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郷愁の念と順応

 旅も数日経てば互いの口数が減っていき、いつしか静寂の時間が訪れるものである。

 そんな時ふと頭がよぎるのは、旅立つ前にボウ=ズが言った「魔法の研究が終わったらマジョ=リナが帰る」ということが頭の中を占めている。

 俺はマジョ=リナに一目惚れをした。

 生まれてから女に惚れたことは多々あれど、一目見ただけで恋に落ちたのはこれが初めてだ。幼なじみのムラ=コちゃんだって一目惚れではなかったぐらいなのに。

 俺が詩人のように恋の気持ちを語るとすれば、俺はメロンが生い茂る森に迷い込んだ妖精みたいだと語るに違いない。甘く深い森は険しく、そこにあるはずなのに手が届かない。そんなもどかしい恋心が胸中を一杯にする。

 それ故に、俺は思い悩んでいる。

 こうしてマジョ=リナの専属小隊になったことで一緒に旅ができるようになった。

 それ自体は素直に嬉しいし最高な気分だ。マジョ=リナの役に立てるなら、俺はきっと彼女が望むまま魔法の研究に必要な素材を取ってくるに違いない。

 だけど、俺が最高の働きをすればするほど、彼女が元の世界に変える可能性が高くなる。といって、マジョ=リナの魔法研究を邪魔しようものならば、俺は専属から外されてしまうだろうし、男としても女の足を引っ張るなんて野暮な真似格好悪すぎて死んでもしたくはない。

 好きな女の願いと俺の恋心の板挟みってやつだ。


「そういえばマジョ=リナって召喚されてから四年ぐらい経ってるんだっけ?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「いや、なんとなくマジョ=リナって見た目俺と同じくらいかなと〜思って」

「女に年齢を聞くのは野暮よ――という程の歳ではないわね。えーと、元の世界の暦で換算すると今は二十歳になったぐらいかしらね」

「じゃあ、俺より二つ年上なんだ」


 同い年だと思っていたが年上だった。

 個人的には昔からお姉さん系の女性が好きなので特に問題はない。

 ただ大体十七歳ぐらいで皆が結婚し始めるので、二十歳となると女性は行き遅れを気にしてくると耳にする。

 まぁ、マジョ=リナは見目が美しいので問題はないだろうが、あまり話題に出さないほうがいいだろと思っていたら、


「あはは。人間族の年齢だと確か行き遅れの年齢っスね〜」


 この坊主野郎はデリケートな話題を土足で踏み抜きやがった。

 エルフ族は長寿なので年齢について感覚が人間族より大雑把とはいえ、まさかそのまま行き遅れなどとマジョ=リナに言おうとは。

 ある意味、かなりの勇者だと言える。


「ねえ、ボウ=ズ。あなた除毛薬じゃなくて脱毛薬の方が好みなの?」

「あの……除毛と脱毛の違いを教えてもらっていいっスか?」

「除毛薬は毛が無くなってもまた生えるけど、脱毛薬は二度と生えてこないわ」

「そんなの全然好みじゃないっスからね!?」


 邪悪そうに笑うマジョ=リナに本気で怯えるボウ=ズ。

 なぜそんなボウ=ズをピンポイントで狙い撃つような薬があるのかが不思議だが、全面的にボウ=ズが悪いのでかばう真似はしない。


「大体こっちの世界の結婚年齢早すぎるのよ。私たちの世界だと適齢期は二十五から二十八歳ぐらいだったわよ。三十歳で結婚する人だって珍しくない世界なのよ」

「へぇーそうなんだ」

「そうそう。だから私は断じて行き遅れじゃないわ」


 目線でボウ=ズを殺しそうな勢いでボウ=ズを睨みつけている。

 ヒィッとボウ=ズは声にならない悲鳴をあげてガクガクと震えていた。


「ま、そうならないためにも早いところ送還用の魔法を開発しなきゃよね」


 馬車の中で凝り固まった肩をほぐすようにグッと腕を上げて背筋を伸ばして、軽い調子でマジョ=リナはそう言った。

 やっぱり、元の世界に帰りたいんだろうな。


「マジョ=リナの元いた世界ってどんな感じだったの?」

「――とても平和なところだったわ」


 何となく気になって聞いてみると、マジョ=リナは遠くを見るような目で語り出した。


「ご飯は美味しいし、こっちと違って大規模な戦争とかもなくて平和で落ち着いた日々が送れる世界だったわね。私はそこで学生――こっちでいう学術院に通ってたのよ。毎日好きな本を読んで色んなことを学んでたわね」


 興が乗ってきたのかマジョ=リナの語り口が徐々に熱を帯びてきた。

 今作っている魔法具とかも元いた世界にあったものを、どうにか再現できないかと苦心してできた結果らしい。他にも元の世界の地名などが出されて、どのような所かがんばって説明しようとしてくれた。

 楽しくて良いところよと笑顔で言う彼女を嬉しく思う反面、チクリと胸が痛んだ。


「そんな夢みたいな世界なら帰りたいと思うのも当然だよね」


 むしろ、そんな世界だったら俺も行きたい。

 ちょっと落ち込みながらそんなことを冗談めかして言ったら、


「それは少し違うわね。私が帰りたいと願うのは、元の世界が素晴らしいとかそんな理由じゃないわよ。きっと」


 マジョ=リナの声が少しばかり真面目なトーンに変わった。

 あれだけ楽しくて良かったと言ってたから、それが理由だと思っていたのだけれど、違うのだろうか?


「何て言ったらいいのかしら。もちろん、元の世界には親もいるし友達は……まぁ、どうでもいいわ。暮らすのは楽だし便利だし、楽しいことだってたくさんあったわ」

 言葉を探りながらマジョ=リナを思いを口にする。


「でも、私もこっちの世界に来てもう四年よ。ヒメっていう腹黒な友達……でいいのかしら。まぁ、友達もできたし、向こうの世界で使っていた道具も魔法具で再現もできたわけだし。こっちの世界が嫌だから帰りたいってわけじゃないのよ。それだけの年月が――もう経ったわ」


 考えてみればマジョ=リナがこの世界に召喚された期間は四年。彼女は二十歳だと言っていたので、人生の五分の一はこの世界で過ごしているのだ。その中で築いた人間関係がヒメ王女と友達になったというのだから恐ろしいことだが、その世界に馴染むのだとしたら十分な年月だ。

 俺とて王国に来てから三年であるのに、行きつけの酒場ができるぐらい馴染んでいるし、王国で築いた人間関係だってある。


「それなら何で――?」

「理不尽だったからよ。何もかもが」


 キッパリとマジョ=リナは言い切った。


「私の意志に関係なく突然見知らぬ世界に飛ばされたのよ。それが私は気にくわないのよ。ヘイ=シ。あなただって見知らぬ世界に飛ばされたら、きっと故郷の村に帰りたいって思うようになるわよ」

「そんなもんかな?」

「そんなもんよ」


 そう言われたので、俺も彼女のように自分が見知らぬ世界に飛ばされたと考えてみた。

 逆の立場なので、要は俺が勇者的な立場になって、彼女の世界を救い、そして、マジョ=リナに出会うことになるわけだ。

 そんな中、夜にそっと郷愁の念に駆られて、俺は故郷のことを思い出すわけだが……全然これぽっちも帰りたいと思えないぞ。いやいや少し待て。考えてみれば兵士になってから故郷に帰ってないし、帰りたいと思ったこともない。

 兵士の仕事は確かにきついが賃金は出るし、少なくとも村の生活よりはマシだ。夜になったら酒を飲み、見知ったねーちゃんと楽しく話しながら「あー嫁が欲しい」とグダグダしているが、あんな狂気じみた村長がいる村に帰るよりかはずっと楽しい。


 ……ごめんマジョ=リナ。俺、君の気持ちがわからないみたいだ。


 こういう時はそうだ。マジョ=リナの気持ちに寄り添うのではなく、自分の気持ちを伝える時だ。酒場で常連の女性に大人気なモテ=オさんが確かそんなことを言っていた気がする。女の気持ちをわかることも大事だが、自分の気持ちも伝えることも大事だと。

 今がその時だ。


「あのさ、マジョ=リナ。俺は君に――……」


 気持ちを伝えようとしたその時――御者台に座っていたドン教官が「ヘイ=シにボウ=ズよ、こっちへ来い」と声を掛けられた。

 邪魔されたことにムッとしつつも、剣呑な雰囲気からただならぬ様子であることを察知し、すぐさま御者台の方へと移動した。


「ど、ドン教官。あれ何スか?」

「あそこってゼンセン都市ですよね?」

「むぅ……。都市から煙が上がっているようだな。各自警戒を怠るな」

「了解」


 すぐさま、俺たちは何があっても対応できるよう装備を身につけた。

 ゼンセン都市まで目と鼻の先まで迫っていたというのに、何が起きている?

 警戒を続けながら、馬車がとうとう都市の門前まで来たところ、


「門が開きっぱなしですね」

「ふむ。誰もいないようだがどういうことだ?」

「なーんか、ヤバイ雰囲気がプンプンするんスけど?」


 門番もいないのに都市の門が開きっぱなしになっていた。

 どう考えても異常事態である。


「マジョ=リナ。君も戦える用意だけはしておいて」

「わかったわ」


 コクリと頷きマジョ=リナは収納していた魔法具を取り出し身につけ始めた。

 馬車から降りて、俺たちは周りの様子を気にしながら門を通り抜けると、


「嘘だろ……」


 俺は――目の前の光景を疑った。

 ゼンセン都市が廃墟と化していた。

人間一ヶ月もあれば住んだところに順応すると思います

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