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昨日のビルの発掘は午前中で終えてしまったので、午後からは、別のビルに移ることになった。
てっきり、隣へ向かうものだと思っていたが、班長であるノゾミにヒザキが言った。
「この辺探したって、どうせまた、ちり紙交換っスよ。今日は少し足を延ばしてみないっスか?」
夕食のとき、アカハナも、収入が落ちていると言っていた。ノゾミは少し考えて、
「そうだな。たまには、いいかもしれん」
リヤカーを三台、ガラガラと引きながら、アキラを含む若者組十名は、閑散とした道路を進んだ。路駐してある車が、朽ちたタイヤをぺしゃんこにして錆びていた。看板や道路標識、街灯の支柱にも錆が浮いている。
パンデミックのとき、人々はまず都市から脱出した。人が多い場所は即ち、感染の危険が多かったからだ。そのため、あれほどいた人も、あれほどあった自動車も、その残骸さえ、ほとんど見られない。
たまに、人の死骸が転がっていたりするが、それはたいてい、パンデミックのときのものではなく、行き倒れた放浪者か、ワスプにやられた被害者だ。
アキラたちは、歩きながら、適当な建物を探した。
どのビルでも発掘して良いというわけではない。各ハイブには、大まかに縄張りのようなものが決められていて、うっかり他所の縄張りを荒らしたりすると、両者に軋轢が生まれることもある。最悪の場合、ワスプと間違われて攻撃されることさえあった。
前を行くノゾミが、片手を横に突き出し、止まれの合図を出したので、アキラたちはリヤカーを止めた。
「人だ」。声に緊張がこもっている。
見ると、真っ直ぐの道路のずっと遠くに、動くものがあった。まだ、ずいぶん遠い。ヒザキなどは、眼鏡に手をかけて目を凝らしているが、見つからないようだ。おそらく、向こうには、まだ気付かれていないだろう。
「隠れよう」
アキラたちは、リヤカーをビルの間の狭い路地に突っ込んだ。
「ワスプか?」
ヒザキが言った。その響きに、アキラは心臓が跳ねあがるような気がした。
ワスプは、巣箱を荒らす獰猛な蜂の意である。ハイブに暮らす者として、これ以上の恐怖はない。
「わからない。だが、見たところ三~四人。ワスプだとしても、脅威じゃない。縄張りの境界が近い。おそらく、他のハイブの住人だろう」
「知るかよ!早く逃げようぜ!」。仲間の一人が言った。
ノゾミは、眉間に皺をよせ、しばらく考えていたが、「いや、近づいてみよう。遠くまで来たと言っても、俺たちのハイブから近いんだ。ワスプであるなら、はっきりさせておいた方がいい」
「冗談だろ…」と青い顔をして、その男は黙った。
「なに、全員来いと言っているわけじゃない。俺を含めて五人もいれば十分だ。そうだな…、ヒザキ、スーコ、来てくれるな」。二人は、しぶしぶ肯いた。「あとはケンジ、それから、ショウゴ」
名前を呼ばれたショウゴが、ビクンと肩を震わせた。
「俺は…、その…」
「なんだ、新入り。怖気づいたのか?いつもの威勢はどうした?」
すかさず、ヒザキが馬鹿にする。
「やめろよ、ヒザキ!」。アキラが割って入った。「ショウゴは、ついこの間、ワスプにハイブをやられてるんだぜ?怖くって当然だろ!」
「じゃ、ナニか?ガキんちょ。お前が代わりに行くっていうのかよ?」
アキラはゴクリと唾を飲んだ。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。ヒザキのふてぶてしい顔を見ていると、怒りとも勇気ともつかない感情が湧いてきた。
「そうだ。俺が行く」
ノゾミが心配そうな顔で、「コラコラ、メンバーは俺が決める。アキラには、まだ…」
「俺はガキじゃない!」
ノゾミは黙った。