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 夕食の時間になった。

 ホールの中は、6人掛けのテーブルとパイプ椅子が規則正しく並び、部屋を埋めている。壁には、このハイブ唯一の時計がかかっていて、午後6時を指していた。時計の動力源である乾電池は、高価な代物だ。充電電池を使うこともできるが、充電するためには発電機を使う必要があり、やはり高価な燃料を必要とする。

 調理は屋外で薪を使って行われている。できあがった料理の入った鍋をホールの一角に運び込み、食器に注ぎ分けるといった方式だ。食器を持って列に並ぶ住人の姿は、公園などで行われる炊き出しを思わせた。

 夕食は、見張り役以外の全員が集まってとることになっていた。点呼と会議も兼ねていて、重大な連絡事項があるときなどは、ここで発表されることがある。

 テーブルの席は決められていて、アキラのテーブルには、ヒザキとスーコもいた。部屋も、食事も、発掘の班も、大まかに年齢順になっているためだ。ショウゴも歳はアキラたちとそう変わらないはずだが、最近入ったという都合で、テーブルの位置は離れていた。

 時計を正面にして、部屋の右半分が男性、左半分は女性になっていて、たとえ家族でも、一緒に食事をとることができない規則になっている。女性席の方には子供たちが集まるテーブルが二つあって、ユイはその中にいた。

 アキラも、つい昨年までは、そこにいたのだ。ユイは、アキラと同じ十七歳だが、その下には、9歳のヒカリと8歳のタケルしかおらず、あとは、5歳以下の幼児たちだ。二歳のアシタは、ハイブのみんなに可愛がられている。ユイは、ここでも子供たちの面倒を見る係だった。

 食事は、雑穀の混ざったご飯、野菜と豆のスープ。代わり映えのしない、毎日のメニューだ。イノシシや鹿、アナグマなんかが獲れたときには、その肉が入ることがあり、それは、ハイブの住民たち全員が楽しみにしていることだった。

 そうでなくても、食事はみんなが楽しみにしている時間に違いなく、このときばかりは、みんなの表情も明るい。それは、アキラやユイはもちろん、子供たちも、ヒザキもスーコも、ゴロウもショウゴも、一番前のテーブルに座るマミヤたち五十代組の4人も同じだった。

「みんなに、一つ連絡がある。食べながらでいいから、聞いてくれ」

 五十代組の一人、カキウチが立ち上がった。たれ目の間にある団子鼻の先が赤く、若者たちの間で『アカハナ』と呼ばれている男だ。

 通常、重大な連絡ならば、食事の前にされるので、今回はそれほど、たいしたことではなさそうだ。

「ここ半年ほど、発掘の収益が落ちて来ている。今のところは、なんとか持っているが、あまり、よくない傾向だ。君らがさぼっていると言うんじゃないが、発掘班は、資源の見極めを慎重に、もっと精進するよう、心がけてくれ」

 向かいに座っているヒザキが、あからさまに嫌な顔をした。若者の間で、最も五十代組に反発心を持っているのがヒザキだった。

 アキラは、今朝、商人と熱心に交渉していたゴロウの姿を思い出した。

 資源の質が下がっているのは、アキラたちにもよく分かっていた。

 ここに住んで五年になるが、当然、良質な資源がありそうなビルから発掘が進められることになる。時と共に質が下がるのは、自明の理だ。

「あと…、」と、アカハナが続けた。「妙な放浪者が、近隣のハイブで目撃されている。お面をかぶった男だそうだ。ワスプの一味であるとは考え難いが、タチの悪い泥棒であるかもしれない。目撃したら、すぐ報せるように。もちろん、撃退できるのなら、そうしてくれ…以上」

 ゴロウが言っていた奴だ。

「お面だとよ。頭のおかしい放浪者かよ」。ヒザキが言った。

「こんな時代だ。おかしくなるのも解る」

 ノゾミが言った。ノゾミは、このテーブルで最年長の男だ。三十前だが、頭が薄くなり始めているので、最近は坊主にしている。実際の年齢よりも、十は老けて見えた。何処かとぼけたところのある人で、『ノゾさん』の愛称で親しまれていた。

「言えてるぜ」。早くも食事を平らげたスーコが、腕を組んで行った。「ひょっとしたら、不細工なだけかもしれないけどな」

「そうだな」とヒザキ。「お前もかぶれよ、スーコ」

 テーブルの全員が笑った。

「ひでぇなぁ、ヒザキくん…」

 ヒザキに言われて、少し照れ臭そうに、スーコは頭を掻いた。

「顔に傷でもあるんじゃないかな?」。アキラが言った。「ほら、ワスプに襲われたりしたときにさ」

「ほぅ」と、ノゾミは関心して、「なかなか鋭いことを言うな、アキラ。確かに、襲われたハイブの生き残りだとしたら、顔に傷があっても、放浪者であってもおかしくない」

 ゴロウの受け売りだったが、アキラは少し気分を良くして、得意げに胸を張った。

「少しは、成長してるみたいだな、ガキ。ゴロウさんの受け売りじゃなければ…、だけど」

 誰がガキだと?

 アキラはヒザキを睨んだ。こんなときは、やけに鋭いことを言う。なんて嫌な奴だ。

「四つしか違わないだろ?」

「俺は、精神年齢の話をしてるんだぜ?ガキ」

 殴りかかってやろうかと思ったが、どうせ、ノゾミたちに止められるのがオチだ。一対一のケンカになれば、ヒザキなんかに負けるわけがないと思っているが、向こうには、スーコもいる。

 アキラは黙って食事を口に運んだ。胸のムカムカの間を、飯が通り抜けて行った。


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