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魔女の薬は危険ですので用法用量を守ってお使いください

 マジョ=リナの言っていた通り、およそ五分で霧が薄くなりジュウ=オウの巨体が徐々に輪郭を露わにしていった。


「逃げたとばかり思っていたが――命を捨てる覚悟を決めたか?」


 たとえ五分間の間逃げたとしても絶対に追いつく自信があるが故の余裕。

 俺たちも当然それをわかっていた。

 逃げ場などどこにもない。

 生きるならば勝たなければならないと。

 だから、弱気などとうに捨ててきた。


「ふざけんなこの猫野郎が! 吠え面掻かせてやんよ!!」

「グハハ! 我をジュウ=オウと知りながらなお吠えるか」


 黄金の獅子がこれでもかと口を開いて笑う。

 まるで太鼓のような重低音がビリビリと腹に響いてくる。


「その自信の源は、そこの娘だな? 先ほどの魔法は素晴らしいものであった」

「それはどうも。お気に召したのなら、まだまだお代わりは沢山あるわよ」


 マジョ=リナがつくづく凄いと思った。準備がないと効きそうな魔法がないと言っていたのに、ジュウ=オウ相手に息をするようにハッタリをかましている。事情を知っている俺ですら「え、まだ使える魔法あるの!?」って気になる。


「其方らも意思は同じか?」


 ジュウ=オウがドン教官とボウ=ズを見て言う。


「正直、俺としては見逃してもらいたいところなんスけど、ここで逃げたら怖い先輩と魔女からいじめらそうなんでぶっ倒させてもらうっス」


 一番逃げそうな男が言うようになったものだ。それに安心していいぞ。

 もしもお前が逃げた時は、俺が責任を持って地獄に送ってやるからな。


「私は過去にジュウ=オウ殿と戦ったことがあります。その時の借りを、今ここで返させてもらいましょうぞ!」


 過去にジュウ=オウと戦ったことのあるドン教官の戦意はバッチリだ。

 それなりの期間師事を受けている俺でさえ、ドン教官がいち戦士としての顔を見るのはこれが初めてだ。ジュウ=オウに負けず劣らずの野性味あふれた獰猛な顔で笑っている。

 俺たちの意思は一つとなった。


「では掛かってくるがよいっ!!」


 開幕に俺、ボウ=ズ、ドン教官の三人はバラバラに駆け出す。

 通常の隊列では、ドン教官が盾役として前に出て、俺とボウ=ズがその隙に敵を倒すよう訓練している。最初にジュウ=オウと戦った時も同じ戦法を取ったが、攻撃が通らなかったため無意味に終わった。

 その隊列を崩す理由はただ一つ。

 ジュウ=オウの注目を俺たちに集めることだ。

 ジュウ=オウは先ほどのマジョ=リナの魔法を警戒しているから、俺たちの動きが変われば何かをやってくるに違いないと考えるはずだ。

 そして、その注意を最大限引くために、俺たちの中で最も足が速いボウ=ズがジュウ=オウに向かって全速力で向かった瞬間、


「マジョ=リナ!」


 俺はマジョ=リナに合図を送った。

 ジュウ=オウはボウ=ズに注意を払っているため反応が一拍遅れ、ボウ=ズはそのまま全速力でジュウ=オウの横を何もせずに駆け抜ける。


「水の精霊よ 我に力を与えん 水刃!」


 詠唱が終わり魔法が発動し刃の形となった水がジュウ=オウに向かって放たれる。

 だが、 


「この程度躱すまでもないわっ!」


 水の刃はあっさりとジュウ=オウの体に当たって――弾かれた。

 水の刃は壊され、水飛沫となってジュウ=オウの体を濡らすだけに終わった。


「まさか、今の魔法が切り札だと我を愚弄する気かっ!!」


 愚弄する気など欠片もない。

 そして、今の魔法が切り札だということも――間違っていない。

 これで全ての準備が整った。


「バーカ。俺たちの反撃はこっからが本番だよ。行くぞボウ=ズ!」

「了解っス!」


 ジュウ=オウの両側面に散っていた俺たちは同時に襲い掛かる。

 自慢の毛皮の防御に自信があるジュウ=オウは当然のように刃物への警戒など抱かない。

 ――その余裕も今だけだ。

 槍から片手剣に持ち替えた俺は、小難しいことは考えず力任せに剣を毛皮に対して切りつける。剣が黄金の毛皮に直前まで迫り――スッと剣が空気を切るかのように抜けていき、ジュウ=オウご自慢の毛皮がキラキラと宙を舞った。


「よっしゃぁ! 効いた!!」

「何だとっ!?」


 喜ぶのも束の間、俺たちは間髪入れずに毛皮を切り裂くことに全力を尽くす。

 雑草を刈るのは故郷の畑でどれだけやり込んだと思っている。

 あれよあれよとジュウ=オウの毛皮の先にある地肌が見えた。


「調子に乗るなよ小僧どもがぁぁぁぁぁっ――――――――!!」


 自慢の毛皮が刈り取られたジュウ=オウが激昂する。

 人間の男よりも太そうな前足と尻尾がそれぞれ俺とボウ=ズに迫る。

 毛皮を刈ることに熱中しすぎて躱すのがギリギリとなり、目の前を「ビュンッ!」とした音が見えるかのごとく通り過ぎた。

 冷や汗がブワッと背中に浮かび軽く死を意識した。

 だが、危険に見合っただけの成果はできた。


「ジュウ=オウよ。見るがいい」


 武器を持ち替えたのは俺だけじゃない。

 ドン教官は普段は教導の目的から盾役をしてくれているが、本当の獲物は別にある。マジョ=リナの収納用魔法陣が使えるとわかってから、運搬の邪魔にならないと持ってきていたのだ。

 ドン教官はゆらりと全身を脱力させ、人ほどもありそうな巨大な槌を振りかぶった。


「これが今の私の筋肉(ぜんりょく)だ!!」

「ヌウウウゥゥゥッッッ!!」


 風ごと叩き潰しそうな轟音が鳴って、ジュウ=オウの腹に吸い込まれるように槌が打ち付けられる。メキメキと骨が折れる音がした。

 しかも、それだけに留まらずドン教官の血管が破れんばかりに力を込め、家のような大きさのジュウ=オウが吹き飛ばした。


 ……最早人間の所業じゃないと思えるほどの破壊力だ。


 黄金の毛皮を削ってからのドン教官の全力攻撃は、ジュウ=オウに確かな傷跡を残すことができた。余裕綽々の態度から、傷跡をかばうようにこちらを睨みつけてくる。

 あの人間にとっての絶望と恐れられた魔王軍幹部と互角に渡り合えたことに、腹の中が熱くなった。


「我の自慢の毛皮がこうも容易く断ち切られるとは……。そうか、先ほどの魔女の魔法には防御力低下の呪いでも掛けていたのだな」


 結論だけは当たっているだけに微妙に突っ込みづらい。

 俺たちの誰もが黙る中、


「……えぇ、そうよ!」


 ジュウ=オウの分析の結果に、マジョ=リナが自信満々に返答した。

 もちろん、そんな魔法をマジョ=リナは掛けていない。

 本当すみません。

 防御力低下の魔法でもなんでもなく、水魔法にボウ=ズの毛根を殺すための脱毛薬と除毛薬を混ぜだけのものだとは凄く言いづらい雰囲気だ。

 あの『毛』さえどうにかなればと連呼したからこそ思いついた策だ。

 まさか、ここまで効果が高いとは思わなかった。

 こんなものをボウ=ズの頭にぶっかけた日には、あいつの毛根は一生死滅することになるだろう。別に構わないけど。

 ともあれ、気を取り直して行こう。


「攻撃が通ればこっちのもんだ! 次は風穴空けてやる!!」


 剣や槍が通じなかった絶望感などもうどこにもない。勢いはこちらにある。

 なのに、ジュウ=オウは追い詰められるどころか、さらにギラギラとした闘気を漲らせた眼でこっちを見てくる。


「グハハ。これは少々其方らをなめていたようだな――この姿のままでは勝てぬな」

「それってどういう――」


 意味だと言い切る前に、ジュウ=オウの体から爆発するかのような蒸気が発せられた。


「ヌォォォォォォォォ!!」

 迂闊に近づけないほどの熱量。自爆かと一瞬思ったが違う。何故かはわからないが、俺の危機察知能力が「今すぐ倒せ!」と急かしてくるのに、蒸気による爆風で近づくことすらできない。

 そして、蒸気が止んだ先には、


「……人型になった?」


 人間ほどの大きさになったジュウ=オウがいた。

こんな薬を掛けられたらボウ=ズは一生坊主決定ですね!

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