魔女が誕生した日
私が引きこもっている間に、王国は私を除く召喚者達を正式に勇者として国民に宣伝し、一大勇者ブームの幕開けとなった。前々から勇者達から仕入れた料理のレシピや曲の提供などをして、国民に娯楽を与えつつ経済を活性化させ、暗雲立ち込めていた未来に光が差したかのように大いに盛り上がった。
その変遷していく様子を見て、私は自分が王国に不要な存在だと悟った。
彼らならば、時間はかかるだろうが、いつの日か必ず魔王を倒すことだろう。
しかし、私はそれを口を開けて待つほど我慢強くなかった。
研究が滞っていた召喚の魔法陣の調査を再開し、一日でも早く異世界へ帰れるようにするべきだと、新たに目標を打ち立てた。それに、同じ勇者として召喚されながら、王国に対して協力的にならないに人間など、いつまでも置いておくはずがない。
その辺りを含めて今後のことを考えていた丁度その頃だった。
王国の第一王女であるヒメ=キングダムから、お茶会の誘いが来た。
……勇者として立身することを辞した私に、今更接触する思惑は何だ?
正直なところ、今の私に対して仲良くなるメリットなどない。現勇者達がもたらした私達の世界の知識や文化を広めるだけでも十分すぎるほど貢献している。
戦闘面においても、先の戦いでは私はそれほど役に立っていない。後方支援ということもあったが、前線で戦っていた勇者達が圧倒的であった。
相手の思惑が見えなく不気味であるものの、今より悪い状況になることはそうないだろうと思い、お茶会に行くことにした。
ヒメ王女とは、お披露目の時にちらりと見た程度でうろ覚えだ。
その後も特に絡むことなく過ごしていたので、何も知らないに等しい。
数ヶ月間で、王族と接するための礼儀作法も学んだ私は、ヒメの側仕えに案内されて彼女の茶会の部屋へと参上した。「ヒメ王女のお茶会にお招きいただいたこと嬉しく存じます」と口上を述べ、茶会の席へと着いた。
ヒメは現代日本に生きていれば、まずお目に掛かれないほどの美人な王女だ。
まさしく絵本で思い描くような王女であり、物腰も柔らかく上品で、顔は人形のように整っていて、ヒラヒラしたレースを重ねた白いドレスに、決して下品にならない程度に彩られた宝石を身につけた彼女は美しいの一言に尽きる。
「舞城リナ。私の呼びかけに応じてくれてありがとうございます」
「こちらこそ。ヒメ様と交流の機会を得ることができたこと、ありがとうございます」
そう言って私たちは椅子に座り、簡単な挨拶から始まり、本日の茶会の茶葉と季節の果物の説明をヒメ王女の側仕えから聞かされた。
この世界には私達の世界に無かった食材もある。お茶会で出されたのは『太陽の果実』と呼ばれるもので、標高の高い山で太陽の光がある場所でしか採れない希少なものらしい。太陽の光をたっぷりと浴びたその果実は甘い蜜をたっぷりと含み、ほのかに苦味のあるお茶との相性はバッチリだった。
考えてみれば、こうしてゆったりとした気分でお茶を飲んだのは異世界に来てから初めてかもしれない。気持ちが一度途切れたこともあって、新鮮な気分でお茶を楽しめた。
といっても、これがただの社交のお茶会で終わるわけもなく、本題はこれからだ。
「単刀直入に申し上げます。舞城リナ。あなたに『魔女』になっていただきたいのです」
「……どういうことかしら?」
彼女の意図がつかめない。
魔女とは王国では不吉とされていると聞いた。私が魔女になる理由がよくわからない。
「それを説明するためには少々昔話をする必要がありますが?」
「別に構わないわ。丁度お茶も切れた頃合いだし」
「そうですわね。お代わりを持ってこさせましょう」
長話になりそうだが、幸い時間だけはある。
これからの私の今後を決める大事な話だ。心して聞く必要がある。
ヒメ王女はクイッと紅茶を一口含み、そっと話し始めた。
「元々、魔導士とは魔女から派生したものです。王家に伝わっていた召喚用の魔法陣も、魔女が最初に作ったとされているのです」
「それって少しおかしくないかしら? 魔導士の源流が魔女だというのなら、どうして魔女が忌み嫌われることになったのかしら?」
むしろ、魔女という存在は神聖視されていてもおかしくなさそうなものだ。
だというのに、私が聞いた魔女は、昔話にしても先生にしても忌み嫌われていた。
何か理由があるのだろうか?
「魔女がもたらしたのは幸いだけではなく不幸もあったからです。魔法具は便利なものもありますが、戦いに用いられたものも沢山あります。大昔に、そういった魔法具を悪用した人間が『魔女の仕業だ!』と騒ぎ、広まったことが原因とされています。でも、魔法具を放棄するわけにもいかず、負の要因は魔女に押し付け、魔導士を新たに名乗ることで悪いことは魔女の仕業とした歴史があるようです」
「……はぁ、くだらない。ただのイメージじゃない」
これは元の世界でもあったことだ。
どんなに清く正しく生きている人間であっても、ほんのちょっとした出来心みたいな悪事をしたというだけで、その側面ばかりが印象付けられ、あたかもその人の本質全てが悪とみなされることなどままある。
魔女というのもそういう存在だったのだろう。
誰かのためにと作った魔法具や魔法陣も、使う人間次第で恐ろしき兵器へと変貌する。本来責められるべきは使った人間であるのに、それを作った人間がそもそもの原因であろうと責任を転嫁される。
結果が、魔女は悪であり忌み嫌われるというレッテルだ。
「えぇ、私も本当に愚かなことだと思います。ですが、その下らなさのせいで、魔女の叡智ともいうべき魔法の知識が欠けた状態でしか伝わっていないのです」
「……だから、この国の魔法に関する知識がチグハグだったのね」
魔女を忌み嫌い魔導士と名を改めたことで、魔女が教えたとされる知識が禁忌とされ後世に伝えられることがなくなったのだ。これでようやく合点がいった。どおりで召喚用魔法陣の根幹的な部分の知識がごっそりと欠けているわけだ。
「それで、その話がどう私を魔女にしたいことと繋がるのかしら?」
少なくとも、魔女を名乗ることにはデメリットしかない。
あまり乗り気でない私に、ヒメ王女はニコリと微笑んだ。
「あなたを魔女にしたい理由は至って単純です。あなたが他のどの勇者よりも優れているからです」
「はぁ?」
何を言っているのだろうか。
あれだけの力を見せ付けた勇者と違い、私の能力は彼らより低い自信がある。
こないだの戦いであっても後方支援で何の活躍もしていないのだ。
私の心情を見抜いたように、ヒメ王女は続けて言った。
「舞城リナ。私はあなたが召喚されてからずっと注目していました。同性だからというひいき目もありますが、それ以上に、あなたは召喚されて間もないのに、自分に足りないものを見定め要求し、自らの目的に邁進する行動を好ましく思っています」
「随分と買ってくれてるのは嬉しいけど、結果がこれだからあまり誇れないわね」
デビュー戦で心折れてから、およそ一ヶ月は引きこもってニート生活をしていた。
ヒメ王女はこう言っているが、周囲の人間たちの印象は最悪に違いない。
「それだけではありません。あなたはたった半年という短い期間で、王国の人間では誰も解析すらできなかった魔法陣を一部でも読み明かし、魔法具の作成さえやってのけています。これを偉業と言わずして何と言いましょうか?」
「……あれって、そんな大層なものだったの?」
自覚がまるでない。
元の世界に変えるために一生懸命研究はしていたけれど、やっていること自体は高校の時に勉強していたのと同じ感覚だったのだ。
他人の口から聞くと物凄いことのように聞こえるが、やっていることは結局のところ、調査解析→魔法陣の効果の実証→結果のフィードバックと地味なことの繰り返しだ。
召喚用魔法陣のチートの効果で私は魔導士としての適性も高く、特殊能力の『魔力の早期回復』のおかげで魔力が豊富にあったので実験に困ることはなかったのも大きい。
「認識のズレもここまでくると恐ろしいものですわね」
ハァとヒメ王女が頬に右手を当ててため息を吐いた。
何かごめんなさい。
本当にそこまで大層なことをしていたと思ってなかったのよ。
「とにかく、自覚がないようですが、あなたは魔法という点において才能があります。私が望むのは、魔女が残した叡智の復活なのです。そういう意味で、あなたには『魔女』になってほしいと言ったのですよ。元の世界に帰りたいと願っているあなたは存分に魔法の研究ができ、私達は研究の過程で得られた魔法や知識を得る。互いにとって損のないお話ではないかしら?」
ようやく話の全容がわかった。
お代わりをしたお茶は、とっくに空になっていた。
「なるほど。確かに互いにとって損はないし、私にも十分配慮されているわね」
ニコニコと笑顔の絶えなかったヒメ王女が私の言葉に少し身を乗り出した。
早合点してもらっては困る。
「ただし、その話が本当ならね」
ニコリと私も笑った。
王侯貴族の処世術として感情を見せないことが基本とされている。仏頂面であったり、笑顔であったり、様々な方法があって、私もそれに習った。
「あぁ、全てが嘘だとは思っていないわよ。建前としては筋が通っているし、納得もしているわ。これ以上は言わなくてもわかるわよね?」
女の勘というやつだ。
ヒメ王女が言った内容には欠けているものがある。
それは感情だ。
女の行動は男と違い完全に感情を切り離せない。
元の世界でも、同級生なんかはこと恋愛ごとに関しては良くも悪くも感情的に動いていた。
ヒメ王女は感情を押し隠して行動することに長けていても、逆に感情を消しすぎて人間らしさが欠けている。あんな虫も殺さないような顔をして、身の内にどれほどの奸計と感情を隠しているのかが気になった。
腹の底をきっちりと明かしてもらおうか。
「言わねばなりませんか?」
「私を魔女に仕立て上げたいのでしょう?」
王族が相手だろうと知ったことじゃない。
私を利用したいのならば、それに足るだけの心を示してもらう。
それこそ、おとぎ話にあるような魔女のように私は笑った。
そして、
「私は勇者が嫌いです。そして、勇者に頼らなければならないほど弱いこの国も」
ヒメ王女は胸の内をさらけ出した。
この勇者ブームの中、そんなことを言い出した王女に私は少なからず驚いた。
「本来ならば勇者に頼らずに、私達は学び調べ鍛錬しなければなりません。なのに、私達はその努力をせずに、あなた方に押し付けるようなことになってしまいました」
恥ずべきことです――とヒメ王女は私に深々と頭を下げた。
王族たるもの安易に頭を下げるべきではないのに、彼女は私に頭を下げた。
その姿に、彼女が心底そう思っているのだと感じ取った。
「あぁ、だから『魔女』なのね」
「えぇ、勇者ではなく魔女。誰かに頼るのではなく、この世界に元々あった力で私はこの国を立て直したいと思っています」
ようやく彼女が『魔女』にこだわった理由がわかった。
それにしても何たる意地っ張りだ。
為政者ならば勇者の力であっても、国を豊かにするのならば利用するべきだろう。
だが、私はそんな彼女の心根が嫌いではなかった。
「いいわ、やってあげる。嫌われ者の魔女結構じゃない。人付き合いが苦手な私にピッタリの役割だわ」
その後、私たちは今後のことについて話しあった。
私は魔女として生きるべく、魔法の研究所を王国の近くに建ててもらい、そこで召喚用魔法陣の研究を行う。代わりに、その過程で得た知識や魔法をヒメに提供する契約を結んだ。
ただ、勇者としての私が魔女と結びつくのは良くない。何かいい名前がないかとヒメに言うと、彼女はポンと手を叩いて言った。
「マジョ=リナ。それが今後のあなたの名前です」
それが、私がイ=ワルド王国で魔女として生まれ変わった日だ。
舞城リナの回想はこれにて終了。
次回からは、ヘイ=シたちの話に戻ります。




