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地竜退治の祝勝会とボウ=ズの秘密

「ぶっはぁ〜! つまり、私はねぇ〜元の世界に帰るために魔女になったのよ!!」

「ちょっ、マジョ=リナ! ここで魔女はまずいって!?」


 マジョ=リナはビールが入っていたジョッキを「ダンっ!」と強く置いた。

 赤ら顔になっている彼女は、昼間のちょっと冷たい感じの雰囲気など微塵も感じさせない。おかげで、魔女だの勇者だのと単語が飛び出してヒヤヒヤしている。これで何かマジョ=リナが悪事に巻き込まれた日には、ヒメ王女に殺されてしまう。俺が。

 ヒメ王女からマジョ=リナが魔女になった経緯を聞かされて、彼女が大変な身の上にあることがわかった。同郷で同じ方向に進んでいたと思っていた仲間が、実は違う道を進んでいたのだ。

 俺とて、その辛さたるやわかる。


 あれは兵士見習いの頃だったろうか。


 同じ村ではないが、隣村のモブ=イチという男が俺と同じく兵士を目指していた。

 近くの村という縁もあり、俺たちはすぐに気が合った。

 辛い訓練も、こいつには負けていられないという男の意地も相まって耐えることができた。立派な兵士になって勇者様の役に立とうと毎夜のように言い合っていた。

 俺と同じく勇者様の役に立つ兵士となって女にモテたいんだな。言葉に出さなくてもわかる。みなまで言うな。男として村を出た以上そう思うのは世の常だ。

 だが、ある日のことだ。

 俺はとんでもない話を奴から聞いた。「俺、兵士になったら村の許嫁と結婚するんだ」とモブ=イチは言った。

 毎夜のように勇者様のために役に立とうと言っていたあの言葉。

 俺はもてたい一心だったのに、あいつは心から勇者様の活躍に胸を打たれて兵士を目指したのだ。ショックだった。すでに将来を誓っている相手がいるだなんて。

 同じ非モテのダサい田舎者だと信じていたのに――裏切られた気がした。

 それがきっかけとなったのか、いつしかモブ=イチとは疎遠になり、聞いた話によると彼は見習い兵士の訓練を最後までやり遂げることなく、故郷へと帰って行ったそうだ。

 それを聞いて俺は「やはりな……」という感想しか抱かなかった。

 所詮は、村に想い人を残しているような中途半端な男だ。

 願いに邁進するような覚悟もない半端もない人間に兵士など務まらないのだ。故郷に帰って素直に許嫁と一緒に畑を耕すといい。

 俺はその日、そっと親友と呼べる男がいなくなったことに、涙し酒をあおった。


「マジョ=リナの気持ちはわかるよ。俺も、似たようなことがあったからさ……」

「多分だけど、絶対あなたが思っている気持ちと私の気持ちは違うわよ?」


 ……おかしい。

 モテる男のテクニックとして、似たような境遇で同情を寄せると言いと聞いたのに、マジョ=リナの心にはちっとも響かなかったようだ。


「もう〜マジョ=リナさん。深酒は体に悪いっスよ〜」


 ボウ=ズが呆れた声で忠告する。

 俺たちはマジョ=リナの専属になったのと地竜退治のお祝いを兼ねて、行きつけの酒場イ=ザカヤへ来ていた。ドン教官は仕事が残っているとのことで来てないが「これで美味い酒でも飲んでくるといい」といって金の入った袋を渡してくれた。

 本当あの人ドMじゃなかったら、すごく格好いいはずなのに残念で仕方がない。


「うっさいわね! 久しぶりに酒飲んでるんだから邪魔するんじゃないわよハゲ!!」

「ハゲじゃねーっスよ!? 坊主頭ですからねこれ!!」


 結構酒を飲んでいたマジョ=リナを心配しての注意だったのに、ボウ=ズは怒られていた。ははは、女が飲んでいるのを邪魔するからそうなるんだ。

 こういう時は、そっと邪魔せず相手の話を聞くのが一番なのだ。

 それはそうと、俺はふと思い出したようにボウ=ズに聞いた。


「あれ、そういやお前なんで坊主にしてんだっけ? 初めて会った時って、確か髪長かったような記憶があるんだが?」


 今ではもうすっかりとボウ=ズの坊主頭が見慣れていたので違和感がなかったが、マジョ=リナがハゲと言ったので、忘れていた記憶がうっすらと蘇ってきた。


「ヘイ=シ先輩!? あんたが俺と初めて会った時に、俺のことボロクソに負かして『俺がいいって言うまでお前坊主頭な』って言ったからでしょ?」

「え、俺そんなひどいことしてたの!?」

 後輩に坊主頭を強要するなんて俺はそんなひどいこと――ひどいこと……。

 あぁ、そういやしていたな。


「あー思い出してきた。なんか新入りなのにエリート面したちゃらいエルフがいて調子に乗ってたから、ボッコボコにしたんだっけか」

「ちょっ、もしかして今まで忘れてたんスか!? 俺、いつになったら髪伸ばすの許してもらえるのかと許可待ってたのに!!」


 忘れていたものに対して許可なんか出せるわけがない。

 なぜ俺が男で後輩の頭髪の心配なんかしなければならないのだ。


「あーもうじゃあ明日から伸ばしますからね!」


 待ってて損をしたと憤慨した様子のボウ=ズ。

 こいつが髪を伸ばそうが実際どうでもいいので、好きにすればいい。

 すると、横で飲んでいたマジョ=リナがマジマジとボウ=ズを見ていることに気づいた。目線が頭に釘付けになっている。もしかしたら、マジョ=リナの好みの髪型は坊主なのだとしたら、俺は明日にでも髪の毛を剃ってこよう。


「……ねぇ、ヘイ=シ。今エルフって言わなかった?」

「言ったけど、それがどうかした?」


 あぁ、そういえばマジョ=リナには名前だけ紹介して種族は入っていなかったことを思い出した。何を隠そうこのボウ=ズはエルフであり、内にこもりがちなエルフにしては珍しく外界に出てきたのだ。

 当初は、色々と見聞を広げるために旅をしようと考えていたようだが、旅の経験が少なくて路銀が尽きてしまい、賃金はそこそこ良い兵士になった変わり者エルフだ。


「エルフってもしかしてこのハゲ?」

「うん。このハゲ」


 横で「ハゲじゃなくて坊主頭です!」と主張を繰り返しているハゲがいるが、正味な話ハゲでも坊主頭でも見ている側からしたらどうでもいい。

 頭皮が見えていればハゲで十分通じる。


「ぷははははははは! 初めて会ったエルフがハゲって、ちょっと、あんまり笑わせないでよ! なんか耳長いな〜とは思ってたけどエルフって!!」

 何かマジョ=リナの笑いのツボに入ったようで、テーブルをバンバン叩きながらお腹を抱えて笑っている。

 こうも楽しそうに笑っていると嬉しくなる反面笑わせたボウ=ズに嫉妬さえ覚えてしまう。しかし、今の俺では彼女をここまで笑わせることはできないだろう。仕方がない、その役目は後輩であるボウ=ズに譲ってやることにしよう。

 ポンとボウ=ズの肩に手を置いて、俺はとびっきりの笑顔で言った。


「なんかマジョ=リナが笑って楽しそうだから、お前ずっと坊主頭な」

「何だったら私お手製の魔女薬に除毛薬あるからあげようか。ぷふっ無料で!」


 そいつはいい。

 坊主頭のセットも大変だろうから「良かったな無料でくれるってよ!」って喜んだら「お前ら揃ってふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!」とボウ=ズが怒鳴った。

 マジョ=リナお手製のお薬は高いだろうから、良かれと思ったのに先輩の言うことを素直に聞かない。どちらにせよボウ=ズはこの先も坊主頭であることが決定した。

 もし伸ばそうものなら強制的に俺があいつの頭皮に除毛薬を塗り込んでやろう。

 そんなことを思っていたら――突然酒場が歓喜の怒号に包まれた。


「おぉ、何だ?」


 なんだかよくわからないが、酒場にいる客が全員総立ちになって喜んでいるようだ。

 入り口から遠い席に陣取っているせいか、客が何に喜んでいるのかわからない。


「ちょっと気になるんで聞いてくるっス」

「おう頼むわ」


 ボウ=ズも気になるのかカウンター席の方へ移動した。

 後は待っていれば、あいつが詳しいことを教えてくれるだろう。

 というか、それよりも今はマジョ=リナと二人きりになったこの状況を楽しむ方が、俺にとって重要なのだ。


「そういや、マジョ=リナってお酒飲む方なの? 結構ペース早いようだけど」

「普段は飲まないわねー。ヒメの頼みでお城に来た時にちょっと嗜む程度かしら」

「へぇ〜そうなんだぁ〜」


 素晴らしい情報が得られた。

 酒に強い弱いは男だろうと女だろうと個人差があるが、酒に慣れていない人間は量を見誤る場合が多々有る。ここは、勇者様たちがもたらした酒である『カクテル』という女性にも人気な甘い酒を頼んで、マジョ=リナといい雰囲気になるチャンスではないか。

 ドン教官見ていてください。

 俺は今日――紳士になります!


「言っておくけど、私事前に魔女の薬飲んでるから、泥酔いなんてしないわよ」

「ちょっ、おおお俺が酔わしてちょっとおっぱい触ろうとか、そそそそんな男に見えるってか!?」


 いかん。動揺がそのまま態度に出てしまった。

 除毛薬といい酔い止めといい、魔女の薬の効果恐るべし!


「あらそうなの? な〜んだ、少しぐらい触らせてもいいと思ってたのに」

「すみません強がりましたすごく触りたいですのでさっきの言葉撤回させてください!」

「あんた本当にぶれないわねー。触らせないけど」

「ひ、ひどい……」


 酒で良い雰囲気になる作戦が大失敗に終わった。

 くっ、俺は一体いつになったら彼女の果実園にたどり着くことができるのだろうか。

 俺はまだまだ未熟者であることを痛感した。


「ヘイ=シ先輩! 聞いてください! すごいっスよすごいっスよ!!」


 失意の底にいる中で能天気なボウ=ズの声が聞こえた。


「うるせーなぁボウ=ズ。んで、何がすごいんだ? おっぱいの凄い姉ちゃんでもいたのか?」

「おっぱい好きなのは先輩の方じゃないっスか。俺は尻の方が――って、そうじゃないっスよ! 勇者様が魔王軍幹部を討伐したらしいんっスよ!!」

「マジでか!!」


 これには素直に驚いた。

 勇者様方が魔王軍がの進行を退け先日聞いたばかりであるが、まさか魔王軍幹部までも倒すとは思っていなかった。長い歴史を紐解いても、魔王軍幹部に勝てた者は王国にはいなかったので、これは歴史的快挙である。


「さすがは勇者様だな! って――あ……」


 いつもの調子で勇者様の活躍に喜んだが、マジョ=リナがいたことで口を噤んだ。

 元勇者である彼女にとって、勇者様の活躍は喜んでいいものなのだろうか。


「別に気遣わなくて大丈夫よ? 勇者が魔王軍を倒す分には私の目的と一致しているわけなんだから」

「そうなんだ」


 マジョ=リナがそう言ってくれたことで一安心した。


「それで勇者達は魔王軍幹部を何人倒したの?」

「え、何人て……。ようやく一人目を討ち倒したとこっスけど――ひっ!」

「あ"ぁん?」


 目線だけで人を殺しそうな瞳でマジョ=リナはボウ=ズを見た。

 ボウ=ズはそれに気圧されて小便をちびりそうなほどガクガクと震えている。さながらオーガに睨まれたゴブリンといった様相だ。


「魔王軍幹部って確か六人いたわよね?」

「は、はい!」

「まだ一人しか倒してないの?」

「そ、そうっス!」

「ふざけてんの?」

「ふ、ふざけてないっス!」

「罰としてあんた一生坊主ね」

「は、はい! ……え、一生坊主!?」


 何も悪くないはずのボウ=ズが罰を受けて一生坊主が決定した瞬間だった。

 あまりにも後輩が哀れなので今度お酒をおごるとしよう。

 ただし、坊主頭になったことへの反対はしない。マジョ=リナが望んだから。

 とはいえ、


「マジョ=リナ落ち着いて。魔王軍幹部なんて今まで王国の騎士が総動員しても勝てない相手で、それに勝てただなんて歴史的快挙なんだよ」


 俺はそう言った。

 魔王はおろか魔王軍幹部にだって勝てなかった王国が、ようやく魔王軍幹部の一人を打ち倒すことができたのだ。


「そんなことぐらいわかってるわ。この国の歴史の勉強どれだけしたと思ってるのよ」


 ところが、マジョ=リナはそんことぐらい知った上での発言だったようだ。


「問題はあのアホ勇者達よ」

「ま、マジョ=リナ。さすがに勇者様たちを貶めるような発言はね……?」


 そんなマジョ=リナが苛立たしく思っていたのは勇者様方が原因であった。

 酒場が喧騒に包まれているので誰も注目していないが、勇者様の悪口を言おうものなら袋叩きにあってもかしくはない。ヒヤヒヤしながらマジョ=リナを宥めた。


「いいのよ。あいつらの力だったら、それこそ幹部の何人かは倒していてもおかしくないもの。賭けてもいいわ。間違いなくあいつら遊んでいるわね」

「いや、さすがに勇者様でもそれは……」


 できないよね?

 いくらなんでも勇者様といえど、そこまでのことができるとは思えないが、彼らの伝説を聞く限りでは達成できてもおかしくない気もしてきた。


「それにしても、三年で一人とかさすがに遅すぎでしょ。魔王倒すまで何年かかるかわからないじゃない。やっぱり、私が元の世界に帰る方法見つけるしかないわね」


 ブツブツとマジョ=リナが呟いて自らの思考に没頭していった。

 隣ではボウ=ズが「俺は一生坊主なのか……」と頭を抱えて鬱陶しかったのでスパンと頭をぶっ叩いておいた。

 そして、ガバッとマジョ=リナは立って宣言する。


「いいことあんたら! 明日からバシバシと魔法に使える触媒の素材探しに行くわよ!!」

「あぁ、任せてくれ!」


 彼女の専属小隊になったのだ。

 役に立てることは正直嬉しいし、俺という男をアピールするチャンスだ。


「……あのーヘイ=シ先輩。一個だけいいですか?」

「んだよボウ=ズ。せっかく気合い入れてんだから水を差すなよ」


 そっとボウ=ズが俺にだけ聞こえるように声をひそめた。


「いえね、ふと思ったんスけど、マジョ=リナさんが魔法の研究完成させたら、元の世界に帰るんじゃないっスかね?」

「あ……」


 間抜けな声を漏らしてしまった。

 ボウ=ズの言う通りだ。

 勇者様が活躍するほど、彼女の役に立つほど、マジョ=リナが元の世界に帰るのを早めてしまうことにようやく気づいてしまった。

エルフなのに坊主で下っ端気質。

それがボウ=ズという男です。

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