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「…なんてこと、言うんだぜ。嫌なヤローだ」

「コラ!走ったら危ないじゃないの!」

 ユイが、ふざけて走り回る子供たちに向かって叱った。大人部屋の二段ベッドと違って、床にマットと布団を敷いただけの室内は、子供たちにとって絶好の遊び場だ。日はもう落ちていて、壁の高い所に据え付けられた台には、廃油のランプが点いていた。

 夜の灯には、廃油や食用油が使われている。灯油やガソリンに比べてはるかに安価で取引されるこれらの燃料だが、それでも無駄遣いはできない。日が落ちたら、早めに寝てしまうのが基本だ。

「聞いてんのかよ」

「聞いてるわよ」

「ヒザキだけじゃない。ゴロウさんだって、腹の内じゃ、俺を子供だと思って、ガキ扱いしてるんだ」

「あんたねぇ、こうして何かある度に子供部屋にグチんに来たりするのが、子供扱いされる原因だとは思わないの?」

 グ…。身も蓋もないが、正論だ。

 こうして、何かある度に子供部屋にやって来るのは、ユイに会いに来ているわけなのだが、それは言わずにアキラは黙った。

「でも、ヒザキさんってそんなこと言うんだ。このハイブの中じゃ、他とはまるで違う、紳士だと思ってたんだけどなぁ」

「紳士?あいつが?!」。アキラが、素っ頓狂に叫んだ。

「すごく親切じゃない。よく気がつくって言うの?オシャレだし、女子の間じゃ、けっこう人気あるんだから」

「親切なのは、女に対してだけだよ。いいか、あいつがどういう男かと言うとだな…」

 アキラはムキになって、かつて見たヒグチの気に入らない言動をいくつか並べた。だが、一番気に入らないのは、ユイの口から奴を褒める言葉が出ることだ。

 ユイは最初、黙って聞いていたが、

「そうやって、悪い所ばかり見るから、余計腹が立つの。どっちみち、一緒にやっていくしかないんだから、仲よくすることを考えなきゃ」

「……」

 同い年であるが、ユイはアキラにとって姉のような存在だ。それは、アキラが子供部屋を出た後も変わりがない。アキラがどんなにヤキモキしても、ユイはいつも冷静で、ケンカはおろか、議論にすらなったことがない。

 アキラは立ち上がった。

「何処いくの?」

「ん…。寝てくる」

「ゴメン、怒った?」

 そうして、心配そうに覗き込んで来る顔が、たまらなく可愛い。本当に怒っていたとしても、そんなもん、吹っ飛んでしまう。

「ダイジョーブ」と、眉を上げてやると、ユイはニッコリほほ笑んだ。

「とにかく、仲よくしてよね」

 少し背伸びして、アキラの頬に唇をつけた。

 瞬間、子供たちがワッと沸く。

「ユイ姉ぇが、アキラ兄ちゃんにチューした!」

「バ、バカ!うるせぇ、タケル!」

 アキラは慌てて子供の口を塞いだが、子供部屋はひやかしの声に包まれた。


 子供部屋は五階にある。同じ階には、女性部屋が5つばかりあった。この階には大小十数個の部屋があるのだが、ほとんどが空室になっている。わざわざ、まとまって寝るのは、寒い時期に暖を取りやすくするためと、あとは、万が一ワスプに襲われたときのためだ。人数さえいれば、女子供でもワスプに対抗できる上、逃げる段になっても、助かる者が出る確率が高い。たとえば、敵が空室を一つ一つ調べている間に、窓から縄梯子を下ろして逃げることもできる。

 上機嫌で階段を下りた。

 4階には、五十代組と老人たちの部屋、家族や夫婦で住んでいる部屋がいくらかある。

 あと何年かして、ユイと正式に結婚するようなことになったら、この階で住むのだろう。そう考えて、アキラは一人で赤くなった。来月のことも分からない今の生活だ。そんな幸せな未来が、確実にやって来るとは言えない。しかし、未来への希望があるから、自分たちは頑張れるのだ。

 さらに階段を下り、三階の自分の部屋へやって来た。

 まだ8時を過ぎたところだが、ほとんどの者は寝てしまっていた。奥の二段ベッドの上の段で、ショウゴが廃油の灯を頼りに本を読んでいた。アキラが部屋に入っても、いっこうに注意を払うことをせず、ページを繰っている。

 アキラのベッドは、その真下だ。一度は布団に入ろうとしたが、昼間、ショウゴとヒザキたちがもめていたことを思い出し、ふと気になって、ベッドの下から話しかけてみた。

「何読んでんだ?」

「関係ないだろ」

 さすがだぜ。取りつく島も無い。

 普段なら、ここで、怒って訊くのを辞めてしまうところだ。ユイのキスが無かったら、そうしていただろう。

「…そうだな。…あのさ、昼間のことなんだけど」

「昼間?」

「ヒザキたちと、もめてたろ?」

「ああ…。そういえば、お前もいたな。それが、どうした?」

「嫌な奴だよな、あいつ」

「……」

 ショウゴから答えが返って来なかったので、アキラはベッドの上に顔を出した。

「俺もさ、あいつらとは、どうも折り合いが…」

「あんたが、奴らに睨まれているのは知っている」と、意志の強そうな太い眉の下にある目を本から離さずに、ショウゴは言った。「だからといって、共同戦線を張りたいなんて言うのなら、俺はゴメンだ。俺は俺のやりたいようにする。ケンカするときは一人でする。もし、追い出されることになったなら、一人で出て行く。いいな?」

「俺はそんなつもりじゃ…」と言いかけて黙った。そんなつもりだったのかもしれない。そして、代わりに、今思いついたことを訊ねた。「お前、歳いくつだよ?」

「お前こそ、いくつだ?」

「十七」

「十八だ」

「共同戦線とかじゃないけどさ。同じハイブの、同じ部屋で暮らしてるんだ。仲よくしようぜ?もちろん、嫌な奴と無理に仲よくする必要はないけどさ。つまらないケンカするのも馬鹿らしいじゃないか」

 ショウゴは、相変わらず本から目を離さず、「考えておく」と言った。

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