彼女の正体はメロン様
荒れ果てた大地――その光景を見た者は、誰もがそう言うに違いない。
ただし、数日前までそこは緑溢れる草原が広がっていたのだと言ったら、誰もが信じないだろう。
激しい戦があった。
夥しい死体の山が積まれ、血だまりが土に吸われ、死臭が鼻につき、死者の怨念の声が耳にいつまでも残る――そんな戦いだ。
「許さぬ……」
戦場というものは混沌であっても無法ではない。
戦士にとって矜持、誇りを抱く者は多い。
雄々しき戦士たちが咆哮し、血と汗と共に武器を交わし、傷を負い仲間の意思を背負い、それでも勝利へと進む。
たとえ戦で負けたとしても、知恵を絞り、技を競い、力をぶつけ合うことができたのであれば、武人としての心を満たすことはできる。
それ故に――彼は許せなかった。
「許さぬぞっ……!」
これは彼が望んだ戦ではない。
こんなものが戦であってたまるものか。
ここであったのは、一方的な虐殺だ。
築かれた死体の山に、人の死体などない。
彼が指揮していた部下の屍ばかりだ。
戦場を縦横無尽に駆け回る魔狼族は、一番槍として頼もしかった。
敵の突撃を防ぐ魔亀族は、無敵の盾として立つ姿は勇敢であった。
空を素早く移動する魔鳥族の流麗なる動きは美しいの一言に尽きた。
他にも、他にも、他にも沢山の仲間がいたのだ。
酒を酌み交わせば笑って、泣いてくれる沢山の心許せる仲間がいたのだ。
それが全て消えた。
呆気なく。失ってしまった。
なのに、今こうして自分はおめおめと生き恥を晒している。
部下が血路を開き、我が身を賭して助けてくれたのだ。
ギリリと握った拳から血が溢れ、彼の瞳からは血涙が流れた。
部下と共に、ここで散りたかった。そうすれば、こんな想いなどせずに済んだのに。
自死などできない。できるはずもない。
彼らの想いが全て無駄になってしまうからだ。
彼は復讐を誓う。
この虐殺をもたらした人間に復讐を誓った。
異世界から来訪した勇者を――必ず殺すと死んだ部下に誓った。
「勇者どもよっ! この恨み絶対に忘れぬぞおぉぉぉぉぉ――――――!!」
彼の名は魔王軍幹部ジュウ=オウ。
悲痛な彼の叫びは、誰もいない戦場に響き渡った。
まるで、鎮魂歌のように、いつまでも、いつまでも響き渡った。
◆
「マジョ=リナの手伝い大変ご苦労だったわね。ドン=エム」
「はっ。ヒメ様からの労いのお言葉、ありがたく頂戴します」
ヒメ様の前に俺たちは跪いて頭を垂れた。
相変わらずふんわりとした優しそうな雰囲気なのに、何故か彼女の声を聞けば聞くほど恐怖の感情が募るのは何故だろう。これなら地竜と戦っていた時の方が、重圧が少なく感じる。
ただ、俺たちの中で一人だけ跪いていない人がいた。マジョ=リナだ。
彼女が立っているのをヒメ様は許しているようで何も言わない。魔女だから身分なんて関係ないというよりは、どことなく二人は友人のような気安い雰囲気のように見えた。
「それでマジョ=リナ。あなたのお目当の素材は手に入ったのかしら?」
「ええ、この通りよ」
マジョ=リナが収納用の魔法陣が描かれた布を広げて、そこから幾つかの素材を取り出してみせた。俺が地竜を倒した際に魔法陣が刺繍された布を切り裂いてしまったが、結果的にはこうして無事に持ち帰ることができた。
俺が倒れた後に、マジョ=リナは収納用の魔法陣をインクで描いて即席の魔法具をその場で作成したとのことだ。
マジョ=リナ曰く刺繍の方が壊れづらいし魔力の通りもよいのだが、簡易的にインクで描いた魔法陣でも問題ないらしい。ただし、耐久性を比べると刺繍よりも低いので取り扱いには注意する必要があるとのことだ。
あれだけ苦労したのだから、収穫がゼロにならなくて本当に安心した。
「私が素材を手にれられたのは、あなたが遣わしてくれた、この兵士たちの活躍によるものよ。本当に感謝しているわ」
ちらりとマジョ=リナはこっちを見て言った。
口元を薄く緩めて笑った彼女の言葉は、心から言ってくれたのだとわかって、ジーンと感動して心が温かくなる。死ぬ思いをして本当によかった。
「まぁ! あなたがそんなに素直になるだなんて珍しいですわねぇ」
「……あなたは私を何だと思っているのよ?」
「私の大切な友人で有能な魔女ですわ」
「はいはい。手に入れた素材で、便利な魔法が開発できたら提供するわよ」
「あらあら。催促したみたいで悪いですわね」
「もう慣れたからいいわ」
コロコロと笑ってからかうヒメ様に、マジョ=リナはやれやれと嘆息した。
どうやら、二人は俺が推測した通り友人同士の関係のようだ。通りで気安いように感じたわけだ。
一国の王女と魔女がどうやったら友人の関係を築くことができるのかは不思議だが、その辺りのことを聞くのは無粋というものだろう。
というか、世間一般のことを考えたら王女が魔女と仲良くなるというのは大変に外聞が悪い。下手に関係を尋ねようものなら、物理的な意味で俺の首が飛ばされる可能性が高い。あの王女なら冗談じゃなくやりかねないという確信が俺にはある。
「ヘイ=シ、並びにボウ=ズ。あなた方も此度は活躍されたと聞きました。その活躍に見合っただけの褒美は、私の名で必ずや約束しましょう」
『はっ! 我らにはもったいなきお言葉。ありがたく存じます!』
王女の名で褒美が約束された。
これはかなりの期待ができると今から胸が膨らむ。
「そしてマジョ=リナ。ここからあなたに一つの提案があります」
「提案?」
ヒメ様がマジョ=リナに向き合い言った。
さっきまでの打ち解けた感じを改めて、真面目な雰囲気へと変わる。
「このドン=エム率いる小隊をあなたの専属にしようと思っています。もちろん、あなたには断る権利もございます」
「専属……」
消え入るようにマジョ=リナが呟いた。
マジョ=リナの専属になることについては俺は知らない。
ドン教官は知っているのかと顔を見たら、珍しくドン教官も知らなかったようで目を大きく開けていた。
専属になるということは、今回のような単発的な仕事ではなく、継続的にかつ優先的にマジョ=リナの護衛や任務をこなすことになる。主に、こういった仕事は身分の高い騎士がなることが多い。兵士の身分で専属になることは稀だ。あったとしても、もう少し身分が下の商人や役人に対してのものになる。
それ故に、この提案には俺達も驚いていた。
「前から考えていたことではあります。あなたの望みを叶えようとしたら、信頼の置ける『仲間』が必要だと。彼らはきっとあなたの力になります」
きっぱりとヒメ様は言い切った。
確かに、マジョ=リナの仕事が今回のような地竜の素材集めレベルのものだと考えると、専属の小隊がいた方が何かとやりやすいだろう。
俺としてはマジョ=リナの専属になれば、これからも彼女と会えるのでうれしい限りではあるが、それに反して彼女は――何だか泣きそうな顔をしていた。
「そんなこと……わかっていはいるわ……。でも私はっ……!」
手を強くぎゅっと握りしめて、子供のように彼女は否定する。
過去に何かあったのだろうか?
仲間という言葉にひどく過敏に反応したように見えた。
いや、過去に何があったのかなんてどうでもいい。
今目の前で惚れている女の子が泣いている。
それだけわかっていれば十分だ。
「ヒメ様! この私めに発言の許可をいただけますでしょうか?」
「許します」
俯いているマジョ=リナの前に片膝をついて、俺は彼女の手を取った。
「マジョ=リナ。過去に君に何があったのか俺は知らない。けど、俺は君の力になれるならなりたいと思っている!」
かつて、村に訪れた吟遊詩人が歌った詩をイメージする。
その詩の中では騎士と姫の恋物語であり、俺たちのように兵士と魔女ではなかった。
しかし、言いたいことは同じだ。
俺は、それを言葉にする。
「俺は――君を守る兵士になりたい」
「ヘイ=シ……」
ジーンと感動したかのようにマジョ=リナは瞳を潤した。
完璧だ。完全に決まった。
吟遊詩人のウタ=イテさんがいたならば、この切り取った一幕を歌ってほしいぐらい、今の俺は格好いいと思う。次の日には格好いいという言葉は「あなたヘイ=シさんみたいですね」と比喩になるぐらい格好いい。
そして、彼女は次に「私を守ってください」と言うわけだ。
そこから、彼女の専属兵士になった俺は任務を共に乗り越え、いつしか恋に落ちるのだ。恋に落ちればあとはもう早い。結婚だ。結婚して初夜を迎えた俺は万感の思いで彼女の胸にそっと手を伸ばすと、マジョ=リナは恥じらいながら――
「――で、本音は?」
と言うので、俺はここで決めゼリフを言うのだ。
「君のたわわに実った果実をもぎ取りたい」
「わかったわ――死になさい」
「ごぶぁっ!?」
頬に平手打ちをされて「バチン!」と手首のスナップが効いた衝撃が駆け抜けて、一気に妄想から目が覚めた。
……あともう少しで初夜であったのに、現実どころか妄想さえも上手くいかないなんて一体この世はどうなっているんだ!?
「はぁ、まったくもう。真面目に考えていた私がバカみたく思えてきたわ」
マジョ=リナが悩んでいた顔から一転して疲れたような顔をしている。解せぬ。
そこは赤ら顔で惚れていてもおかしくはないはずなのに。
まぁ、結果的に気分転換はできたようなので良しとしよう。
「いいわ、ヒメ。こいつらを私の専属にしてこき使ってあげるわ。あなたたち、私の下で働けることを感謝なさい!」
いかにも悪い魔女のような笑みでマジョ=リナは言った。
やはり、マジョ=リナはこうして胸を張って偉そうにしているぐらいが丁度いい。
ドン教官ほどではないが、彼女からビシバシとした言葉を受けるのが嬉しい。
ただし、ヒメ様は俺の許容量を遥かに超えて怖いからダメだ。
あんなのに耐えられるのは真のドMであるドン=エム教官をおいて他にいない。
「もちろん。マジョ=リナと一緒に居られるなら、俺は魔王だって倒してみせる!」
「ヘイ=シ先輩。あんたちゃんと考えて生きないと今に死ぬッスよ?」
盛り上がっている気分に水を差す頭が寂しいボウ=ズはどこかに引っ込んでろ。
こういうのは少しぐらい大げさに言うぐらいが丁度良いのだ。
「うふふ。楽しい方たちばかりですね、ドン=エム」
「まったく、落ち着きのない奴らで申し訳ないばかりです」
ドン教官。あんただけには言われたくないよ。心の底から。
それに俺は充分に落ち着いている。落ち着いていないとしたら、あの小心者の坊主頭のボウ=ズだけだ。今後はもっと心を落ち着くよう鍛えるしかないな。後輩をいじる、もとい鍛えるのは先輩の役目だし。
コホンとヒメ様が喉を整えて、改めて俺たちに告げた。
「それでは、ドン=エム小隊に告げます。今後はマジョ=リナの下で、彼女の魔法研究に協力し、彼女の意に沿うように最大限の尽力をしなさい。これはイ=ワルド王国第一王女であるヒメ=キングダムからの勅命である!」
「はっ!!」
俺たちはヒメ様に敬礼を捧げ、これで晴れて正式にマジョ=リナの専属小隊となった。
村を出てからモテると思っていた兵士になって早三年。
数々の苦難があったが、ようやく俺にもこの世の春が来たようだ。
このチャンスを逃すことなく、マジョ=リナにもっと俺の活躍を見せることにしよう。
そんな、俺の決意を新たにしたところ、
「さて、マジョ=リナ。仲間になった彼らに、あなたの正体を教えたいと思うのですが良いですか?」
「良いも何も、あなたのことだから最初からそのつもりだったんでしょ?」
「はい。もちろんです」
なんてことをヒメ様は言い出した。
マジョ=リナの正体って、魔女じゃないのか?
魔女じゃないとしたら――あぁ、なるほど。そういうことか。わかった。
彼女の正体は――メロン様だ。
あんなたわわに実ったけしからん果実を胸にぶら下げているわけだ。
俺は敬愛と祈りを込めてメロン様と呼びたい。
なんて、そんなものが彼女の正体のわけはなく、
「ヒメ様。マジョ=リナ殿の正体とはどういうことでしょうか? 私たちは、彼女が魔女であることは知っておりますが?」
ドン教官も怪訝に思ってヒメ様に聞いた。
そして、ヒメ様はマジョ=リナに目線を送り、マジョ=リナはこくりと頷いた。
「違います。実は彼女は生粋の魔女ではないのです」
生粋の魔女ではないということは、マジョ=リナは後から魔女になったということなのだろう。俺も魔女にあまり詳しいわけではないので、それがどうした程度にしか思えず、同様にボウ=ズやドン教官もピンと来ていないようだ。
ところが、ヒメ様が言った最後の一言で俺たちは大いに驚くことになった。
「マジョ=リナの本名は舞城リナ。彼女は――勇者として召喚された人間なのです」
なんと、マジョ=リナは魔女ではなく勇者であった。
ただ、俺に関しては彼女はメロン様なので、そこまで関係はなかった。
タイトル詐欺だと?
魔女だから異世界勇者とは関係がないからセーフ!




