魔王軍幹部ジュウ=オウ VS ヘイ=シの戦い決着!
ジュウ=オウはヘイ=シたちの視界から消えると愉快に笑った。
勇者たちへ復讐するために待っていたはずなのに、来たのはただの兵士の小隊だ。勇者でなかったことにがっかりとし、勇者たちにやられる以前ならば見逃しただろうが、復讐の炎に燃える今となっては、見逃すわけにはいかなかった。
どうせすぐに終わる戦いだと思っていた。
なのに、予想に反して彼らは反撃を仕掛けてきて、絶対の防御を誇る黄金の毛皮を破り、とうとう人獣型まで引きずり出したのだ。
見事の一言に尽きる成果だ。
その戦果には、あの魔女の存在が大きいのはわかっている。
一時撤退のために放った霧の魔法も素晴らしかった。どれだけ走ろうとも霧がまとわり付き、いつまでも抜け出すことはできなかった。
さらには、鉄よりも固く、羊毛よりも柔軟に溢れている毛皮を、魔法を使うことによって普通の武器で切り裂けるまで防御力を低下させたのだ。恐るべき魔法の冴え。あの魔女の存在を放置すれば、それこそ勇者に匹敵するほどの傑物になるであろう。
だが、それ以上に自分を驚かせたのは――あの若き兵士だ。
恐れを抱きながらも守りたい女を守るべく勇猛果敢に攻めて来た。
もう立ち上がることもないほどの力で殴ったのに、気合で痛みをねじ伏せ立ち上がってきたのだ。
だからだろうか。
あの兵士は――どことなく自分の部下たちを彷彿とさせる。
気のいい馬鹿な連中であった。もう二度と会うこともできないが。
一抹の寂寥が胸を過ぎた。
「時間だな」
感傷は捨てろ。もう決めたはずだ。
どのような相手で勇者への復讐を果たすまでは殺すだけだ。
再び若き兵士の元へと戻る。
「別れの挨拶は済ませたか?」
「残念だけど勝ってこいって尻叩かれたもんでね。挨拶は今度にさせてもらうわ」
闘気にみなぎった雄々しき瞳をしている。
死を覚悟した人間のそれではない。
つくづく愉快な気分だ。名も知らない若き兵士にジュウ=オウともあろう者が、ここまで高揚させられようとは。
――認めよう。目の前にいるこの雄は我が『敵』として戦うに値する男だ。
「既に知っているだろうが名乗っておこう。魔王軍幹部ジュウ=オウだ。冥土の土産に我の名を持たせてやろう」
「そりゃどーも。俺はイ=ワルド王国で兵士をやっているヘイ=シってもんだ。大した名でなくてすまないが、惚れた女を守るためにあんたをぶっ倒す」
惜しい男だと思う。もしも人間でなければ配下に欲しいぐらいだ。
だが、一度敵と認めた相手に情けや加減など不要。
全力で戦ってこそ武人の礼儀というものだ。
ヘイ=シは剣から槍に持ち替えている。
先ほどの攻防では我が毛皮を刈り取るがために刀身の長い剣を選択していたのだろう。これが奴の本来の得物であることは構えから察せられる。
開始の合図は互いにいらなかった。
二人の目が合った瞬間に戦いが始まった。
ジュウ=オウがヘイ=シの間合いに一足飛びに入ろうとするも、ヘイ=シは槍を薙ぎ払って防ぐ。槍は長物であり迂闊には近づけない武器だ。突き刺し、穂先を振り下ろすことで相手を切り裂き、懐に入り込もうとも柄や石突きにて打ってくる。
「いいぞ。中々やりおるな」
「調子に乗ってんじゃねぇぞこの野郎!!」
ヘイ=シは拙いところもありながらも、ジュウ=オウの動きに惑わされずに槍の基本を押さえた動きをしている。教えた者の指導が良かったに違いない。
無論、ジュウ=オウは歴戦の経験から槍の攻略法など知っている。一番簡単なのは槍を破壊することで、石や壁に穂先を突き刺すよう誘導して折るなどがある。もう一つは槍はその長さゆえに、一度先っぽの方を足で踏まれたりしたら簡単に動かせなくなるなど、対処法はいくらでもある。
しかし、そのような勝ちはジュウ=オウが矜持に削ぐわない。
戦には戦場なりのルールがあり美意識がある。
圧倒的に身体能力で勝っている自分が、脆弱な人の身であるヘイ=シに対して、武器を破壊して勝つような真似など美しくないにもほどがある。
敵として認めた相手には正々堂々と真っ向から勝つ。
それがジュウ=オウの矜持というものだ。
槍と爪がぶつかり合って火花が飛び散る。
血と汗の匂いが混じる戦場でこそ感じる高揚感に酔いしれそうになる。いつまでも戦っていたいと思うのは、武人の本能か、または獣としての本能だろうか。
だが、いつまでも戦いに興じてばかりはいられない。
仕切り直すように距離をとった。
今までの戦いからわかったことがある。
ヘイ=シは槍を突いてから戻すまでの動作が恐ろしいまでに速い。たとえ、わざと槍を突き刺すように誘導したとしても、一瞬のうちに槍を戻して刺してくる。
それを見てジュウ=オウは思わず笑いそうになった。
相手が最も得意としているものを打ち破ることこそ、戦いの本質というものだ。
そして、ジュウ=オウは常に相手の全力を受け止め破ってきた。
それこそが我、ジュウ=オウという者の本能であり本質であり本懐だ。
互いに一旦距離を取った。
最後の攻防と感じ取ったのか、ヘイ=シもまた息を整える。
そして、ヘイ=シはぐっと息を大きく吸い込み向かってきた。
今までで最も速い突きだ。迷いがなく実に素晴らしい一閃。ジュウ=オウは目の前まで迫るヘイ=シの槍をカッと目を見開くき刹那の交差見切り躱した。
すぐさまヘイ=シは槍を戻す。再度、槍を突く動作に入るに違いない。
だが、ジュウ=オウはそれを許さない。
ジュウ=オウはヘイ=シが戻す槍と同時に全速力で地面を蹴った。槍の引きと同等の速度で懐まで入った瞬間、全体重と全速力を乗せたジュウ=オウの拳がヘイ=シの腹へと吸い込まれるように振り抜いた。
「よくぞ我とここまで戦えた」
その言葉と共に、ヘイ=シは「ガハッ!」と血の混じった胃液を吐き出し地面の上をゴロゴロと転がっていった。
全力で殴って立ち上がれた者は、未だかつて一人としていない。
せめてもの情けだ。
苦しむ時間は少しでも減らしてやろうと引導を渡してやろうとヘイ=シに近づこうとして、
「其方……本当に人間か?」
ジュウ=オウは恐れ慄き言葉が震えた。
槍を杖代わりにしてヘイ=シがヨロヨロと立ちあがったのだった。
有りえない。
歴戦の猛者達といえど立ち上がった者など誰もいなかったのだ。それを自分が認めた男とはいえ、たかが人間の兵士が立ち上がってくるなど有り得るわけがないのだ。
「人間、だよ……馬鹿野郎が。……弱くて、一人じゃ何もできねー……ちっぽけな人間だよ。こんちくしょう……!」
吹けば倒れるような有様なのに、蝋燭が燃え尽きる最後の炎の煌めきのようにヘイ=シは力強く吠えてくる。死に際の獣こそが一番手強いとはまさにこのことだ。
「……惚れた女が見てんだ。負けられねーんだよ。掛かってこいオラァ!」
「グウオオオォォォォォォ――――――――――!!」
この男は――未熟である今この時この場所で殺しておかねばならない。
魔王軍の幹部として、武人として、獣としてジュウ=オウは恐れを振り払うかのように雄叫びを上げた。今度は見誤らない。確実にしとめるために拳などではなく、鋭き五指の爪を奴の胸に突き刺してやる。
そう決めて一歩目を踏み出し――突如、ジュウ=オウの体が空へと押し上げられるかのように弾かれた。
「何だとっ!?」
何が起きたのか全くわからず困惑した。
一体何故自分の体が宙に飛ばされてしまったのか。
混乱する最中、ジュウ=オウの眼が地面に落ちている一枚の紙の札を目の端に捉えた。怪しげな模様が描かれている紙を見て、ジュウ=オウは悟った。おそらくは魔法具の一つだと。
――まずい!
獣の本能が罠を仕掛けられたと警鐘を鳴らす。
ヘイ=シはあれ程の激闘の最中に、このような罠を張っていたのだ。文字通り命懸けで。どうにかしなければならないのに、宙に浮いている間ではどうにもならない。
焦るな。冷静に考えろ。
幸いにも、ヘイ=シは動くにしても致命傷に近い傷を負っていて素早い動きはできそうもない。ならば話は簡単だ。地面に降り立った瞬間、体勢を整えて対処をすればいいのだ。
そして、ジュウ=オウの足が地面に着くと同時に――蒼光が周囲を覆った。
「あ、脚が凍っただと!? ……ぐあっ、動けんっ!!」
パキパキっとジュウ=オウを中心に地面と脚が凍ってしまった。
どれだけの力を込めようと動くことすらままならない。それどころか、凄まじい冷気が徐々に上半身の方まで侵食してくるほどだ。
「だから言っただろ。一人じゃ何もできねーって」
一歩ずつ進むヘイ=シが自嘲気味に笑った。
それを見たジュウ=オウは、ようやく悟った。
――自分はこの男に敗れるのだと。
一人では何もできないだと?
そんなことは当たり前だ。
魔王軍幹部として生きていた自分ですら一人では何もできないのだから。
復讐すら満足に果たせず、この様なのだ。
それに引き換え、この男はどうだ。
惚れた女を守りたいと言って吠えて、立ち上がってきたのだ。
一人では何もできないのではない。
誰かが仲間がいるからこそ――何かを成せるのだ。
だから、
「俺の勝ちだ。ジュウ=オウ!!」
部下を、仲間を失った自分が、この男に勝てる道理などどこにもなかったのだ。
不思議と後悔はない。
ただ一つ、部下たちには心の中で「済まぬな」と告げた。
魔王軍幹部の最後の姿を飾るにふさわしい一言を、目の前の戦士に捧げよう。
「見事だ――ヘイ=シよ」
そして、ヘイ=シの槍がジュウ=オウの胸を貫いた。
魔王軍幹部ジュウ=オウとヘイ=シの戦いは今ここに終わった。




