現実と現実
5月9日 2時5分
目の前でおっちゃんはどんどん話を進めている。
まだ働くとも何にも言ってないけど、なんかもうどうでも良くなった。
オレは一生この地下の一番奥の小汚い人気のない店で働くんだ。人は良さそうだがむさ苦しいおっちゃんと2人で。
いや、無理。
ぼっーと窓ガラス越しに通路を眺める。
向かいの中華料理屋さんは結構人が入ってる。隣のカフェからは満足そうな家族連れが出てきた。女の子は両親に挟まれて片手ずつ手を繋いではしゃいでいる。これから買い物して映画みたりするのかな?
あ、カレー残したカップルが席を立とうとしてる。
可哀想に。お腹空いたままなんだろうな。
オレも帰ろう。
駅の近くのハンバーガー屋さんの募集を探そう。
「あの…すいません。オレやっぱり…」
と、その時だった。
ゴッ
遠くでなんか重たい音。
ゴゴッ
ゴゴーン
工事?
ゴゴッゴゴッ
ガガガガガガ!
揺れた!地震だ!ヤバイ!デカい地震かも!
ドーン!ドーン!ゴゴーン!
「きゃー!」
「うわー!」
通路から悲鳴が聞こえる。
「なんだ⁉︎爆発だと⁉︎」
おっちゃんが叫ぶ。
え?地震じゃなくて?
次の瞬間、天井が一瞬光った気がした。その光は蛇の様に天井を走り…
その軌跡がヒビ割れだと気付いた時、オレは座っていた椅子ごとおっちゃんに蹴り飛ばされた。
そして記憶が途切れた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ぼんやりと意識が戻る。
煙。
埃。
うめき声。
噴き出す水。
炎。
悲鳴。
乾いた破裂音。
鉄の匂い。
全身が痛い。
あ、太腿になんか刺さってる。痛ぇ。
なんだ?なにが起きた?
記憶が飛ぶ。ここ、RIBUじゃなかったっけ?
オレはバイトの面接で…
ハッとした!
「お、おっちゃん、大丈夫ですか⁉︎ ど…どこ…」
辺りは薄暗く、廊下の電球がパチパチと点滅する光が、さっきまでカレー屋だった場所を照らす。
廊下も悲惨だ。一体なにが…
「う…」
うめき声が聞こえ、2メートルほど前を見る。
そこには腰から下を厚さ20センチくらいのコンクリートに押し潰されたおっちゃんがうつ伏せに倒れていた。
「お、おっちゃん!なんてこと!今助けます!」
立ち上がろうとして滑って転んだ。
水道が破裂したのか、床が水浸しだ。
いや、水じゃない。
これは。
血だ。
おっちゃんの体の下から…
そして、さっきまでカップルが居た場所に積み重なるコンクリートの下からも。
なんだ?
なんだこれは?
自分の足が、手がびっくりするくらい震えているのに気がついた。
そして世界に音が戻ってくる。
「きゃー!誰か!誰かぁ!」
「助けてくれ」「なんだお前は」
「あなた、あなたー!」
「子供が、誰か手伝ってくれ!」
オレは恐怖と混乱で動けない。わけがわからない。さっきまで話してたおっちゃんはオレを助けてコンクリートに挟まっている。カップルは見えなくなった。隣のカフェを出た家族はどうなった?向かいの中華料理屋は?
もしかして…みんな死…
パン。
パン。
乾いた音が近付いてくる。
なんの音だろう?
「な…なんだお前⁉︎や、やめ」
パン。
割れたガラスから廊下を覗いてみる。
遠く、廊下の先から1人、黒い人影がスタスタと歩いて来ているのが見えた。
その前を女の人らしき人が足を引きずりながら…逃げ…てる?
パン。
乾いた音がして、黒い人影の手の辺りから火花の様なものが一瞬見えた。
そして。
女の人は小さく悲鳴をあげ倒れた。
う…撃った?撃ち殺した⁉︎
「ななななななんだ?え?なに?」
この状況に頭がついていかない。震える。震えが止まらない。
「お母さん!お母さーん!」
廊下の前で声がした。あ、さっきの隣のカフェから出てきた家族連れの女の子だ。小学生低学年くらいかな?なんか変なとこだけ冷静だな。
その子が引っ張っている手は、確かにお母さんのものだろうけれど、お母さんの頭はコンクリートの下敷きになっている。
パン。
また音がした。あと20メートルくらいのとこに黒い人影が来てる。
この子も、オレも。なんだかよくわからないけれど、多分ここで死ぬ。
なんなんだこれは。
…嫌だ。死にたくないよ。