ヘイ=シとマジョ=リナ
「ゼンセン都市は、勇者に討伐されたはずのジュウ=オウが実は生きていたことにより復習の足掛かりとして破壊され、そのジュウ=オウはマジョ=リナの協力のもとドン=エム率いる専属小隊により討伐された。しかし、最後ジュウ=オウはその身に仕込んでいた死ぬと大爆発を起こす呪いがあったので、マジョ=リナの開発した転移魔法によりヘイ=シの故郷の村へと送られた――この報告書の内容で間違いありませんか?」
「はっ。終盤に関しては私が気を失っておりましたが、ヘイ=シとマジョ=リナ殿に質問したところ、両名の内容が一致しているため、間違いはないかと思われます」
……頭が痛くなったどころの話ではない。
こんな報告書一体どうしろというのだ。
「何一つ明るみに出せないではありませんか……」
この事実がどれか一つでも公表されようものならば、王国が潰れかねない。
癪なことであるが勇者達の存在は、王国では希望の象徴となっている。
それなのに勇者が倒したはずのジュウ=オウが生きていて、ゼンセン都市を破壊したと分かれば、勇者伝説に傷がついて国民の希望への信頼が失墜する恐れがある。
幸いなことに、ジュウ=オウは人獣型ではなく魔獣型であったため、それがジュウ=オウであると一致する人間はいなかったようだ。
大型の魔物が勇者を襲いに来たが、王国から派遣された兵士が『ただの魔物として退治した』ということで片付けられる。
しかし、ジュウ=オウの襲撃よりも私の頭を痛くさせたのは、マジョ=リナが開発してしまった転移魔法の方だ。マジョ=リナの作る魔法具は大概規格外であると認識していたが、それでもまだ足りなかったようだ。
転移魔法とは――もはや物語の中でしかあり得ないような伝説の代物だ。
自分で魔女になってほしいと懇願しておいてなんだが、少々早まったかもしれない。
そんな魔法の開発に成功したとか、マジョ=リナは天才という言葉でも測りきれないレベルだ。あの子はもう初代魔女を超えているのではなかろうか。
私たちにも転移魔法の存在を教えていなかったことから、彼女の中でも切り札として温めておきたかった魔法具だろう。
今回のようなことでもなければ、ずっと秘密にしていたかったに違いない。
かといって、転移魔法を下手に運用しようものならば、要人の暗殺がいとも容易く達成できてしまう恐れがある。個人でこっそり使用する分ならば問題ないかもしれないが、どこでどう情報が漏れるかわからないので、一度使わないと決めたならば使うべきではない。マジョ=リナの方にも厳重に言い含めておこう。
「ドン=エム。あなた方の部下にはくれぐれも転移魔法について口外しないよう注意しておいてください。口外してバレた時には――極刑も覚悟してください」
「御意」
ここまで言っておけば大丈夫だろう。きっと。
それでもマジョ=リナは放って置いたら何の魔法を開発するかわからないので、これまで以上にドン=エムに監視を強化する必要がありそうだ。
もしも、彼の部下たちが転移魔法をばらした暁には「死ぬ方が良かった」と思うぐらいの責め苦をして差し上げましょう。私直々に。
――うふふ。少し楽しみになってきました。
それはそれで悪くはないが、そんな楽しみが来ないことを祈る。あら、本当ですよ?
「あと、ジュウ=オウが転移したハジマリ村のことですが、どうなりましたか?」
「それに関しては、丁度本日報告がありましたので、こちらをどうぞ」
すっとドン=エムが差し出した報告書を読む。
ジュウ=オウが転移されたと思われる時間に、ハジマリ村の名物とされる鎮魂池にて突如大きな水柱が上がった。
村人たちも何が起きたのかわけがわからず、間が悪いことにその直前にはハジマリ村の村長が『偶然にも足を滑らせて』池に落ちていたが、水柱が上がったおかげで村の畑に打ち上げられ、止まっていた心臓が再び動き出したとのことだ。
現地の調査員からの報告によれば、生死の境を彷徨った村長を治療院に連れて行かなくて良いかと調査員が尋ねところ、村人一同「こんなのは日常茶飯事なのでお気になさらず!」と良い笑顔で見送られたそうだ。
さらに最近は日照り続きだったので、鎮魂池の水が散水されて助かったとのことであった。爆発による影響や被害は奇跡的に何もなく、むしろ天からの恵みだと村人全員が喜んでいるとのことだ。また日照りに困ったら「もう一度村長を池に入れてみるか!」と、冗談を言えるぐらい村人たちは明るかったとのことだ。
「……まぁ人命が助かったようですから、特に何もしなくて大丈夫かしら?」
「恐らくそれで良いかと。転移させた張本人のヘイ=シにも聞きましたが、村に何らかの損害があっても気にしなくて大丈夫だと言っておりましたから」
報告の所々に気になる点があり、どうして村長が池に落ちていたのかも多少気になるが、ジュウ=オウの自爆による損害がないようで何よりだ。
これで一通りの報告は完了したので、あとは褒賞の話をするだけだ。
「ドン=エム。ジュウ=オウを倒したあなた方は、本来ならば英雄として称え、その労に報いたいところであります。ですが、勇者達の失点を隠すために褒賞を与えることはできません。力のない私を許してください」
「いえ、王国の未来を考えれば当然のことだと理解しております」
「ありがとうございます。大型魔獣の討伐に関しては通常通りの褒賞は出ますので、心ばかりでありますが多少色を付けさせています」
「ヒメ様のお心遣い感謝します」
これで小難しい話は終わりだ。
あれやこれやと根回し、誤魔化しなどの対応に追われて大変疲れた。
マジョ=リナと縁を結ぶことを決めたのは自分だが、さすがにこうも立て続けに問題を起こされてはストレスがたまり美容に悪い。
「ねぇ、ドン=エム。私のストレス発散に少し付き合っていただけるかしら?」
「無論。ヒメ様の健康が損ねることがあれば大問題ですからな」
さすがはドン=エム。素晴らしい忠誠心だ。
ドン=エムを重用している理由は、素晴らしき兵士ということはもちろんであるが、それ以上に自分の趣味に喜んで付き合えるのは、この男しかいないからというのもある。
嗜虐的な笑みが沸々と湧いてくる。
そして、私はドン=エムの尻を気がすむまで蹴り叩いたのであった。
◆
「まったくあの勇者達は本当に使えないわね! 今回のことでよくよく痛感したわ!!」
「お、落ち着いてくれマジョ=リナ! 勇者様の批判は抑えて!」
ゼンセン都市から帰ってきた俺たちは、身体の傷を癒してようやくジュウ=オウを倒したことに対する慰労会を開催した。恒例となったマジョ=リナの勇者批判を聞いて宥めるまでが一連の流れと化した。
「それにしても、今回のことは残念っスよねー。俺たち一躍英雄になれるチャンスだったじゃないっスか?」
「お前はいつまでもグチグチ言ってんじゃねーよ。事情はヒメ王女から聞いた通りだろ。それに、お前途中でぶっ倒れてただけじゃねーか」
「そうよねぇ。ボウ=ズの小物感には本当にガッカリさせられたわ」
「……グウの音も出ないっス」
途中で粋がってジュウ=オウに速さ勝負に敗れるという情けない結果に、帰った後もボウ=ズは凹んでいた。調子に乗らないように坊主頭にしたはずなのに、まだまだ訓戒が足りないようだ。
「お前は明日からドン教官による地獄の筋肉トレーニングな」
「それとも、さらに素早さを上げるために全身脱毛する?」
「あんたら魔王軍より最悪っスね!」
すっかりマジョ=リナも坊主いじりがわかってきたようで、ボウ=ズに対して頭の毛でからかうようになってきた。ジュウ=オウにすら通じた魔女の薬の効果を俺たちは身をもって知っているので、ボウ=ズはガクガクと震えながら頭を押さえている。
「大体ヘイ=シ先輩だって人のこと言えないじゃないっスか。いくら慌てたからって、ご自分の故郷にジュウ=オウを送るとか頭おかしいんじゃないっスか?」
「うるさいよ。あの状況で他に思いつかなかったんだからしょうがないだろ。それにドン教官からも池で爆発したから特に問題はなかったって言ってただろ?」
ドン教官からは村は無事だったと聞かされた時は驚いた。
迷惑が掛からない場所と聞いて真っ先に思い浮かんだのが『滅んでしまっても仕方がない』で済ませられる場所が、俺の生まれ故郷のハジマリ村だったのだ。
詳細な報告ではジュウ=オウの爆発で、むしろ池に落ちた村長が飛ばされて助かったと聞き、ドン教官は「良かったではないか!」と笑っていたが俺は苦笑しかなかった。
偶然村長が沈んでいたわけがないだろう。
どうせまた村の連中が、奇行に走った村長を池に沈めていたに違いないと確信を持って言える。そんでもって、悪運の強い村長がまたもや生還したとか本当どうなっているんだ。
しかも、それどころか水不足に困っていたら「また村長を沈めたらいい」とかジョークを言っていたという報告を見て、彼らなら間違いなく実行することも容易に予想がつく。あんな魔王軍幹部が自爆するなんて機会そうそうあるわけがなかろうに。
やっぱりあの村は今のうちに滅ぼしておいた方がいいんじゃないかな。
あの時、村の鎮魂池をイメージしたばっかりに惜しい事をしてしまった。
次の機会のために、きちんとイメージトレーニングをしておこうと決めた。
そんな、俺が心の内に秘めた決意をしていたら、
「ちなみにマジョ=リナさん。前から聞きたかったんスけど、研究が完成したら元の世界に帰るんスよね?」
「もちろん。そのつもりよ」
いきなりボウ=ズが不穏な事を聞き出してきた。
……こいつ一体何を聞き出すつもりだ?
「例えば、この世界で結婚したらどうするんスか?」
「ごふぉっ!」
飲んでいたビールを思わず吐き出してしまった。
ビールが気管に入ってゴホゴホと咽せてしまい会話の流れを止められない。
「どうするも何も、結婚するつもりがないから普通に帰るつもりよ」
「……そうなんスか?」
あっさりと返すマジョ=リナに、ボウ=ズは拍子抜けしたようだ。
それでも結婚するつもりがないという言葉に、若干俺は凹んでしまった。
ジュウ=オウの戦いの時に、結構格好良いことを言ったつもりだったが、あまり意味はなかったみたいだ。
……まぁ、最後までマジョ=リナに頼りっきりだったからな。
仕方がないとはいえトホホとため息をつきそうになったところ、
「えぇ、ただし――ヘイ=シ次第だけどね」
マジョ=リナはニヤァと意地悪そうにこっちを見て言った。
酒を飲んで顔が赤く見えるので、いつもより魅惑的に見える魔性の笑みだ。
「え、それどういうことっスか?」
興味津々にボウ=ズが顔を輝かせて前のめりに聞く。
そこで今更ながらようやく気がついた。
まさかボウ=ズの奴、今までいじられまくってきた意趣返しで、マジョ=リナからネタを聞き出そうとしているのか!?
「私のことを惚れさせてみせるんだって」
「マジっスか!?」
ニヤニヤとマジョ=リナがこっちを見て、ボウ=ズは俺がそんなことを言っていたとは思わず驚いていた。報告書には戦いのことしか書いていなかったので、ドン教官やボウ=ズにはこのことを教えていなかった。
なんかエロい話とかは別に恥ずかしくないのに、自分のマジな恋話をされるとものすごく恥ずかしくなるのは何故だろうか。
いやしかし、このマジョ=リナの態度から察するに、意外とこれは期待できるパターンじゃなかろうか。経験不足がこういう時悔やまれる。
するとボウ=ズが、
「ちょっ、ヘイ=シ先輩。これもしかして、マジでいけるんじゃないっスか?」
「お、おおう。お前もそう思うか。俺もそんな気がしてきた!」
ヒソヒソと耳打ちしてきた。
酒を飲んで気分が大きくなっていたせいもあって「今ならばもしかしたらいけるかもしれない!」と思った俺は、景気付けにグイッと酒を煽って、マジョ=リナに手を差し出し言った。
「マジョ=リナ。俺と結婚してください!」
「いいわよ――ただし、ヘイ=シが魔王を倒せたらね」
なるほど。そうきたか。
魔王を倒したらか。
うんうん――言質は取った。
証人はボウ=ズだ。
「聞いたかボウ=ズ! 俺が魔王倒したら結婚してくれるんだって!!」
「あんた遠回しに断られてるんっスよ! いい加減気づいてください!!」
そんなことは知らんな。
相手が魔王だろうがなんだろうか、マジョ=リナとの結婚のためならば、どんなことだってがんばれるし、何だってしてやる。
何故なら俺は――異世界勇者とは何も関係のない魔女を守るただのヘイ=シなのだから。
これにて一旦終わりとなります。
感想などに再開を望む声などがあれば、続きを書こうと思います。




