黄金の獅子ジュウ=オウとの対峙
あれからずっと墓を建てていた。
墓といっても大した造りのものではない。そこらに転がっている石を積み上げただけの粗雑なものだ。鉱山が多い地域だということもあって、岩石がそれなりにあったのは不幸中の幸いだと――皮肉にもそう思った。
戦いも終わり、勇者たち率いる騎士隊はすでに去った。
おかげで墓を作る作業は警戒もいらず昼夜問わずやり続けた。
屈強な肉体が持っているので、それほど時間を必要もせずに墓を全て作り終えた。
墓を前にしてジュウ=オウは、部下に黙祷を捧げた。
――よくぞ我に今まで尽くしてくれた。感謝する。
言葉を飾ることを知らない男の不器用な語らいが終わった。
そして、ジュウ=オウは決意する。
勇者への復讐を。
部下たちのことを思えば、魔王の元へと帰りしっかりと再起を図るべきだ。
理性ではやるべきことはわかっていても、そうすると大失態を犯した自分は降格を免れず、勇者たちへの復讐をいつ果たせることになるかわからない。
暗く燃え盛る炎が、この身を焦がすかのような衝動を抑えきれるわけがない。
ならば。
ならば、この衝動抑えるどころか解き放ってくれよう。
自分は復讐者だ。
部下たちの仇を取るために、勇者を殺せるならば何だってしよう。
しかし、肝心の勇者たちがどこにいるかがわからない。
このような時に斥候役の魔鳥族の者がいればと思ってはばからない。
ギリリと歯が割れんばかりに歯を食い縛る。
ふっと、そこで気づいた。
そうだ相手は『勇者』なのだ。
元より探す必要など何もなかった。
人の集まる場所をただ破壊すれば良い。
そうすれば、向こうから勝手に来るだけのことだ。
やるべきことは決まった。
我は獣の王。
心の赴くままに破壊と蹂躙をしてくれようぞ。
◆
「ひでぇ……」
ゼンセン都市の中を歩き回り出た感想がそれだった。
盗賊や山賊だってこんな真似はしない。いや、できないと言った方が正しいか。
子供が癇癪を起こした時の部屋の中にいるようなと言えば、少しはわかるだろうか。規模はそんな小さいものではないが、街の中がグチャグチャに蹂躙されている。
目的もなく破壊しただけ――そんな印象を受けた。
現に、金品などが散乱していて、賊ならばそんな貴重品を見逃すわけがない。
「ふむ。見たところ建物が崩れてから間もないな」
ドン教官が建物の破壊具合を検証し、俺もそれには同意した。
おそらく、ゼンセン都市が廃墟になってから数日も経っていないはずだ。
「ここにいた住人はどうなったんスかね?」
「死体の人数が少ないから、どっかに避難してると思うけどな……」
何かと戦ったであろう武装した兵士や傭兵が死んでいた。
希望的観測であるが、住人の姿が見えないことからどこかに逃げていてくれたらとは思うが、ここまでの破壊された跡を見ると最悪の事態も想定せざるを得ない。
「……あなたたち意外に冷静ね」
「まぁ、兵士になってから色々と経験したからね」
マジョ=リナは青ざめた顔をしていた。
俺たちは俺たちで兵士という仕事もあって色々な経験をしている。人が死ぬことも珍しいことではないし、戦場での死体の運搬などもしたことだってある。
ただまぁそれ以上に、俺が一番グロい経験をしたと思うのは、うちの村の村長が村民によって溺死しかけた時の苦悶の表情を見た時だろう。
あんな汚くて苦しい表情を見たら大抵のものに耐性ができた。
最悪の思い出である。
「ドン教官。これからどうしますか?」
危険度は決して低くない。ここで退くのかどうかドン教官に判断を仰ぐ。
「何をするにも情報が足りぬな。あと一時間調べて何もないようならチュウケイ都市へ引き返し報告する。マジョ=リナ殿には申し訳ありませんが、ご了承願います」
「いいわ。私もこの状況で反対するほど愚かじゃないから」
元々はマジョ=リナの研究のために訪れたのだ。
俺たちは彼女専属の小隊なので、できるかぎり意に沿う必要はあるが、彼女の命が掛かった危機的な状況の場合は、こちらの判断が優先される。
一歩一歩踏みしめるように、俺たちは前進して調査を進めた。
「んー、向こうで何か聞こえなかったスか?」
「ふむ……。よし行ってみるとしよう」
エルフの特性なのかボウ=ズの能力なのか不明だが、俺たちより耳が良いボウ=ズが何らかの音を捉えた。
近づくにつれて俺の耳にも聞こえ始めてきた。何だこれは。聞き覚えがあるとしたら丁度こないだ戦った地竜の唸り声にも似ている気がするが――それとは段違いに鳥肌が立つほどの寒気を感じる。
俺はこの感情が何かを知っている。
そして、俺たちはその音の正体を知った。
「――っんだよ、あれ……」
信じられないほどに巨大な獣が街の広場で悠々と眠っていた。
地に伏せている姿勢なのに見上げねばならず、黄金色の麦畑を彷彿とさせる見事な毛並みが風にゆらゆらとたなびき、竜すらも一噛みで喰い千切れそうな立派な牙と爪がある。
目を奪われんばかりに畏怖を感じさせる――黄金の獅子。
グルルルと低い怪物のような唸り声は、あいつのいびきだったらしい。
俺の本能が告げた。
――あれとは絶対に戦ってはならないと。
姿を目にした途端、恐怖が一気に溢れ全身が震えた。
地竜など比較にもならないほどの圧迫感。一般的には魔獣よりも竜族の方が手強いとされているのに、そんなのが一笑に付されるようだ。
俺以外にもボウ=ズも震えており、気丈な様子を見せていたマジョ=リナでさえも口が開けないほど固まっている。
歴戦のドン教官はただ一人別の意味で驚いていた。
「まさかあれは――ジュウ=オウか!?」
その名を聞いた途端俺たちは驚愕した。
「はぁ!? ジュウ=オウってこないだ勇者様に討伐されたばかりじゃ!?」
「そうっスよ!」
俺たちはジュウ=オウが倒されたから、こうしてゼンセン都市に来たというのに、肝心のジュウ=オウが生きていたとは話があべこべだ。
「いや間違いない。私は若かりし時にジュウ=オウと戦ったことがある。その時は、あのような獣の姿ではなかったが、あの黄金の毛並みに覚えがある」
まさかドン教官がジュウ=オウと戦ったことがあったとは思わなかった。
「ち、ちなみにその時の戦いってどうなりました?」
「……私が所属していた兵隊の半分は壊滅した。生き残れたのは運が良かっただけだ」
「マジッスか……」
この筋肉が兵士になったようなドン教官ですら偶然生き残れたような相手なのか。
絶対にやばい奴じゃないかジュウ=オウ。
「多分だけど勇者たちはジュウ=オウの軍隊は倒したんじゃないかしら。ただ、相手が勇者の強さに恐れて、統率者であるジュウ=オウを逃した――こっちの情報に誤りがなければ辻褄は合うわ」
確かに。マジョ=リナの言うことには理屈が通っている。
いくらなんでも王国の騎士隊が倒した情報を捏造するなんてことはないだろう。
ただし、
「俺たちが危機的状況にあるってことに変わりはないよね」
「あのアホ勇者たち。敵を倒すんならきっちりとトドメ刺しときなさいよ……」
勇者様たちならば勝てる相手でも、俺たちだけでは手に余りすぎる。
過去、王国の騎士隊たちが挑んでも勝てたことがない相手なのだから。
「そこに隠れている者たちよ――姿を現すがいい」
重苦しい声が辺り一帯に響いた。
瓦礫の陰に身を隠している俺たちは向こうからは見えない位置にいる。ドン教官はハッと気付いたように、手に砂を握りサラサラと零した。砂はジュウ=オウの方に向かって流れていることから、こっちが風上である。
――匂いか。
いや、もしかしたら先ほどの音量を絞った会話、足音なども考えられる。
見つかっていないと考えるには、あまりにも楽観的すぎる状況だ。
俺たちは覚悟を決めてジュウ=オウの前に姿を現した。
「ほう、中々に潔い良いな。もう少し時間がかかると思ったぞ」
ジュウ=オウは泰然とした様子で俺らを見渡す。
改めて真正面から見ると、余りの威圧感から今にも腰が抜けてしまいそうだ。
ゴクリと唾を飲み込む音が、とても大きく聞こえた。
珍しくシリアスですね。
次からバトルパートに入っていきます。




