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王女の悩みとストレス発散

ヒメ王女視点です。

「それではドン=エム。報告をしてくれるかしら」

「はっ。承知いたしました」


 執務室の椅子に座りながら、私は目の前に立つドン=エムの報告を聞いた。

 地竜退治に関する一連のあらましに関してと、


「マジョ=リナが作った収納用の魔法陣。成果報告にありましたが、実際に使用しているところを目にしてどうでしたか?」

「恐ろしいほどに使い勝手の良いものかと思われます」


 特にマジョ=リナが開発した魔法および魔法陣に関してだ。

 王女という立場上、どうしても自分の目で見て判断することができない私は、ドン=エムには内々にマジョ=リナの魔法具についての観察を依頼していた。

 マジョ=リナは自己の能力を過小評価しすぎる節があり、こちらの思惑を超えるものを作ってくることが多々ある。

 そのため、信を置ける者が実際に感じ考えたことを聞くのはとても重要なことになる。


「騎士隊にあの魔法陣が普及されれば、まず輜重部隊の編成が不要となります。行軍速度なども考えますと大幅に改善されることは間違いありません」

「なるほど。魔王軍と戦っている騎士隊に対して、かなりの支援になりそうですわね。父王様には私の方から進言しておきましょう」


 魔王軍と戦っている騎士隊の負担が減るのは大変ありがたい。

 量産化の目処もつけば、魔王軍の侵攻速度にも簡単に対応できるようになる。


「次にあの魔法陣の一般人への普及ですが、今は時期尚早でしょう」

「あら何故かしら? 商人に渡したら涙を出して喜びそうなものだけど」


 元々は物流をしやすくするための魔法を考えて欲しいとマジョ=リナに要件を出したのはこっちだ。てっきり、馬の疲労回復薬や荷馬車の重い軽減の魔法陣などを開発してくると思っていたが、まさか別空間に収納する魔法陣を作るとは思わなかった。

 マジョ=リナは他の勇者と比較して、自分は劣ると考えているようだがとんでもない。

 他の勇者は男性ということもあるのだろう。

 戦闘、料理、芸術といった分野での活躍は目新しく、国民もまた受け入れているが、生活水準自体の改善はしていない。殿方は細かい点を気にしないところが困る。


 そういう点では、マジョ=リナは革命をもたらしてくれた。


 彼女の話を聞く限りでは、彼女らが住んでいたニホンという国は生活水準が大変に高く、色々とこちらの世界に対応するために不便さを感じていたようだ。

 魔法の研究を始めた頃、召喚用魔法陣の研究の傍でマジョ=リナは魔法具でそれらを代用しようと作っていたのだという。


 中でも目覚しい開発だったのはトイレ事情の改善だ。


 王国のトイレは簡単に言えば陶器などの入れ物に汚物を入れて、指定の場所に捨てる方式を取っている。マジョ=リナの国では水洗式という汚物が水で流れるというもので、最終的には下水道というパイプを通っていくものらしいが、魔王軍の侵攻で疲弊している我が国に、そんな工事にかけるお金などない。

 ところが、マジョ=リナは魔法生物であるスライムに目をつけて、汚物を分解して無臭な物質に変化させるという改造を施した。さらには、木の葉を絹のように柔らかくする魔法陣を作成し、その木の葉でお尻を拭いて傷つけない様にするなどの画期的な開発をしたのであった。


 他にも例をあげればキリがないが、マジョ=リナはこういった細々とした魔王軍との戦いで直接役に立たないけれど、生活の助けになる開発をすることが多かった。

 殿方である父王様や王子はあまり興味を示されなかったが、私は感銘を受け、それがきっかけでマジョ=リナにはずっと目をつけていた。

 ただ、あまりにもマジョ=リナの開発する魔法は利便性が高く、下手に公開されれば市場に混乱をもたらす可能性が高いので、魔法の開発費や環境と引き換えに管理はこちらに一切任せることを誓ってもらったのだ。

 今回の収納用魔法陣もその一つだ。


「だからこそです。魔法陣に商品が入れられては関税を通り抜ける可能性も高いでしょうし、禁忌とされる薬や兵器なども国への持ち込みが可能となります。それらの対策ができなければ普及するのはやめておいた方が得策と存じます」


 ドン=エムの忠告にいきなり頭が痛くなってきた。

 物流を良くするために頼んだ魔法具が、国を脅かす可能性のあるものに早変わりした。

 使用するのが人間である以上、善性などに期待してはいけない。常に最悪の可能性と対策を考えねばならず、利益と不利益どちらの天秤が高いか秤にかける必要がある。


「わかりました。では、軍での独占使用を第一として管理は厳重にする必要がありますわね。対策については、一度マジョ=リナにも聞いた方が良いかもしれません。私は王女ですので、実際に使用する側に関して実感が薄くていけませんわ」

「仕方がないところですな。そのために私めが手となり足となりヒメ様の目の届かぬ場所へ行き、情報を集めておるのですから」


 ドン=エムの言う通りだ。

 そのために、彼を筆頭にマジョ=リナの魔法の開発のためという面もあるが、実際に体験した者の意見を聞きたいがため専属にしたのだ。

 正しい判断を下すために情報というものは多いに越したことはない。


「最後にドン=エムに聞きます。あなたの部下の練度はどうですか?」

「地竜と相対しても平静さを忘れず、一対一の状況下でも生き残る意思もあります。元々の出自と才能を考えれば―荒削りでまだまだな点もありますが――まぁ、悪くないといったところでしょうな」


 悪くないと言う割に、彼の顔の方はフッと笑っていた。


「その割には随分と嬉しそうに見えますが?」

「後ろを任せるには、もっと筋肉をつけて欲しいところですからな」

「そうですわね。私の蹴りを受けても平然としていられるぐらいには強くなって欲しいところですね」

「ははは! ヒメ様の蹴りなど笑って流さなければ紳士ではありませんからな!」


 私は王女としての教養はもちろんのこと、武芸についても手を抜くことなく磨いてきた。王たる血筋に生まれた者として当然の責務だ。

 無論そこに邪な考えなど一切ない。

 例えば木刀で相手をしている者を殴るのが楽しいとか、体術の練習で女性が効率的にダメージを与えられる蹴りを重点的に学んで、相手の悲鳴を聞くのが楽しいとか、そんな考えは一切ない。邪推もいいところだ。

 ボウ=ズを蹴った時は彼の無様に転がる様が楽しかったとか、ヘイ=シは生意気にも刃向かおうとしたので調教してやりたくなったとかもない。

 ほんの少し政務で疲れた時に運動をして発散するようなものだから、実に健康的でさえある。乙女たる者美容には気を使う必要があるのだ。

 コホン。考えが少々趣味の横道に逸れてしまった。


「勇者という美酒に酔いしれている内は問題ありません」

「……そうでしょうな」


 私は勇者が嫌いだ。それは嘘でもなんでもない。

 勇者に頼りきりになっている、そんなこの国の体制の醜さも嫌いだ。

 だからこそ、私はドン=エムに後進を育てるように命じた。

 才能のある人間ではなく、まったく才能のない普通の人間がどこまでできるのか。

 それを知りたかった。


「勇者という美酒が尽きてしまえば、この国はまた昔に戻るかもしれません」

「特に今は酔いが最高に回っておりますからなぁ」

「そんな時、この国に必要なのは勇者ではありません。魔女でもありません」


 酒が切れれば酔いから覚める。

 その先に待つのが絶望だということは、容易く想像ができる。

 ならば、だ。

 どうすればよいだなんて考えなくてもわかるだろう。


「昔からこの国に根付いて生きる――国民自身でなければなりません」


 勇者に頼らなくても生きていけるのだと。

 私たちは自分たちの力でも大丈夫なのだと。

 だからこそ私は強く思う。


「ドン=エム。私はこの国の王となります」


 この国に住まう一人の人間として、王となりたい。

 とてつもなく困難な道のりだ。

 特に魔王軍と激しい戦いを繰り広げているこのご時世ならばなおさらだ。

 だがやる。

 そう決めたのだ。


「私に付いて来てくれますね?」

「無論。我が命は全てヒメ様のために捧げております」


 跪くドン=エムに手を差し出し、手の甲に口づけすることを許した。

 この忠臣にもいずれ何か報いねばならないだろう。


「ありがとう。ドン=エム。何か欲しい褒美はありますか?」


 今後のために聞いておいた。

 すると、間髪入れずドン=エムはそれを口にした。


「ヒメ様。ご褒美はできれば尻に蹴りを所望します」


 ニカッと白い歯を見せて良い笑顔を見せた。

 なるほど。それならば簡単だ。

 私はスカートの裾を上げてニコリと笑い――スパーンと良い音が部屋に響いた。

ドン=エムきっと迷いのない紳士のような顔して言ったのだと思います。

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