プロローグ
5月9日。晴れ。
「コンビニの弁当じゃ足らないな。」
二個目の弁当を空にして、そばの屑カゴに投げる。
一発でゴール!
「逆転スリーポイントです!ミチロウ選手!」
今年に入ってから、オレが主に抱えている感情。
退屈と期待。
春に高校を卒業して、仲の良い友達は県外へ出て行ってしまった。
ほとんどが進学だったけど、中には真面目でおしとやかだと思ってた美香ちゃんみたいに、「日本一のキャバ嬢になる!」って上京していった子もいる。あんなにアグレッシブな子だとは思わなかった。告白の仕方間違えたな。
親友と呼べる奴は5人。ナツ、いっちゃん、村上の三人はそれぞれ別の県外の大学へ進学。辻本は実家の寿司屋を継ぐために東京の調理師学校へ。賢は漫才師になるらしい。お笑い芸人の学校に行った。なんか面白そうだから、オレもそこに行こうかなー?って呟いたら「ミチロウには無理。お笑い舐めんな」と怒られた。クラスで笑い取ってたのはオレの方が多いと思うんだけどな。
まぁ、どちらにしてもウチは母子家庭で金も無いし、県外なんてありえない話。それを別に羨ましいとも思わない。ただ…
退屈なんだ。
小さな神社のある丘の上。その展望台の横に何故かある鉄棒。絶妙のバランスで鉄棒の上に座っている。
ここから見下ろす街。
香賀県 賀南市。
東京の隣に位置するこの県の一番大きな街は、元々盆地で、辺り一面田んぼと畑しかないようなクソ田舎だったらしい。
でも数十年前に香賀ベッドタウン計画として開発が始まり、あれよあれよという間に一戸建てやマンションの建ち並ぶ人口200万の街になった。
今は家賃収入か何かでウハウハしてる近所の元リンゴ農家の成金のジジイに聞いた話だ。
ここから見ると凹の形をしたJR賀南駅と新香賀駅。その南口に向かって伸びる繁華街アーケードには、デパート、ホテル、飲み屋街などが場所を取り合うように並び、それなりの賑わいを見せる。
1キロほどのアーケードは、南の端で直角に折れ、そのすぐ先に建つ長方形の建物。
ショッピングモール「RIBU」
上から見ると、キリンみたいに見えるこの駅からアーケード、そしてRIBUまでの繁華街を、いつからかキリンストリートと呼ぶようになった。
地元民発のこの呼び名は当たり前のように広まって、
結果的に賀南市が正式に採用し、地名として住所登録された。だから実家がアーケードの中の寿司屋の辻本の免許証には賀南市キリンストリート2丁目、と書いてあった。
変な住所だ。
アーケードの屋根も、駅も、RIBUも、正式にキリンストリートと呼ばれるようになってからは黄色の水玉で塗られた。
キリンって黄色の水玉だったっけ?よくわからないけどそうなんだろう。そんな気もする。
「そろそろ時間だな。行くか」
退屈と期待。
その期待の部分に今から挑む。そのためにお洒落もした。髪も切った。腹ごしらえもした。
退屈な人生にバラ色の出会い。アルバイトの面接に行くんだ!