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地龍との激闘。そして、常識は死んだ

 まーた、ヘイ=シ先輩がやらかしてしまった。

 何かやりそうな予感はあったが、やっぱりやりやがった。

 あれだけ魔女に忌避感抱いていたのに、相手が美人だとわかったらすぐに告白をするあの癖は本当にどうにもならないことかと――そっと、ため息を吐いた。

 いつものことながら、ヘイ=シ先輩がやらかしたことせいで、俺ことボウ=ズは先輩のとばっちりを受ける羽目になるのだ。


 こないだなんか、行きつけの酒場に新しく入った給仕のお姉ちゃんが胸がでかくて美人だったので、挨拶代わりにと先輩は求婚をしたのだ。

 もちろん、その求婚すぐに断られた。手厚いビンタと共に。

 その後、俺はヘイ=シ先輩のやけ酒に付き合い、ベロンベロンに酔っ払ったので介抱し、何故か給仕のお姉ちゃんの苦情までも聞くことになった。

 ……不憫すぎるだろ。俺。

 今回はさすがに魔女ということでババア相手だから安心かと思いきや、こっちが驚くほどの美人が出てきてしまった。

 その美人な魔女を見た瞬間、思ったことはたった一つだ。


 ――あ、これまずくない?


 そして、予感が的中した。

 ヘイ=シ先輩は懲りずに求婚したのだ。

 魔女ということであれだけテンションが低かったのに、本当に現金なものである。

 俺個人としては確かにマジョ=リナは美人の部類に入るが、いささか肉つきが良すぎる気がする。個人的にはスラリとした体型の尻が好みなのだ。

 なので、俺とヘイ=シ先輩の好みが被ることはない。

 いつもならば、あれだけ拒否されたらヘイ=シ先輩はさっさと諦めるはずなのに、今回は本気なのか、熱の入れようが違う。熱に浮かれているとも言える。

 完全に周りの状況が目に入っていない。

 何とかマジョ=リナに気に入られたいとばかりに良いところアピールしようと必死だ。必死になればなるほど見苦しいのに、あの人は何も気づいていないのが道化にしか見えない。


 まぁ、あの先輩がアホなのはいつものことなので放っておくとする。

 それよりも頭を悩ませるのが、マジョ=リナが頼んだ仕事の方だ。

 ドラゴン退治とか何を考えているのだろうか。

 しかも、種族は地竜。

 下手を打てば命を落としかねないような生き物なのだ。

 これが俺一人でやってこいとか言われたら、まず間違いなく断って逃げる。

 命賭けてまでドラゴンなんか狩っていられるか。

 だがまぁ、ここには俺以外にも先輩とドン教官がいる。

 俺を含めこの人たちがいれば――いけるはずだ。

 その証拠に、ヘイ=シ先輩とドン教官は余裕綽々と先を歩いている。ヘイ=シ先輩に至っては、マジョ=リナに少しでも気に入られようとアピールしているぐらいだ。

 ……あれ、少し不安になってきた。あの人本当に任務の事覚えているんだろうか?

 いや、きっと戦闘になったらやってくれるはずだ。多分。きっと。


 なんだかんだで俺は兵士になって一年足らずの新人だ。

 だけど、ヘイ=シ先輩は俺より先に兵士をやっている先輩なのだ。

 何せ俺が入隊した時なんて、ちょっと調子に乗って喧嘩をふっかけたらボロクソにコテンパンにされて、終いには「お前の長髪がモテそうでうざい」という理由で髪を剃られてしまった苦い記憶がある。

 先輩の最低なエピソードの一つであるが、その強さだけは信頼している。

 いずれは下剋上をしてやろうと誓ってはいるがな。

 そんな風に考えていたら、ピタリとドン教官の足が止まり「用意をしろ」と短く一言だけ告げられ、俺とヘイ=シ先輩は無言のまま戦闘準備を整える。

 空気がピリリと引き締まるのを感じ、ドラゴン独特の臭気を感じる。

 というわけで――お待ちかねの地竜が現れた。


 さてさて、いっちょやってみるとしますか。


        ◆


 グルルとこちらを威嚇するように地竜は、私たちを睨みつける。

 地竜は、というか、竜種は全般的に頭が賢いとされ、明らかに武器を持っている私たちを警戒していた。《竜の渓谷》では、分かれ道や身を隠す場所も少ない。

 そのせいで、地竜と対面しようものなら、何人かを犠牲にして逃げるか、死ぬまで戦うかの二択を迫られると聞く。

 そうした理由から、一人で地竜を狩るのは厳しいと判断し、私と懇意にしているヒメに相談したところ、城にいる兵士を何名か派遣してもらった。

 確実を期するならば、騎士の方が良かったが、騎士は魔王軍との戦いに駆り出されており、とてもではないが貴重な戦力を貸し出せないと断られ、その末の妥協点が兵士の派遣なのだろう。


 私の名前はマジョ=リナ。魔女を営んでいるものだ。

 現在研究している魔法のために、竜の素材が必要となり、こうして遠出までしてきた。

 本来であれば、金にものを言わせれば流通が少ない竜の素材も手に入れる事ができる。

 だが、勇者達が魔王軍討伐の遠征に出たせいで、国から素材の買い上げが始まり、欲しいと思った頃には素材が無くなり、買うことすらできなくなっていたのだ。まったく、傍迷惑なと頭を抱えた。

 結果、素材がないならば自分で入手すればいいという、ごくごく当たり前の結論に辿り着き、こうして今に至っている。


 最初、派遣された兵士を見た第一印象は「こいつらで本当に大丈夫か?」と心配になった。

 まさか、いきなり兵士の一人であるヘイ=シから求婚されるとは思わなかったのだ。

 呆気に取られたというより、その浮ついた心に腹が立ち、自分でも怖いぐらいの冷たい言葉で断ったはずなのに、諦めもしないその態度に最終的には疲れて放置する事に決めた。

 自分で言うのは何だが、自分の見目は悪くない。

 今までも、そういった目で見てくる輩はたくさんいたし、女として見られること自体は嫌いじゃないが、行動に移されて対応することが、自分の時間を取られることになるため、次第に嫌になってきたのだ。

 今回はこちらから地竜の素材収集を頼んだ手前、こちらが折れることにした。


 道中、ヘイ=シが無駄にアピールしてくる様は鬱陶しいを通り越して面白くもなってきた気もするが、どうせ短い期間の付き合いだと割り切り、好きにさせることにした。

 そんな彼らに地竜退治で、私が支援すると申し出たら断られた。騎士ならともかく、まさか兵士に断られるとは思わなかったため、私は目を白黒とさせた。


 騎士と兵士は違う。


 何が違うかといえば、騎士は貴族がなるものであり、兵士は平民がなるものだ。

 そのため、装備にかける金額、技術を磨くための講師料など、あらゆる点で差があり、結果として、金のお多さがそのまま強さにつながっているのだ。

 だから、まさか兵士が魔法を使える私を重宝しないと思わず、驚いたのであった。

 とはいえ、私は研究者の側面が強く、戦闘においては素人もいいところだ。

 ヒメからも現場責任者の言葉には従って欲しいという手紙を受け取っているので、釈然とはしないものの素直に従うことにした。


 そんな彼らは、それぞれが違う武器を手にした。

 ヘイ=シは槍、ドン=エムは盾、ボウ=ズは双剣を装備している。

 そして、ドン=エムを先頭にヘイ=シとボウ=ズは後ろに下がる動きを見せた。

 私は、その更に後方に位置しており、地竜からは大分距離を取っているので、彼らの様子が全体的に見渡せる。

 だが、そんな位置にいても、彼らが何をしたいのかがまったく予想がつかない。


 かつて、私は騎士団が狩りをしていた光景を目にしたことはある。

 その際は、ドラゴンではなかったものの大型の獣であり、金属製の鎖や網を使用して動きを阻害して、四方から剣や槍で突き刺して狩るというものであった。

 その経験があったことで、兵士である彼らの動きがまったくわからないのだ。


 ――どうするつもりなのか?


 そう考えているうちに彼らが動き始めた。

 まず、ドン=エムが体全体から声を発するように威嚇した。

 その威嚇がきっかけとなり、地竜は彼らを敵と認めて突進してきた。

 体感的には岩が猛スピードで迫ってくるみたいに感じる。

 まともにぶつかれば、自分の体など次の瞬間には挽肉になっていることを思わせるほどだ。

 なのに、ドン=エムは一歩も引くことなく地竜をそのまま待っていた。


 ――何を考えているのっ!?


 その様子を見て血の気が引いて「早く避けなさい!」と思わず叫んだ。あんなものを人間が止められるはずがない。

 私の叫びも虚しく、ドン=エムの元に地竜が衝突した。

 私は、血だるまになったドン=エムの姿を想像し、目を背けた。

 ドガンとした音が聞こえた後、土埃が舞った。

 どうなったのか。恐る恐る目を開いてみると、そこには――盾一つで地竜の突進を盾一つで止めるドン=エムがいた。


 ……まったく意味がわからなかった。


 なぜ地竜の激突に耐えられているのか、なぜ死んでいないのか。なぜ筋肉があんなにも膨張しているのか。疑問は尽きないけれど、どうやら死んでいないらしい。

 私の常識は死んだ気がしたが、そこはどうでもいい。

 地竜がドン=エムにより動きを止めている隙に動きがあった。

 ボウ=ズがドン=エムの陰から飛び出し、両手に持った双剣を地竜の脚の関節の裏辺りを目掛けて斬りつけた。切断までには至っていないが、脚の腱は切断できたようで地竜の重い身体がズドンと地面に崩れた。

 それでも地竜の生命力は凄まじく、多少の手傷を負っていようがボウ=ズへ反撃しようとして尻尾を叩きつけようとする。ボウ=ズは瞬時にそれを躱して距離を取った。

 そして、地竜が忌々しげに地面を這うように動くボウ=ズを注視した瞬間――地竜の頭を一本の槍が貫いた。


 遠目から見ているマジョ=リナからはわかったが、地竜の身体が崩れた時には既にヘイ=シがドン=エムの背中を利用して地竜の頭上へと飛んでいたのだ。

 ボウ=ズの役割は動きを阻害するだけではなく、頭上へと飛ぶヘイ=シを気づかせないようにする陽動の意味があったのだ。地竜がボウ=ズに気を取られていれば、ヘイ=シは気付かれることなく槍を突き刺すことができたというわけだ。

 流れるような連携に、私は目を奪われた。

 なるほど。これは確かに私の協力は不要であろう。

 自分という不確定要素があれば、この連携は成り立たないどころか、歯車を動きを阻害する邪魔にしかならない。

 止めを刺したヘイ=シは、地竜が完全に絶命したことを確認してから、私の方を振り向き、ニコリと親指を立てて笑った。

 調子に乗るなといつもならば言うところであるが、まぁ、仕方がない。

 私の言葉を聞いて、地竜の素材が最上の状態で手に入ったのだ。

 兵士の皆は本当に良くやってくれた。

 依頼人として――褒めてあげなくてはならないだろう。



「まぁまぁね。褒めてあげるわ」



 褒めるってこんな感じで大丈夫よね?

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