れているみたいだ。

 つまり、あっちは万全の体調に戻っているというわけになる。こっちが不利になる条件が増したようにも思えるが、どっちにしろやることに変わりはない。


「オラァ!」


 地竜の側面に回って槍を一突きする。

 ドン教官もボウ=ズもいないので地竜の頭なんて狙えない。

 心臓も分厚い筋肉に覆われているので、余程の正確さが要求されるし、もし槍が心臓を外そうものなら筋肉に締められて槍が抜けなくなる。

 ならば、小さな傷を重ねつつ、地竜の体力を奪っていくしかない。

 牙を爪を連続で襲いくるのを躱す。一撃一撃が当たればただでは済まない重量感だ。集中力を途切れた瞬間が命の終わりを予感させる。

 だが、命の危機にあってなお感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。


「フヘヘ!」


 不意に笑みが溢れた。

 死にそうになっているのに、余裕なんてないのに、何故か笑ってしまう。

 このまま小さな傷を重ねていけば必ず地竜はどこかで膝をつく。

 そこが狙い目だ。その隙を狙って一撃で頭を貫けば、こちらの勝ちだ。それまで、この攻防を耐え抜けば勝ちなのだ。


「俺の輝かしい未来の礎になりやがれ!!」


 グサリと今までにない手ごたえを穂先から感じる。

 このままいけば倒せる――っといけない。

 倒せると思った時こそ最大の隙になるとドン教官から教わったのだ。気を引き締めろ。

 けれど――俺はたった一つ見落としていたものがあった。

 油断もしていない。集中も途切れてなんていない。

 なのに、突然ガクリと膝から力が抜けた。

 体力の限界が先に来てしまった。

 俺にしては信じられないほどの動きと集中力を発揮していたので、気づきもしなかった。考えてみれば当たり前だ。地竜と一戦やらかし、全速力で逃げて途中からはマジョ=リナさんを抱えていたのだ。

 バカか俺は。

 何がこのまま耐えれば勝てるだ。

 すでにそこから判断ミスがあったのだ。

 地竜は俺のそんな無様な姿を待つはずもなく、太い尻尾がブォンと鋭く風を切り裂く。咄嗟に目の前に槍を縦に構えた瞬間――信じられないような重量が槍にかかり、ミシミシと槍がしなって俺は岩壁に叩きつけられた。


「――っがぁ! ってぇな畜生!!」


 直撃は避けられたが、背中に響く衝撃に呼吸が乱れる。

 たった一撃でこれか。直撃だったかと思うとゾッとするしかない。

 こうなったら最後の悪あがきとばかりに、玉砕覚悟で頭を狙ってやろうと思って槍を見たら――槍が真っ二つに折れていた。


「マジかよ……」


 最悪だ。最悪すぎてため息も出ない。

 手持ちの武器はもうないし、折れた槍を投げつけたところで、地竜の固い皮に弾かれて終わりだろう。こんなのナイフ代わりにしかならない。

 嫌な汗が背中を濡らす。手ぬぐいがあればとっとと汗を拭いたい。

 そう思って無意識に懐をまさぐった時――希望がそこにあった。

 死中に活。起死回生の策が土壇場に思いついた。

 これならば、もしかしたら地竜を撃退できるかもしれない。

 だがしかし、これには多大な問題がある。

 後々に問題になりそうな気もするが――考えている時間はない。


「ウオラァァァァァァァァァ――――――――――!!」


 大口を開けて食い殺そうとしている地竜の口内を目掛けて、折れた槍を投げた。

 投げつけた槍を、地竜はいとも容易く嚙みついて防ぎ、そのまま、地竜は自慢の鋭い牙でバリボリと槍を噛み砕いた。


「……っへへ。お前、そいつを噛み砕いたな?」

 端から見れば、最後の悪あがきが失敗したかのように見えただろう。

 だが、俺は折れた槍を投げつける直前に、槍にはとある布を巻きつけておいた。

 その布は――地竜の素材をたらふく詰め込んだ収納用の魔法陣が刺繍された布だ。

 マジョ=リナさんはこう言っていた。



 魔法陣が切り裂かれでもしたら――詰め込んでいた荷物がその場に出現すると。



 そして、今魔法陣は地竜の腹の中に収められている。

 つまり、


「悪食には気をつけろってこった」


 地竜の腹が突如膨れ上がり――爆発した。

 固い表皮を持つ地竜も、内側からではどうしようもないということだ。

 というか、やった自分が言うのも何だがグロい光景だ……。

 血や匂いには慣れているものの、こういった悲惨な死体は何度見ても生理的に気色悪いものがある。解体は素材を綺麗に剥ぎ取るという目的から、ある種の芸術的な要素も入っているので特にそういった感じはしない。

 しかし、この肉がグチャグチャに爆散した感じは何というか気持ち悪い。向こう3日間ぐらいは肉を食いたいとは思わない。

 何はともあれ、全部がギリギリの戦いだった。

 もう一歩も動けはしないと、ヘナヘナとその場に座り込む。


「――大丈夫?」

「マジョ=リナさん……」


 ヒョコヒョコと片足だけで歩きながら、マジョ=リナさんが駆け寄った。


「すみません。貴重な魔法陣と素材をダメにしちゃって」

「いいわ。命あっての物種だから」


 ホッと一安心の息を吐いた。

 あんな高そうな布に魔法陣の刺繍を施したものをダメにしたのだ。

 弁償しろとか言われたらどれだけのお値段になるかわかったものではない。


「それと、ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

「俺は兵士です。国のみんなを守るのが俺の仕事ですから! それに、マジョ=リナさんが無事で本当に良かったです!」


 泥と血だらけであっても、精一杯強がって格好つけた。

 やはり、惚れた女性の前では格好つけていたい。


「私のことはマジョ=リナでいいわ。敬語もいらないわよ。命を預け合った仲に敬語なんて無粋でしょ?」

「へ、あの、それって……」


 マジョ=リナさんが初めて自然に微笑んでくれたように見えた。

 その笑顔に俺はドキッとし、突然のことに泡食って動揺してしまった。

 でも、確かにそうだ。

 兵士仲間でも一度戦場に出た連中とは敬語で話したりなんかしない。


「んーゴホン。無事で良かったよ――マジョ=リナ」

「えぇ、本当に助かったわ――ヘイ=シ」


 ぎこちないながら名前を呼ぶ。

 それがなんともくすぐったい感じがする。


「それはそうと、マジョ=リナ。一ついいかな?」

「何?」

「えーと、地竜を倒した時の約束のことなんだけど」


 今なら大丈夫かもしれない。

 この一歩仲良くなった良い雰囲気に乗じて、戦う前に交わした約束を口にした。


「あぁ、胸を触らせて欲しいって言ってたわね。別にいいわよ」

「ほほほほ、本当に!?」


 ガバッと身を乗り出して聞いてしまった。

 さっきまで疲れ果てていたのに、性欲に正直な身体である。


「えぇ。魔女は約束を交わしたら守る習わしよ」

「おおぃ! 魔女最高じゃねーか!! そ、それじゃ早速!!」


 すぐさま身につけていた籠手を外し、右手が空気に触れる。

 槍をぶん回していたせいで握力が低下してプルプルしているが、これからマジョ=リナのぷるるんを触ることを考えれば、むしろバランスが取れているといえよう。

 いや、もう何を考えているのか自分でもわからないが、何はともあれ大きな果実いただきます!

 と、マジョ=リナの胸が触れるギリギリまで迫った時、


「そういえば、あの魔法陣高かったのよねぇ。具体的には、騎士の一年分ぐらいのお給料程度には」

「……え?」


 さも何でもない風にマジョ=リナが言った。

 いや、何て言った?

 あの魔法陣が騎士の給料一年分って、兵士の給料に換算したら――ぶるり。

 血の気が一気に引いて、怖くなって計算を諦めた。


「あぁ、別に弁償しろとか言う気はないわよ。命を助けてもらった恩人に、そんなことを言うほど私は恥知らずじゃないから。たとえ一週間以上私が手ずから苦労して刺繍した魔法陣がダメになっても全然責める気なんてないから」

「……はい」


 ニコニコとしているマジョ=リナの笑顔が怖い。

 おっぱいに触れる寸前で止まっている俺の右手よ。すまない。俺は地竜と戦う勇気がわいても、この笑顔を超えておっぱいに触れる勇気はない。


「で、ヘイ=シ。私のおっぱい触りたい?」

「は、ははは〜。やだなぁマジョ=リナ。俺ってば立派な兵士だよ? そんな恥知らずな真似するわけないじゃないか〜……」

「そう。良かったわ。約束を破ることにならなくって」

「うん。そうだねー」


 魔女は一度交わした約束は果たす。

 しかし、約束を交わした相手が破棄した場合は別らしい。

 ご褒美の効果もなくなった俺は――限界を超えた意識を放り投げた。

 遠くからドン教官とボウ=ズの声が聞こえた気がしたが、もうどうでもいいよ。

 ぶるるんとした二つの果実を手にする日は――まだ遠そうである。

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