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ある日森の中、魔女に出会った

 この国における魔女を語るとすれば一言で済む。

 不気味――ほぼこの一言に集約される存在だ。

 昔から、悪さをしたら「魔女に遠くへ連れていかれるわよ」などと脅かされる。

 外見的には老婆が最も多く、甘い言葉に乗せられた幼子は魔女に連れていかれて、釜茹でにされて食べられると言われてきた。

 どう好意的に捉えても仲良くなれそうにない。

 仲良くなれるやつがいるのだとすれば、そいつは性悪破綻者か稀代の悪人だろう。

 かくいう俺も例に外れず魔女に良いイメージはまるでない。

 王女から命令でない限り、決して魔女に近づきたいとは思わなかっただろう。


「といっても、気が重いのには変わりないんだよなー」

「それに関しては俺も同意っスね」


 ボウ=ズも俺と同じく気が重そうに同意した。

 どんな栄誉な任務かと思ったら完全に汚れ仕事だ。

 綺麗なお姉ちゃんならともかく、相手は婆さんだ。

 前向きになる材料が一つもない。


「ふむ、まったくお前らときたら。きびきびと歩かんか!」


 ドン教官からの注意に、俺とボウ=ズは「へーい」とダルそうに言って、背中には旅路用のバッグを背負い歩く。

 今俺たちが目指しているのは通称『魔女の森』と言われる場所だ。

 王国を出て東に三日ほど歩けば着くところに、ヒメ王女が言っていた魔女がいるのだという。かすかに日が差す暗い森の中、ぬかるんだ地面を歩いていると、嫌が応にも目的地が近いことがわかる。

 何となく口数が少なくなってきて「そういえば」とボウ=ズが暗い雰囲気を払拭するかのように話を振った。


「ヘイ=シ先輩。王女様に会ったっていうのに、珍しく落ち着いてましたよね。いつも通りにがっついて、『俺の嫁になってください!』っていつ言うのかと内心ヒヤヒヤしてたのに肩透かし食らった気分っすよ」

「おいおい。一国の王女にそんなこと言ったら俺死んじゃうじゃねーか」


 こいつの中の俺のイメージどうなってんだ。

 王女にそんなこと言ったら不敬罪で殺されてもおかしくない。

 ただまぁ、ボウ=ズの入ったとおり、王女は確かに美しい少女であると思った。

 だがしかし、そこに王族としての忠誠心はあれど、男としての欲望はなかった。

 だってヒメ王女の胸は――とても慎ましいものであったから。


「おっぱいの小さい王女様に対してがっつくほど俺は飢えてねーよ」

「おっぱい大きかったら求婚してたんスね」

「まぁな!」

「何で誇らしげに言ってんスか!?」


 そりゃ誇らしげにもなる。巨乳には夢が詰まっている。つまり、ロマンがそこにはあるのだ。ならば、そこに欲する俺は男のロマンを目指す冒険家なのだ!

 とまぁ、そんなおっぱいジョークをかましている内に――目的地に着いた。


「えーと、ここ……ですかね?」

「うむ。ここであろう」


 ドン教官に確認すると、ここで合っているらしい。

 さぞかし魔女らしきドロドロとした薄気味悪い家なのだろうと想像していたら、全然違っていた。森の開けた場所に家は建てられており、陽の光が差し込んでいる。

 四方は赤い花が植えられており、丁度森と家を線を引くような形になっていた。

 敷地面積は結構広く、三面ほど畑があり、野菜や薬草花などが青々しく育っている。

 家は王国でよく見かける石造りのものではなく、全体的に木材を使用しており、丸太を組み立てたような形で、ウッドデッキまである王族の別荘みたいに豪華である。


 ――本当にここが魔女の家なのだろうか?


 あまりにもイメージが違いすぎて、困惑してしまった。

 そして、ドン教官は魔女の家の扉のドアノッカーを叩いた。


「ヒメ王女の命を受け、魔女殿の手助けをすべく参りました!」


 魔女が出てくるまで、兵隊の敬礼をしながら待つ。

 奥からパタパタと駆け寄ってくる音がかすかに聞こえる。どうやら、人は本当にいるようで、一体どのような人物が現れるのかとゴクリと喉がなった。

 ガチャリ。ドアノブが回って扉が開いた。

 いよいよかと、どのように恐ろしき人物が現れてもいいように気を強く持つ。

 ところが、魔女が現れた瞬間、俺の心は見事に砕けちってしまった。

 そこには――黒髪をまとめた若い女性がいた。


「よく来たわね。歓迎するわ。入りなさい」


 王女が気品と優しさを含んだ声とするならば、こちらは知性と品性を兼ね備えた声とでもいうのであろうか。聞き惚れてしまいそうなほど、美しい声であった。


「はっ。それでは失礼致します」

「……あれ、先輩入らないんすか?」

「あ、あぁ。そうだな」


 少しばかり惚けてしまっていた。

 二人に遅れて俺も家の中に入った。

 魔女の家というからには、怪しげな液体や薬草に溢れているのかと思っていたが、そうでもないようだ。几帳面さが溢れているのか床にはゴミ一つない。

 他にも部屋があったが魔女が「他の部屋は研究で使っているからウロウロしないでちょうだい」と言われたので大人しく従った。

 その後、居間まで案内され、大きなテーブルを挟んで座った。


「私が普段飲んでいる紅茶だけど、口に合うかしら?」

「兵士なんぞやっておりますので、紅茶をいただけるだけでも、ありがたいことです」

「そう。客人なんて長いこともてなしてなかったら、何かあれば言ってちょうだい」


 浮世離れした人間のようなことを彼女は言う。

 いや、確かに浮世離れしているような雰囲気をしている。

 俺が想像していた魔女は、三角帽子を被り、黒いローブを纏った老女だ。

 せいぜい、彼女に共通しているとしたら黒色ということぐらいだろう。彼女が身につけているのは医者が着るような白衣に、動きやすい黒のシャツとズボンだ。

 魔女だと言われなければ、研究者だと勘違いしてもおかしくはない装いだ。

 そんな彼女の顔は、王国では見慣れない顔立ちをしている。

 見慣れないが決して美しくないわけではない。

 むしろ逆だ。

 年齢は見た目かからは、俺と同じか少し上ぐらいだろうか。夜空のように艶やかな黒髪に、猫のようにキリッとした瞳、スラッとした唇は年相応な色気を醸し出している。


 だが、それ以上に目を引くのは――彼女のおっぱいだ。


 シャツがはち切れんばかりに盛り上がっているそれに、俺の目が離れない。離してくれない。巨乳であるはずなのに形がまったく崩れておらず、もはやおっぱいの究極系ともいうべき俺が夢にまで見た理想の形がそこにあった。


「自己紹介がまだだったわね。私はマジョ=リナ。この森で魔女をやってるわ」

「これはご丁寧にどうも。私はドン=エムと申します。こっちは我が部下の――」


 ドン教官の言葉を食い気味に、俺は一歩前に出た。

 とてもではないが、これ以上は待っていられない。

 この胸の高まりを――今こそ伝えよう。



「マジョ=リナさん。突然のご無礼をお許しください。俺はヘイ=シ。あなたに出逢うために生まれてきました。どうか俺と――結婚してください!」



 彼女の前で跪いて右手を彼女に向かって差し出した。

 隣でボウ=ズが「あんた何言ってんだ!?」と言っているように聞こえるが、どうでもいい。俺の目は彼女の姿を見ることに費やしている。

 魔女が不気味な存在でやる気がなかった?

 ははは、何を言っている。そんなものはもう過去のことだ。


 これは運命だ。


 王国で兵士になって数々の女性と出会ってきた。時には辛いこともあった。

 もう村を出る前にムラ=コちゃんに告白しとけば良かったと後悔したこともあった。

 だが、そんなことは些細なことだったんだ。

 俺は、この人と出会うために生まれてきたんだ!


「……は? 寝言は寝て言いなさい」

「バッチリ起きています。頭から足元まで本気です」

「そうわかったわ。死になさい」

「あなたを守って死ねるなら本望です」

「……ねぇ、この男どうにかしてくれない?」


 マジョ=リナさんはつれない態度でそう言った。

 氷のように冷たい瞳で見られるとゾクゾクしてくる。

 ドン教官ではないが、一目惚れした人からだと、こうも違うのか。悪くない。

 と、そんな風にマジョ=リナさんを見つめていたら、


「ふむ。ヘイ=シよ。こちらへ来い」


 ドン教官に肩をガッシリと掴まれた。

 ええい邪魔をするなと抵抗を試みたものの、ドン教官の屈強な筋肉の前にはなす術なく強制的に廊下まで引き戻された。


「少しは落ち着いたか?」

「すみません、ドン教官。確かに少しばかり舞い上がっていたようです。時に相談なんですが、マジョ=リナさんって魔女ですけど、王国で結婚式をするとなると周りは祝ってくれますかね?」


 結婚は夫婦になる人間にとって、大事な儀式だ。

 村では結婚式を挙げると村中総出で祝いの宴を催す。

 王国となると村とは規模が違うので、教会で親しい連中を呼んで祝ったりする。魔女となると他の連中のイメージは良くないので、マジョ=リナさんの気分を害さないか心配だ。

 くそ、考えることややるべきことが多すぎて困る!

 王国に戻ったらすぐにでも行動に移さなければ――


「ヘイ=シよ。私を見よぉぉぉぉぉぉ――――――!!」


 いきなりドン教官の上半身がはだけて、膨張した筋肉を見せつけられた。

 膨れ上がる筋肉。光の加減によって輝く筋肉。

 しかも、ポーズ付きでがっしりといい笑顔をドン教官は見せる。魅せつけてくる。

 胃の奥から酸っぱいものがこみ上げて来る。

 同時に頭に上がっていた血が下がるのを感じた。


「……ドン教官。あの、落ち着いたんで、本当勘弁してください」

「ふっ。さすがは私の筋肉だな。人を落ち着かせるにはやはり筋肉に限る」


 そんな超理論聞いたこともない。

 というか、早いところ服を着てほしい。目の毒だ。


「時にヘイ=シよ。お前はマジョ=リナ殿に本当に惚れたのか?」

「はい! めっちゃ本気です!!」

「少しは考えんか馬鹿者。初対面の男に求婚されて嬉しいと思う女性がいると思うか?」

「それはっ……!」


 言われて初めて気づいた。

 見ず知らずの男にいきなり求婚される。

 これは、逆の立場で考えてみると恐怖でしかない。

 俺の立場で考えると、いきなり求婚する女がいようものなら、まず悪質なドッキリではないかを考える。同僚の兵士たちは男臭い職場で女に飢えている。

 口では「良い女がいたら紹介してやるよ!」とか言っておきながら、心の奥では虎視眈々と出し抜くことしか考えていない。

 それ故、御目当ての女性が被っていると、途端に足の引っ張り合いに変わるのだ。

 実際、金で女を雇って色仕掛けを頼み、ライバルを蹴落としていった先輩がいたりもした。ちなみに、最終的には先輩たちの争いは泥沼化し、なぜか真っ裸で戦って勝ったら求婚するというわけのわからないものとなり、御目当ての女性からは「真っ裸で崖から飛び降りてこいよ」と蔑んだ目で見られるようになったという尊い教訓があるのだ。

 俺は――なんという愚かな真似をしてしまったんだ!

 打ちひしがれる俺に、ドン教官はグッと肩を掴んで言った。


「なればこそ、これはチャンスだと思うがいい」

「チャンスですか?」

「そうだ。我らはヒメ様の使いで来ている。マジョ=リナ殿に良いところを見せるチャンスではないのか?」

「ドン教官……!」


 その言葉に一筋の光明が見えた気がした。

 マゾヒストの髭筋肉だと思っていたのに、こうも適切な助言をしてくれるなんて。もう教官には足を向けて寝られない。いや、教官のご恩に報いるために、俺も筋肉をもっと鍛えるようにしよう。そうしよう。

 そうして、俺たちはマジョ=リナさんの元へ戻っていった。


「マジョ=リナ殿。この度は我が部下の無礼誠に申し訳ない」

「……まぁ、いいわ。私もあなた達に頼みたいことがあるのだから」


 仕切り直して話を再開する。

 さすがに、俺も舞い上がったりせず粛々と話を聞く。


「それでマジョ=リナ殿が我らに頼みたいことというのは?」

「私がヒメに頼んだことは、私の研究に必要な素材収集よ」


 部屋をよくよく見渡せば、さまざまな素材があることに気づいた。

 見たこともない薬草に宝石、薬品、動物の爪など、何に使うのか全くわからないものが溢れかえっていた。


「なるほど。どのような素材が足りないのでしょうか」

「ドラゴンよ」


 マジョ=リナさんの言葉に、俺たちは驚いてしまった。


「あなた達に頼みたいのはドラゴン退治よ」

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